第87話 星の屑
新しき街、フォルテザにどうにか取り戻せた静けさ。
この街の創設者御自らとその配下達が懸命を繰り出し、勝ち得た静寂である。
「──お、終わったぁ」
「そう、だな。しかし何だ? この何時にない疲労感──違うな、喪失感とでも言えば良いのか」
思わずその場にへたり込むディーネ。ぬかるんだ地面も手伝い折角のドレスが台無しと化す。隣で同じ動作なフィルニア。男勝りな彼女が勝って弱音を吐くのは少し珍しい。
他の皆も溜息と共に深き一服に落ちゆく──。
止むを得ない事かも知れぬ。嘗て敵としてこの街に現れたあの特殊空挺部隊の刻でさえ、これ程の人を殺めなかった。それが例え人成らざる者だとしてもだ。
あの空挺部隊の折、相手が人肌を感じさせない強化服を装着してただけマシかも知れない。
殆ど女所帯なシチリア側の一員である。人の温もりを奪うのでなく、彼女達は温もりを寧ろ生み出す側だ。
「──立てるか? ようこそ……そう認識して差し支えないか?」
その黒ドレスの女が差し出した白い手に少年の様な不可思議を以って反応に困るレグラズ・アルブレン。
ついこの間、浮島で壮大なる血祭りを挙げ、部下達を地獄へ葬送った人間とは思えぬ別人ぶりだと戸惑っているのだ。
「じ、自分で立てる。この様な形でも私は軍属だ」
「フフッ──あとこれは苦言だが此処は我の街。余り派手に壊してくれるな」
柔らかな笑顔──。編み込まれた黒髪がレグラズの頬を掠める。
少なくともレグラズの目はレヴァーラをそう捉えた。重苦しい強化服を全て脱ぎ捨て眼鏡を掛け直し見返すのである。
「あの女、意外と優しい処在るだろ? 籠りっぱなしだったお前は知らんだろうが、この街の至る所に地下施設が在るんだぜ」
アル・ガ・デラロサが腕にしがみつく夫人付き添いで元同業者同士の馴染みを見せる。「しかも民間人専用だ」と注釈を付けた。
間もなく呼称が変わるこの島の随所に同じ目的の地下施設が今後の歴史で増設されるのだ。この街を発端として。無論レヴァーラの名の元に。
「──男かあ、もう随分御無沙汰してんな」
さも初々しさ溢れる夫婦の背中を見送り、意味深な発言をするオルティスタである。これから初夜を迎える二人に掛ける乙女の言葉にしては直球が過ぎる。
「えっ、ちょい意外。オルティスタって男に興味あるんだね」
「馬鹿を言うなディーネ。このラディとファウナは可愛い妹分──けどな、俺の恋愛対象は間違いなく男だよ」
少し目を丸くしたディーネに主張するオルティスタ。「あ、ジレリノ1本くれ」と気軽に煙草をねだり火を灯す。続けて頭1個分小さなラディアンヌの金髪ボブヘアをくしゃくしゃにした。
「ふぅ……ま、尤も俺より強い男以外、興味がないんだよなぁ」
「あぁ──それ言っちゃたらお終いじゃないですか。そう、そうなんです。それ由々しき大問題ですよ」
随分と更けた夜空を溜息混じりで見つめる姉貴分2人である。ファウナの事をあれ程溺愛してるラディアンヌでさえ、強き男の胸に抱かれたい気持ちは同様なのだ。
26歳と24歳。独り身女同士の悩みは、海よりも夜の闇よりも深そうだ。
そんな愛だの恋だの何処に放った年齢不詳な女が独り。3桁超えの凄惨たる死体の調査という、壮絶な現場検証に余念のないリディーナである。
この敵共は連合国が拵えたクローンであるのは最早疑いの余地なし。今解決すべき謎。そんな彼等がどうやってこのフォルテザに弓引く場所まで辿り着いたかだ。
大変困ったことにこの聡明なるリディーナ博士の頭脳を以てしても真相は夜空の闇。6等星の輝きすら見つけられない。
