第86話 泥塗れのWedding(結婚式)
「フフッ……実に愉快だ。戦場でウェディングとは傑作だよデラロサ君──いやデラロサ夫妻と呼ぶべきか?」
御涙頂戴な印象付けでモニターに映る二人の優秀たる部下を、最新鋭の人型兵器すら手土産にして送り出した元バルセロナ基地の司令官。
モニターに向かい冷笑を浮かべ、乾いた拍手喝采で祝福し、二人のどうでも良い未来に想いを馳せた。
彼の新しい居場所──。
地下に存在する基地なのだがその割に、ヘリすら直接乗り込める出入口が存在しない。
この場所へ入る為には数十km離れた場所で、基地から来る送迎車以外に手段がないのだ。
しかも極々一般車を装った車と一般人のフリをした迎えを寄越す念の入れ様である。これは語るまでもなく星屑落とし対策である。
この基地、空・海・陸軍の何れにも該当しない超特殊極秘任務だけを扱う施設だ。そしてこんな或る意味何も無い場所が、今後連合国軍の切り札としての期待を背負っている。
この基地の総司令に任命されたこの司令官。言わば軍TOPと言って差し支えない存在まで登り詰めたという次第だ。
「どうだ、あと駒はどれ位残っている? しっかりデータは取れただろうね?」
言葉遣いこそ緩いがオペレーター達へ一任している任務に対する期待値は実に手厳しい。
「ハッ! 二度と同じ攻撃は通用しないよう再構築すると御約束します」
「──駄目だ、それだけでは全然役不足だよ。今回集約した攻撃データを元に再シミュレートし、予測される攻撃にも対処出来るよう、アレを進化させねば君はお払い箱だ」
ハーッと眼鏡に息を吹きかけ幾度も何回でも良く飽きもせず磨いている司令官。
そんな昼行灯的な様子に釣られ『はぁ……』と思わず気の抜けた声を返すものなら『失せろ』の一言でこの場から降ろされるのだ。
「此処に居る諸君、末端に至る全職員も良く聴きたまえ。この施設に全世界の未来が掛かっているのだよ。そのつもりで各自総力を注いでくれたまえ」
無能を装い部下の質を試す。
ふとデラロサを思い出す。アレは馬鹿を見せればその3倍馬鹿を笑って返す。人の中に土足で踏み込んでも苦笑で赦免される異常者で在った。
──君は私の部下に於いて一番優秀で在ったよ。そう、優秀で在り過ぎたのだ。扱いきれない部下は時に不幸を招く。実に残念だ。
「──が、マリアンダ君……デラロサの事。願わくばしっかり支えてやってくれたまえ」
敵味方──。
それは差し置いた上での情が存在するは必然。感情在る人間なのだから。
◇◇
「──残る敵兵は!?」
よもやのデラロサ夫妻誕生に浮かれてる場合では無い。此方レヴァーラ達は手の内を晒らすのを覚悟の上で敵を根こそぎ刈り取らなければならないのだ。
見た目には華麗極まったレヴァーラの暗殺者姿だが如何せん付け焼き刃。しかし全力の閃光を研究されない分、マシだと捉え、例え血みどろに為ろうが果敢に生き抜くより他ない。
「ええと……26!」
「おぉっ、戦力差1/2ではないか! 3桁居た相手を良くぞ!」
閃光で躰が悲鳴を上げ索敵に専念するリディーナの返答は悲痛を帯びていたのだが、首領は寧ろ歓喜に打ち震える。
──グッ!? こ、これ程とは!
平常時の鍛錬を怠けていたレグラズが、己の放つ輝きに耐え切れず血反吐を吐く。内臓の何処かを傷付けたらしい。
「おぃおぃ、もうへばったのかよ? これだから事務方はいざって時、頼りになんねぇ──な!」
バイクのハンドルに忍ばせた暗器を不意に引き出して天斬の成り損ないの首を掻き斬るデラロサ。一体どれだけの白兵術を持ち合わせているのやら。
そう強がりを見せるデラロサとて起動の燃料が底を尽きそうなのだ。そもそも化石燃料自体、希少価値な22世紀である。
それでも最後の際まで敗北の2文字を知らぬ。この男の頭、隅々まで勝利という幸福感を掴む以外、興味は皆無だ。
「私達2人なら異能なんかに頼らなくっても引き出しがある!」
「マリーィ! 違いねぇッ!」
増してやこの世界で一番良い女。泥跳ねの化粧ですら似合うマリアンダ・アルケスタ改め、マリアンダ・デラロサとの初めての共同作業。殊更愚痴吐くつもりなど在る訳がない。
アルの興味は目の前の敵兵を凌駕し、既に初夜まで飛び火している。
──このとびきり極上な花嫁をどう料理して悦ばせるか?
