第89話 ファウナ先生のお勉強会
No3の偽物達による大量襲撃から約1週間後──。
極東の国、日本を席巻する大事件が勃発した。
日本全ての連合国軍基地が、まさに星の煌めきが如き僅かな時間により、完膚無きまで破壊尽くされた。けれど軍とて、ただ黙ってやられた訳ではない。
沖縄基地を灰燼とされて以来、日本政府はこれを重きと見据えた。全ての基地より隊員を強制退去。基地運用は完璧にAI兵へ一任したのだ。流石人命尊重の国と言えよう。
ただその結果、東京の街に駐留した連中がNo3の刃に駆逐或いは丸め込まれるという皮肉も呼んだ。
最早語るまでもなく星を落とせし者がまさに大激怒を落としたのだ。
だが森の女神候補生とNo0がこの事実を知るや否や、高笑いでハイタッチせずにはいられなかった。
何故ならファウナの憶測を確信へと、ご当人が態々進化させてくれたのだ。これはもう覚えたてのワイン片手に勝ち誇るのも仕方がない。酒の相手に付き合わされる羽目に陥るレヴァーラである。
「──エルドラぁ? もぅ何だか単細胞過ぎて私、ちょっと可愛いって思っちゃったキャハハッ!」
すっかり笑い上戸なファウナが手を叩いて不謹慎にも喜び煽る。レヴァーラの背中をペシペシ弾いた。
もしや程度の直感が超大穴馬券に化けて外れ馬券の雨を降らせると、神でも降臨したかの如き、錯覚に陥るものだ。
「ふぁ、ファウナ。覚えたての酒に溺れるのは余り感心せぬ」
こうも目前で吹っ切れた者の相手をさせられると、冷静の仮面を被りたくなるのも頷ける。増してや実の娘の様に可愛がってた少女のふしだらは見るに堪えない。
「だ、だってさぁ。判りやす過ぎんだもの。きっと今頃怒りに震えてるわッ!」
しかしこうして他人の不幸と引き換えにして、彼女達の勝ち筋が転がり込んで来た訳である。流れは此方──そう思うのは寧ろ自然だ。
◇◇
レヴァーラ・ガン・イルッゾとリディーナの両名が会議招集を一同に呼び掛けた。これは異例中の異例である。
此処で言う一同とは、ヴァロウズのNo6からNo10は勿論、力を失った元No5も含めている。
加えてデラロサ夫妻と浮島出身のレグラズによる元連合軍メンバー。そして当然なフォレスタ家3姉妹組。
さらにもう1人、ア・ラバ商会の派遣社員リイナすら何故か同席させている。
以前──これだけの人数を受け入れられる部屋は、食堂か或る意味大浴場位なものであった。よもや後者で裸の付き合いしながら議論する訳にもいくまい。
レヴァーラという人間がそもそも人の意見を求める者ではなかったからだ。寄ってこの円卓の会議室自体、お披露目会という次第だ。
プロジェクターもスクリーンとて存在しない部屋かに思えた。しかし一同が揃った途端、円卓が突如スクリーンと変わりゆき、参加者達のどよめきを呼ぶ。
最新式の映像技術すら取り入れている念の入れ様──尤もこれは新しモノ好きなリディーナの趣味に他ならない。
スクリーンに転じたテーブルに対し、教師の如く教鞭を振るうはこの内の最年少、ファウナ・デル・フォレスタである。
このお嬢様、一体何のお勉強会を強制するかと思いきや、最初に映し出されたのはNo4と連れて来た白猫に於ける一戦。要はファウナ屈辱の出来事だ。
さも面倒臭そうにしていた面々の表情が意外を以って少し変化を帯びる。何故なら今、仰々しくこんな会議を開くのは、1週間前の襲撃事件、或いは日本領基地壊滅の話だとタカ括りしていたからだ。
「──第一に、このパルメラ・ジオ・アリスタを取り巻いてる守りの星屑と、エルドラが落とす星は同質。これはもう確定事項よ」
「え、待ってファウナちゃん。No1ってば大気圏外から塵や小隕石を落としてた訳じゃないのぉ?」
ディーネの疑問は尤もであり、世界中大多数の代弁者と思って差し支えない。エルドラは星を落とせし者。そう自ら名乗りを挙げているのだ。
それを額面通りで受け取るならば、パルメラを恒星として、その軌道上を周回してた衛星達が本物の小隕石と同一だと言われた処で得心出来る訳がない。
「それなら大丈夫。ちゃんとこれから説明するから──じゃあ次にこれを見て」
円卓の映像がイギリスの空軍基地跡に切り替わる。無の漂うだだっ広い荒野に転じたのを見て、思わず息飲む一同である。
ただ独り、何故呼ばれたか判らずなリイナだけが、これでやっと腑に落ちた顔をした。
「私とリイナさん、これを見てとんでもない違和感に気付いた訳」
──違和感?
「た、確かにコレは意味が通らないな。墜ちた欠片が何処に見当たらん」
違和感という言葉を切欠にフィルニアが円卓上に身を乗り出す。隕石はおろか塵1つ見つけられない。
「──だな。それにだ、空爆跡でもこうはならんぞ。全く……俺、空挺部隊失格だなクッソ」
アル・ガ・デラロサが如何にも軍人らしい事を吐きつつ、自分の愚かぶりに苛立ち、悔しさで膝を殴る。隣のマリーが優しさと哀れみで以って慰めた。
「──へッ! 確かにきな臭くなってきやがったぜ。俺達ゃ手品師に堂々と嘘を見せられたって訳か」
禁煙の掲示板をガン無視するジレリノ。星を落とせし者の名にまんまと乗せられていたことを煙に撒いた。
「だっけどよぉ、じゃどうやってこんな荒野をあっと言う間に作んのさ?」
これは実に珍しく人間姿のチェーン・マニシングが椅子にもたれ掛かってギシギシと音を立てる。嘗てラディアンヌとオルティスタの二人掛かりでようやく暴いた八重歯の少女だ。
だけどもそこはかとなくいつもの白狼の影を彷彿させるのは、普段の印象が強過ぎる? 本当にそれだけだろうか。
「──ン、そ。それが最初の問題だったわ。だけどね、ちょっと考えてみて欲しいの。パルメラの守りの星屑。初めの内は戦った私さえも彼女自身が遠隔操作してるって勘違いしてた」
自分よりも子供な形したチェーンから最初に指摘され、何でもお見通し面のファウナが僅かに驚き、言葉を詰まらせかけた。
けれども何にでも化けられるチェーン・マニシングと、この実は生きた星屑達。案外近しい存在なのかもとも思い直した。