「──どうやって天斬に化けたか知れないけれど」
何時の間にやらその隣で周囲の砂──らしき物を拾い上げるファウナが神妙な面持ちで発言してきた。此方とて確信ある物言いではなさそうだ。
「そ、その砂もしや!?」
ファウナの綺麗な手を汚した物質をリディーナが食い気味で見つめ、そのまま受け取る。そのやり取りを小耳に挟んだレヴァーラも会話に混ざる。
「No4、あの神聖術士が言ってた星屑の守りの成れの果てだと?」
驚きと共に声量が上がるのをファウナが人差し指で制する。
「これは本当アテにならない憶測。だからこれ以上拡げるのは避けて欲しいの」
慎重に、そしてかつ親密に。リディーナとレヴァーラのみ声掛けして、夜の樹々が作る帳へ身を隠すことを促すファウナである。
「この星屑、恐らくパルメラ・ジオ・アリスタが此処に運んだものだけでない。この間、島の南西に崖を錬成したエルドラの塵──ううん、恐らくこんな物、きっと世界各地に散らばっている」
ファウナ・デル・フォレスタが「1人の魔導士としての意見」と前置きの上で考察を語り始める。『1人の魔導士』という時点で、急に湧き出す専門家を名乗る輩や教授ですらも霞む程の説得力が在るのだが。
そこを判っていない処がこの魔法少女の面白味といえよう。
嘗てファウナは、この星屑を扱うサリー衣装の女術士によって辛酸を舐めさせられた。
どれだけ攻勢に転じたくとも煌めくこの星々に邪魔立てされ、一切が徒労に終わった。
それだけではなくこの星屑共、まるで生があるかの如く自由に振る舞い、攻撃と防御、その何れにも変化を遂げた。
おまけに彼女の付き添いらしい白猫が化けた生物の影武者さえも、これで増やした自在振りであった。
ただの負け惜しみと揶揄されても仕方ないが『この星屑さえ居なければ……』それほど腹立たしい存在なのだ。
「──この星屑個々に生命が宿っているだと?」
レヴァーラの驚き顔が屑とファウナを行ったり来たり。レヴァーラとは元来、こうも揺らぐ者ではなかった。この魔法少女との出会いが引き出した感情の一つと言えよう。
「あくまで直接戦った上での推論なのよ。ただそうとでも思わなければ、私が納得しないってだけ」
森の住人達からきっかけを得て、魔導書をしたためている一介の魔導士としてこの塵の存在はそのくらい常軌を逸している。ファウナは強くそれを圧したい。
「この星屑達が生きてると仮定して、それが天斬の元となった。貴女はそう言いたい訳ね。実に面白い仮説だけど連合国軍が……」
これには頭を捻るしかないリディーナである。
「それなんです。そこがこの仮説、まるで駄目で。例え天斬というサンプルを手に入れたからって、あの褐色の女みたく化けさせる真似出来るとは私にも思えま…ふぁ」
此処でファウナが生欠伸。もうとっくに日付は変わり、このまま夜更かしを続けていたら夜が終わってしまう。
「ではエルドラかパルメラのいずれが軍に協力──そんな事が在り得ると思うか?」
如何にも眠そうなファウナに変わり、レヴァーラが話を続ける。目を擦る可愛らしいファウナに意識を引っ張られそうだ。
「うーん……。ま、良いわ。ありがとファウナちゃん。早くレヴァと一緒に身体を綺麗にしてからお眠りなさい。後は私の仕事だから」
「──ッ!?」
「ふ、ふぇっ!?」
真面目な話から一転、二人の心を突くリディーナの不意打ち。
レヴァーラが顔引き攣らせ、ファウナも薄開きであった蒼き瞳を一挙に開く。何か反論したげな両者の背中を押して、半ば無理矢理、帰宅を促すリディーナであった。