15回目の主役の日
ほんとのホントにこれでおしまいです。
◇プロローグ
一年に一日だけある主役になれる日。そんな日にお姉ちゃんが事故で亡くなった。
その日はすごく寒くて、雪もかなり降っていた。
住んでいた地域ではめったに雪は降らなかったので小さかったあたしはひどく喜んで、はしゃぎすぎて怒られたのを覚えている。
……でもその雪のせいで、お姉ちゃんはスリップした車に撥ねられて帰ってこなかった。
お姉ちゃんのことはもうはっきりと覚えていない。はじめに声を忘れて次第に姿も忘れ、今では名前と事故にあった日と歳しか覚えていない。
お姉ちゃんの名前は桔梗。生きていれば二十二歳で、立派な大人になってるんだろう。でも現実はそういかなかった。
あたしは小さいころ字が汚くて、お母さんの勧めで毎日の出来事を書く日記をつけるように言われている。いつものように今日も書いていると、部屋の振り子時計がボーンボーンと十二回鳴り、いつの間にか日付を跨いでいたこと教えてくれた。
日付は二月十二日。人生で十五回目の主役になれる日。姉がいなくなって七年経った日。
「……もう追いついちゃったよ。お姉ちゃん」
役目を終えたペンを机に転がし、すぐさまベッドに勢いよく飛び込んだ。
◇ 時間が止まった部屋
二月十一日 土曜日 正午前
「ふぁ~…。あ、おはよーお母さん」
ドアを開け、リビングのダイニングテーブルに王様気分で座る。
「おはよう、かすみ。あいかわらず寝坊助ね。もうお昼よ?」
「今日は主役だからいいの! ほれ、わらわを満足させよ~」
「はいはい。お昼ご飯もう作ってあるから一緒に食べましょう」
「はーい。お昼ご飯はズバリ!から揚げ!それともーから揚げ?」
「絶対言うと思った。でも残念。から揚げは夜でーす」
お母さんはそういうとキッチンからパスタが盛られたお皿を持って来た。
「そんなぁ~ケチぃ!でもパスタも好きだからいっか!」
「よろしい。夜はちゃんとおいしいから揚げ作るから期待しててよ?」
「はーい。ね、早く一緒に食べよう。ね?」
「「いただきます」」
赤いソースがたっぷりのっているパスタは食べれば食べるほど食欲を刺激し、朝から何も食べてなかったというのもあってペロリと平らげてしまった。
「ふぅ~ごちそうさま~。」
「お粗末様でした」
「あ、そうだかすみに手伝ってもらいたいことがあったの」
部屋に帰ろうとすると、何かを思い出したかのようにお母さんが呼び止めてきた。
「んー?あ、まさかケーキ買ってないから買ってこい、とか!?」
「今日で七周忌だから、そろそろお姉ちゃんの部屋を本格的に片づけたいんだけど……」
……そんなことだろうと思った。毎年お母さんはこの時期になるとあの部屋の掃除をやろうと奮闘するのは知ってたけど……。
「え~、それって今日じゃなきゃダメ?」
「お母さんだけだと、途中で挫けちゃうから……」
「挫けるって……まぁお母さんがどーしてもっていうなら手伝うけどさ」
「手伝ってくれるの!?助かるわ……すごく」
この時のお母さんは、一瞬笑顔になったが、すぐにまたどこか遠くを見るような目をしていたような気がする。
◇
あの日から七年。誰も使っていない部屋の中。すこし乱れたベッドやペンや教科書などが乱雑に置かれている机の上。まるでいつも誰かが使っているような様子だ。
でも、この部屋の主はもう帰ってこない。これ以上この部屋が散らかる心配は、ない。
「意外と窓に埃とかは溜まってないじゃん」
「……定期的に掃除はしてるからね」
「……そっか」
どうして軽い掃除はできるのに置いてあるものを片付けられないんだろうと思ったが、きっとお母さんにはお姉ちゃんとの思い出が残って、それを手放せないからなんだろうなと気づき、いつもまにか開こうとした口は自然と閉じてしまっていた。
……お母さんの顔を見るとどこか苦しそうで、こっちまでどこか胸が痛くなってくる。
「……ねぇ、お母さん」
「……んー?」
「部屋の片づけはあたしにまかせてくれない?あー、ほら!片付け終わった後にはおいしいホットケーキとか食べたいし、ね?お願い~!」
