第12話_えまの迷い
夜の市役所。窓の外にはビルの明かりがまばらに灯り、空には月が滲んでいた。
えまは自席に座り、祭り復活プロジェクトの進行スケジュール案を前に、動かないペンを握りしめていた。脇には、前回開催された夏祭りの中止決定通知。その左上に赤ペンで走り書きされているのは、かつて彼女が担当課に提出した再開案。
「……あのとき、私は間違ってなかった。でも……」
自分に言い聞かせるような声が、静かな部屋に溶けた。
理論では完璧だったはずの企画。しかし、現場との乖離、市民感情の無視、予算配分の不自然さ……それらが積み重なり、結果は大反発と中止。当時の上司にも「机上だけで走るな」と釘を刺された。
その過去が、今になって胸の奥を掴んで離さない。
「……また、あのときと同じになるんじゃないか……」
目を閉じれば、当時、市民説明会で浴びた厳しい言葉が蘇る。「市役所の都合で進めないでくれ」「現場のこと、何も見ていない」――
ふと、ドアがノックされた。
「……まだ、いたのか」
拓実だった。手には缶コーヒーと、何か小さな茶封筒。
「夜は、冷えるな。腹に何か入れてるか?」
「……いえ。考えがまとまらなくて」
えまの表情を見て、拓実は缶コーヒーを置いたあと、茶封筒を手渡した。
「それ、咲がくれた。中身は、商店街の“収支表”……じゃなくて、“感想アンケート”のコピーだ」
えまは封を開け、中を覗く。そこには、子どもの拙い文字で「まつりやってくれてありがとう」「つぎもたのしみ」「やきそばおいしかった」の文字が並んでいた。
「……理屈で攻めるえまさんも、現場に出るとちゃんと“人”を見るようになった。あのときの説明会で黙ってた俺からすると、今の君はずっと強い」
拓実は窓の外を見ながら続けた。
「失敗を恐れることはない。だが、“失敗した自分を否定する”のは違う。失敗は、次に生きれば資産になる」
えまは、じっと紙を見つめていた。
「……資産、ですか」
「そうだ。失敗を“どう処理したか”を他人に示せれば、信頼につながる。人は、完璧より“回復力”に安心するもんだ」
沈黙のあと、えまは深く息を吐いた。そして、スケジュール案の紙を一度ぐしゃりと丸めた。
その上で、新しい白紙を広げる。
「……では、私もひとつ、“失敗を資産化”してみます」
夜の市役所に、カリカリとペンの音が響く。
再起は、静かに始まっていた。




