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45歳、静かな観察者は商店街を救う――地域再生コンサルタント拓実の逆転劇  作者: 乾為天女


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第11話_中年たちの太鼓判

 日向坂市役所・地域協働センター第二会議室。昭和の空気をそのまま閉じ込めたような薄暗い会議室に、古参の男性陣がずらりと並んでいた。

  木製のテーブルに肘をつき、目を細めるその顔ぶれは、誰もがこの町の“かつての主役”だった。商店街を一代で築いた者、町内会の運営を支えてきた者、消防団のOB、そして前回開催された“夏祭り”の実行委員長を務めていた男もいる。

 「それで……君たちは“夏祭り”を復活させたい、というのか」

  重々しく口を開いたのは、70代の元町内会長・小滝だった。ねじり鉢巻きをしていても違和感がない貫禄を漂わせ、テーブルの上でタバコを指で回している(もちろん火はつけていない)。

 「はい。正式には“試行再開”という形で。かつてのような大規模開催ではなく、現実的な範囲で、かつ次代へ引き継げるような“運営モデル”を構築します」

  えまの説明に、場の空気はどこか“様子見”を決め込んだような重たさを帯びた。

  そこへ拓実が口を開いた。

 「おそらく皆さんの中には、“何を今さら”という思いがあるでしょう。しかし、私たちが考えているのは“原状回帰”ではありません。“思い出のコピー”でもありません。“灯を継ぐ”だけです」

 「……継ぐ、だと?」

  今度は前回の実行委員長・榊原が口を開いた。

 「“継ぐ”という言葉は、軽く使うもんじゃねぇ。俺たちは命削って祭りやってたんだ。何も知らない奴らに、いきなり“やらせてくれ”は通らねぇよ」

 「その覚悟、無駄にする気はありません。だからこそ、お願いがあります。“データと経験”を交換していただけませんか」

  拓実の手元から差し出されたのは、過去の祭りの来場者数、収支、交通規制、協賛企業のリストなどをまとめた、精緻な分析レポートだった。

 「これは……?」

 「市の公文書と、当時の新聞記事、事業報告から拾い出した情報です。見えない努力を“見える化”しただけです」

  榊原が、無言でページをめくる。咲の監修によって整えられた数字は、どれも実態に近く、かつ負担や無理が浮き彫りになる構成だった。

  沈黙が続いたあと、別の年配者がポツリと呟いた。

 「……祭りの音ってのはな。腹に響くんだよ。だが、年取るとそれが重くなる。“太鼓が苦痛に変わる日”が来るんだ」

  その言葉に、拓実は静かに頷いた。

 「だからこそ、我々の提案には“分業と交代制”を明記しました。中心に居続けなくても、支えられる構造にします。無理はさせません。ただ、“誇り”を少しだけ貸してください」


 「……“誇りを貸してくれ”か」

  榊原がぽつりと呟きながら、指先でレポートの端を軽く叩いた。

 「最近な、孫が言ったんだ。“ねえ、おじいちゃん、夏祭りってなあに?”って」

  その声に、室内の空気がわずかに揺れた。

 「俺は答えられなかった。昔はあんなに誇らしく、法被着て太鼓叩いてたのによ。“今はもうない”って、言いたくなかった」

  えまが、小さな声で言った。

 「……なくなったものを戻すのは、難しい。でも、“思い出したい”と思える場を作ることは、できます」

  沈黙のあと、小滝が背もたれにぐっと体を預けた。

 「昔のやり方にこだわる気はない。だが、“心意気”まで削るような祭りなら、やらん方がいい」

 「わかってます。だから、お願いがあります」

  拓実は胸ポケットから、一枚の紙を取り出した。A4に手書きされた、簡素な構成案。

 《灯送り太鼓》《子ども神輿リレー》《記憶写真館》《旧祭礼道具の展示》《休憩所兼談話室》

 「これは、“大人と子どもが一緒に担げる祭り”の提案です。“働く世代”に無理をさせず、“昔を知る人”が静かに語れる場を。“今”と“昔”をつなぐ太鼓、それが核です」

  榊原は、目を伏せたまま呟いた。

 「……太鼓が鳴ると、心臓が跳ねるんだよ。“ああ、夏が来た”って、身体が思い出す」

  拓実は、ゆっくりと立ち上がった。

 「皆さんが作ったこの町の祭りを、“思い出”で終わらせない。次の世代が“誇り”を手にできるよう、バトンを渡してください。俺たちは“新しい手”で、それを受け取ります」

  沈黙――だが、その沈黙には確かな“軋み”があった。

  やがて、小滝が咳払いを一つしながら、苦笑交じりに言った。

 「……若いのが“貸してくれ”って言ってきたら、断るのが礼儀だが……“使ってくれ”って言われたら、悪い気はしねぇな」

  榊原が顔を上げる。

 「……教えてやるよ、太鼓のバチの握り方からな。口も手も出すけどな!」

  室内に、少しだけ笑いが漏れた。

  中年たちの太鼓判。それは決して、派手な合意ではなかった。だが、再び太鼓が鳴る未来に向けて、確かな第一歩が踏み出された瞬間だった。

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