これ以上お母さんをここにいさせて苦しめるのはあまりにも酷だ。
「えぇ、わかった。……ありがとうね、かすみ」
「ちょっ……お礼ならおいしいオヤツ用意しておいてよね」
とっさに出た言葉にお母さんはくすっと笑い、部屋から出ていった。
部屋にはあたし以外、誰もいない。
「まずは机の上からやるか~まったくお姉ちゃんはガサツだなぁ……。なんでペンスタンドがおいてあるのにあちこちにペンが散らばってんのさ……」
机の上に散らばった鉛筆やシャープペンシルをかき集めペンスタンドにまとめる。
筆箱に入っていたペンもしまおうと中身を出すと一本だけ年季の入ったピンクのペンが入っていた。
「うわっ、なにこれボロボロじゃん。お姉ちゃんってそんなにものを大事にしてたっけ……」
ぼんやりとしか思い出せない記憶の中にはものを大事にする性格ではなかったと記録されている。
「まぁいいや。とっとと机の上きれいにするぞー」
ボロボロのペンをスタンドにいれ片づけを続行する。
◇
大体一時間くらい経っただろうか。散らかりすぎて机の表面すら見えなかった机がきれいさっぱり片付き、置いてあった教科書やノートはそれぞれ分けて床に積んでいる。
「ちょっとくらい見てもいいよね……」
歴史の教科書と英語用のノートをそれぞれ一冊づつ取りページをめくる。
「うわ!お姉ちゃん、字汚っ! しかもしっかり顔にラクガキしてるじゃん……」
赤字で大事なことをメモしていることはわかるのだが、インクが滲んでいてうまく読めない。ページの隅にある偉人の写真には髭を増やしていたり、目が少女漫画風にデフォルメされていたりしていた。
「この英単語、スペル間違えてるし!これlじゃなくてrだよ……」
ノートには『bleed 育てる』と書いてある。
「これじゃ文章に出てくる牛さん出血してんじゃん……」
部屋を掃除したことで、ほんの少しお姉ちゃんに関して思い出せた気がする。
すごく大雑把で、明るく、世話焼きだったような……
「まぁいいや。次は机の引き出しを……ってあれ開かない」
何かが詰まってつっかえているようなで、軽く引いても全く動かなかった。
「ぐっ……なら全力で!」
両手に力を入れて腰を落として全力で引き出しを引っ張る。
引き出しの中にはサイズぎりぎりの箱が入っていたようで、箱の中にはアルバムやビデオテープでぎっしり詰まっていた。
「お、ビデオテープじゃん。なつかしー」
テープのタイトルには誕生日とか卒業式とかいろいろ書かれていて、あたしの分も含めると最低でも三〇個以上あるのがわかる。
「これみたらお姉ちゃん思い出せるかも」
休憩の意味も込めてリビングへ向かうことにした。
◇ 忘れていた声、忘れていた記憶
「あら、もう終わったの?」
「ううん。ちょっと休憩~。あ!それよりさ、このビデオテープ再生したいんだけど、まだ見れるおいてやつある?」
箱からビデオテープを取り出すとお嗚さんは懐かしいそうな顔をして駆け寄ってきた
「あら、懐かしい!多分テレビの下にデッキがあったはず……」
「ありがと。いやぁ小さい頃のあたしがみてみたくってさぁ~」
「そういうことならおかあさんも一緒に見てもいい?」
「別にいいけど……大丈夫そ?」
「多分……もし泣いちゃったらごめん」
「…………」
テープをデッキに入れてしばらく沈黙が流れる。
ビデオが始まり、六本の蠟燭に火がつけられているケーキと小さい少女と少し大きな少女達が映る。
「かすみ!ふーって一回で火消してみて!!」
「え~むりだよおねえちゃん。てつだってよ~」
「仕方ないなぁ。お父さん、ちゃんと撮っててね?」
「いくよ!かすみ。せーのっ!」
「「ふぅ~」」
ろうそくの火が消え、真っ暗な部屋になる。
しばらくすると部屋の明かりがつき、幸せそうに笑うお母さんの姿とあたしとお姉ちゃんの姿があった。
「「お誕生日おめでとう!かすみ!」」
「あーもう待ちきれない!いただきます!」
ケーキを中心に並べられた料理の中から皿いっぱいのから揚げをとり、おいしそうに食べるお姉ちゃん。
「へへっ、おねえちゃんほんとにからあげだいすきだね~」