男子のこういう探究心たるや、思春期でも32歳でも変わり様がない。
シーツの上で跳ねる嫁との欲情に心躍らせナイフを滑らす。仮に敵が彼の意識を読んだ処で、そんな破廉恥が見えるだけだ。
そんなふざけた旦那の性欲など、この若い女房の知る処ではない。
敵に向かうバイクから突如跳ねたかと思えば、そのまま飛び越し背中に突き付けた小銃を乱射する。実に鮮やかたる殺しだ。
ズキューーンッ!
形こそ小さいが普段の白狼が垣間見える喉から突き出た光線銃が敵を貫いて征く。
だがその背後から全く以って同様の別の兵が出現し、青い偽物の剣を振り翳し獣狩り宜しく襲い掛かる。
「──『牙炎』ッ!」
オルティスタの黄色い刃が敵の剣ごと薙ぎ払う。隠し事なんて今生き抜ければどうでも良い。全て終わった後、今日の自分を超えれば良いのだ。
嘗て自分の眉間に叩き込まれた剣だ。助けられたにも拘わらず背筋が凍る思いのチェーンである。
「ハァァッ!!」
剣士という長物相手に無手のラディアンヌが、最も手の内見せず巧妙にあしらっている。
流れる川の如く脚を滑らせ懐に入るや否や、手刀で首を? そんな仕草を入れつつ片方の手が胸を穿った。血飛沫が散る。
武術家──攻めも守りも頼れるのは己独りだ。それは鍛錬の積み重ねで生まれし小細工なき力。どれだけ動きを計測した処で所作だけはどうにもならない。
遂に敵の残数が両手で数えられる程と化した。
オルティスタが赤く滾る左逆手を相手の青に叩き込む。加えて右逆手の黄色い刃で自分の赤毎、青を殴る様に叩き斬る。
「──Sixth」
偽物でない強き者共のカウントが此処から始まる。
「Fifth」
No8が珍しくニヒルに嗤う。フィルニアの巻き起こした風に自らを運ばせ、偽物の心臓をスーツ毎、鷲掴みにした。血流諸共氷漬けと化した。
ファウナは或る意味武器を選ばない。長女が犠牲にし、柄だけと為ったナイフを拾い上げ、無感情に「──『輝きの刃』」と呟く。
無手でドレス姿なこの中で最も脆弱に見える少女。柄から蒼き光の刃が伸びきりランスの如き長さへ転ずる。そこに居るのは油断していた相手の首。
「Fourth──」
蒼いカットショルダードレスの少女が蒼き槍で咎人の首を静かに落とす姿は、正に審判を下すに相応しい荘厳さを持ち得る。
ブシュァァ──。
一方何もしないで地面に胡坐を掻いてる青いポニテの女の頭上で勝手にバラバラと化したスーツの男。
如何にも馬鹿にした顔つきで見やる。煙草の煙を線香代わりに吐き付けてやった。
「Thirdだぜ、ククッ……」
No10がさも嫌らしく笑う。
宙で憐れな死体と成り果てたその影が不自然にニュッと伸びる。影の先端から黒づくめ二刀が現れ残数3を✕の字に斬る。
「Secondね……」
感傷に浸ったりなどしないNo9。それでも皆に息を態々合わせた。
緑の残光が光速で駆け抜けて消えると同時に敵の肢体をバラバラに刻んだ。閃光の終幕を告げる。
「First──フフッ、今夜ばかりはお前達に贈ってくれよう」
今日の主役──自分はおろか可愛らしいファウナ・デル・フォレスタですらなかった。レヴァーラが振り向き緩む。
2台のバイクが泥を巻き上げ最後を1人を挟んで潰しに喰って掛かる。最後の敵が何方を相手にすべきか一瞬怯む。
その足元へ夫婦の投げた二本のナイフが突き刺さった。とても残酷かつ斬新なケーキ入刀。そしてまたも同時にバッとバイクから宙へ飛び出した。二人共々強化服を脱ぎ捨てた。
「マリアンダッ!!」
「アルッ!」
宙で花嫁を受け止めるべく頼れる両腕を広げる──。
この胸に飛び込んで来るのを待つアル・ガ・デラロサ。
勿論何の迷いもない──。
そこへ泥だらけだがとびきりの笑顔で花婿に飛び込むマリアンダ・デラロサ。
「──愛してるッ、アルッ!」
「嗚呼、決して離さんッ!!」
花婿の鉄馬と花嫁の鉄馬に潰され絶命した最後の敵。実に生々しき戦場の結婚式。なれどどんな式場よりも豪勢で至福だと二人には思えた。