「かすみもでしょ?っていうかみんな大好きじゃん!」
「ほら、お父さんもそろそろ一緒に食べましょ?」
笑顔でからあげを頬張っている二人の姿が映されていたカメラが動き、若いお父さんの姿が映る。
「えーもうちょっとこの子たちの笑顔を……」
「も~お父さん!主役のかすみを撮るのはいいけど早くしないと私がぜーんぶ食べちゃうからね~。ねー!かすみ!」
「うんっ!おとーさんのぶん、もうないよ!」
「そんなぁ~お母さん、おかわりって……」
「ふふ、言うと思った。まだキッチンにあるから取ってくる」
映像はここで終わった。とても幸せそうな様子だった。
お姉ちゃんの声、こんな声だったのか。
……お姉ちゃんは、私のことが大好きだったんだ。
「っ……おねえちゃん……シスコンじゃんか……」
目が熱くなってポロポロと涙がこぼれだす。
「あの子、ほんとにかすみが大好きだったのよ。あの子の誕生日にときにあげたピンクのペン、ずーーっと大事そうにしてたしね」
「え……あれってあたしがあげたやつだったの?」
ボロボロになるまで筆箱に入っていたあのペン。そっか……あれはあたしがお姉ちゃんにあげたやつだったんだ……。
「そうよ。かすみ、小さかったしもう覚えてないか~。」
鼻をすすりながらお母さんは悲しそうに笑っていた。
「……今度はさ、アルバム見ようよ!ほら、これみてよ」
箱の中からアルバムを取り出すと挟まっていた封筒が床に落ちた。
「……?かすみ、アルバムからなにか落ちたわよ」
「なんだろこれ、中身はえっと……手紙?」
封筒を開けると何度も消しゴムで消したのか、少しくしゃくしゃになった手紙ときれいに折りたたまれている2つの手紙が出てきた。
「かすみへ、おたんじょう日おめでとう。これからもすくすくそだってお姉ちゃんみたいにりっぱにそだちますように! かすみにどんなことがあってもお姉ちゃんは大すきなかすみのみかたです。だからいつもえがおでいてね」
その手紙はとても癖のある字だったけれど、丁寧に小学生でも読めるようにと難しい漢字はひらがなで書かれていた。そしてその手紙は、ついさっきまで忘れていた大切なお姉ちゃんの声でしっかりと聞こえた。
「――っ、お姉ちゃん…なんで、なんで……あたしの誕生日に事故になんか……」
「……あの日、あの子が事故に遭ったのは誕生日ケーキを受け取りに行かせたお母さんのせいなの……本当にごめんなさい」
「えっ……え?だったらあたしのせいで……」
「それは違うわ!私がーー」
「ごめん。ちょっと部屋で頭冷やしてくる」
お母さんの話を遮り、封筒をもって部屋に駆け出した。
3 拝啓、未来のわたしへ
部屋に入って鍵をかけると一気に全身の力が抜けずるずると床に座り込んだ。
「あたしのせいで……お姉ちゃんは……」
「全部、忘れてた。ううん、違う。忘れようとしてたんだ」
「あの日、お姉ちゃんの帰りをワクワクしながら待ってたんだ。でも、全然帰ってこなかった。かなり時間がたってから家の電話が鳴ってお母さんとお父さんが慌ててあたしをつれて病院へ連れて行ったんだ」
頭が痛い。苦しい。お母さんの苦しみが分かるような気がする。
「ごめん……。ごめんね……お姉ちゃん。全部、全部思い出したよ……」
いつもあたしのことを一番に考えてくれていたこと。忘れん坊なあたしをいっつも助けてくれたこと。冬が誕生日だからってマフラー、くれたよね。あたし……不器用だからいっつもほどけて……。ほどけるたびにいっつもお姉ちゃんが巻きなおしてくれてたよね。
涙があふれて止まらない。このままじゃ手紙が濡れてしまうと遠くに置こうと思ったとき封がはがれて『拝啓、20歳の渡辺桔梗へ』と書かれた手紙が出てきた。
「……これ、は……っ」
『拝啓、20歳の渡辺桔梗へ』
ねぇ、20歳のわたしは何をしていますか?授業で書いてるけど、いまいち将来の自分のことが分かりません。
わたしは今とても不安です。15歳のわたしにやりたいことなんてわからないし、いつか家族みんなと離れ離れになってしまう。わたしは一人になったらどうしたらいいのかな?
今、必死に悩んでるこの悩みを20歳のわたしが読んだら笑うのかな。絶対笑わないでよね!!
5年後のかすみはどんな姿ですか?彼氏とかは、まさかいないよね!?ね?お父さんもお母さんもちゃんと生きてるよね!?今のわたしはそろそろ受験のシーズンで、未来への不安が日に日に大きくなってます。親の死なんかもっと未来のことなのに。
親やわたしのことよりもかすみが心配。かすみはいつもおっちょこちょいで今日も寒いのにカイロ忘れてきててわたしのやつをあげたの。いま書いてるわたしはすっごく寒いの!
いいこと思いついた。わたしの夢、今決めた!
わたしが家族みんなを笑顔で守っていけるような大人になる!
この夢ならかすみもお母さんもお父さんへの不安も大丈夫!
ねぇ、20歳のわたしはこの夢叶えられていますか?
◇
「家族みんなを笑顔で守っていけるような大人、か……」
……お姉ちゃんは20歳になれなかった。夢は叶えられなかった。
でも……!
「ちゃんと……お母さんとちゃんと話さないと」
鍵を開け、急いでリビングへ向かう。
「お母さん!」
「か…すみ?どうしたの?目が腫れてるじゃない」
「う、うるさいなぁ。お母さんもあたしより腫れてるよ。っとそれよりこの手紙、読んで」
渡した手紙を読み終えるとお母さんは涙を流しながら笑っていた。
「ふ…ふふ、あの子らしい手紙ね。ねぇこの手紙、お父さんにも見せていい?」
「もちろん。あ!じゃあさ、お父さん帰ってくるまでビデオみようよ」
「夕飯の準備まではね」
お姉ちゃんの誕生日や小学校の卒業式、運動会で大活躍しているビデオを二人で仲良く、笑ったり泣いたりしながらすべて見た。
◇ 未来のあたしへ
二月十一日 土曜日 二一時過ぎ
「来年からケーキはもういいよ~。あたし、もう大人だよ?」
「いいからいいから、ほらあなたも座って」
「う、うん……」
「ねぇお父さん、この手紙読んで」
「これは……桔梗の手紙?」
「そう!そんなに長くないからすぐ読めるよ」
お父さんは引き出しから眼鏡を取り出すと、一文字ずつ丁寧委に読み始めた。
「くっ…うう……」
「ちょ……お父さん……っ……」
初めて見たかもしれない、お父さんの涙。その涙につられていつの間にかあたしもお母さんも涙をこぼしていた。
「ねぇお父さん、ほら笑って!にこーっ!」
「……だめだな僕は。……ここは桔梗のために笑おう!!」
「ぷっ……かすみ、お父さんの顔見て、ひっどいよ……ぷっくく……」
お母さんに言われ見ると、涙を流しながら必死に笑うお父さんの顔ひどくブサイクな顔だった。
「……あははっ!なに、その顔!」
「かすみ……お母さんも……でもみんな笑えたならそれでいいか」
ひとしきり笑いあった後、お父さんとお母さんが顔を合わせて頷き、話しかけてきた。
「なぁかすみ」 「ねぇかすみ」
「んー?」
「「お誕生日おめでとう」」
◇
二月十三日 日曜日 深夜
お姉ちゃん。あたしの夢聞いてくれる?あたしね、お姉ちゃんみたいに明るくてみんなを笑顔にできるような人になりたい。今日のことでちゃんとお姉ちゃんと向き合って思ったんだ。なれるといいな。ううん。絶対なってやる!
日記を書き終え、ペンを転がしベッドに飛び込んだ。
想いや夢は受け継がれていくとおもいます。
だから私は書くのをやめない。