第85話 戦場を駆ける関白宣言(プロポーズ)
「──クッ、やはり遠距離攻撃を完全に避けるようになってしまったか……だがっ!」
如何にも重苦しい銃器類を完全に廃棄して2丁の自動小銃と小手の辺りから生やしたヒートナイフだけ残し、自らも戦線に飛び込むレグラズ・アルブレン。
──この私自ら残り時間僅かの閃光を使い近接戦闘を挑むのは、奴等のデータバンクに入っていない!
「ムッ? 何だバイクにすら届くあの移動速度は。──フフッ、よもや知性体の欠片1つでああも閃光を使い熟すとはやってくれるなあの戦争屋」
戦線に合流したレヴァーラ・ガン・イルッゾとリディーナの両名。
なお語るまでもないが、二人を含め三毛猫亭からやって来た連中は、普段着の炎舞使いを除き、戦闘スタイルではない。
当然レヴァーラとリディーナは戦闘服を着装してない。しかし二人の両腕に光るブレスレットが如何にも妖しく月の輝きに照らされ揺れる。
「レヴァーラ、判ってるだろうけど日本の時と同じ能力は──」
「判っている、努々調子に乗らぬよう善処する。なあに、あの男がやっているのと同じだ。アテにしてるぞ我の側近」
「「──『閃光』!」」
横一列で駆けながら2人の覚悟が重なり響く。レヴァーラのブレスレットが緑、リディーナの方は蒼き輝きを巻き散らす。
レヴァーラの脚力が一挙に増し、リディーナを置いてゆこうとする。深いスリットの入った黒染めのドレスは動きやすく暗殺者を彷彿させる。
ビリッ、ビリリッ。
珍しく血が滾るのだろうか。はたまたレヴァーラの横をただ走り続けたいだけの欲情の現れか? 長いスカートの裾を惜しみなく破り捨てたリディーナである。
「地面に泥濘が在るな、そうかフィルニアの仕業か。──これしきの事、我が進軍に淀みなし!」
己が争いの魂に火を灯すべく声を張るレヴァーラ。ただ艶めかしいだけに思えた白き太腿。実の処、ベルトが巻いてあり、そこからペグの様に先の尖った武器を2つ引き抜き両手で握る。
「余り本気を見せない方が良くってよ!」
破いたスカートの下から覗くは黒いストッキングを吊るすガーターベルトだけではなかった。自動小銃のホルスターを隠していたリディーナが、銃を抜きつつ意味あり気な忠告である。
「それも判っている。向こうとて所詮出来合いの偽物──こんな無礼をのさばらせてはレヴァーラ・ガン・イルッゾの名折れだッ!」
遂に最初の敵と立ち会うレヴァーラ。刺殺専用の短剣を順手と逆手に握り締め、迂闊にも飛び掛かる。
当然後の先を活かした敵の蒼い刃が応戦するが、そこへNo0のリディーナ様が援護射撃で腕を掃射。難なく逆手を攻め手へ転ずるレヴァーラが脳天を上から貫き絶命させた。
さて──マリアンダ・アルケスタが認識出来ていない本家のNo9だが、当然月影にその身を浸しつつ、空間転移しながら縦横無尽に夜を駆けていた。
もう1人の或る意味暗殺請負人とも取れるNo10の方は、糸の罠に絡めた銃器を思う存分振るい、四方八方から自分の手を汚す事無く敵を銃殺刑に処す。
さりとてこの闇に潜むを最も熟知両者ですらも、敵に出処を知られつつ在るのだ。勿論百戦錬磨の2人だ、重々承知していた。
『た、隊長──わ、私達……』
『何だあアルケスタ少尉ぃ? 傍受されかねん通信とは──案ずるな』
あの普段物怖じしない少尉が無線の無駄遣いで伝えて来た怯え声。
軍人として上に報告をしようと喉を搾る必死な処を『案ずるな』の一言で制した。マリーに戻すアルの知的な甲斐性が光る。
アル・ガ・デラロサは『敵がまるで天斬の様だ』と聞かされた時点で自ずと察していた。連合国軍は自分達の敵に回った。いや寧ろ自分達が回された。
俺達はあの演技達者な司令官殿にまんまと一杯喰わされ手伝いをした。
偶然No3を落とす手助けこそ至らなかったものの、地中海の矮小な島で高飛車を帯びる輩が、異能者達の何れかを墜とすのを待ち受けていた。
「司令官殿ォ! 今頃高見の見物で嗤っておられるでありますかァッ!!」
急に吼えるデラロサに皆が一瞬気を取られた。マリーは特にそれが如実だ。そしてバイクの後輪を浮かし相手に排気と泥跳ねを散らす。
「侍は二君に仕えぬと聞くが裏切りに裏切りを重ねる程、このアル・ガ・デラロサ、恥の上塗りは断固承服出来んッ!」
次はハンドルの先に縛り付けたアーミーナイフをバイク毎振り上げ、敵の首を切断した。余りにも器用が過ぎる。
「──あ、アル?」
バイクの駆動音をすべからず消したのに、敢えて気狂いと化し、肉声で宣言している愛する男の生き様をマリーが嗚咽を漏らし見つめる。
TVで視聴した侍の戦名乗りの如き馬鹿馬鹿しくも勇壮が過ぎる姿。スペイン人にしておくのが勿体ないと日本の視聴者から声が巻き起こりそうだ。
「俺様はやはり傭兵、この姉ちゃん達と最期まで付き合うと決めたッ!」
〆は前輪を浮かしてハンドルは両手離し。相手から奪った剣を両手握りに持ち替え、侍大将に為り切ったかの如き袈裟懸けで敵を一刀両断した。
『──済まないマリー。こんな馬鹿だが最後の最期まで付き添ってくれ』
事が済んだら当人が指摘した無線を使い、小声で言葉足らずな両想いの愛を伝える。これは余りに役者が過ぎる立ち振る舞いだがデラロサそのものとも言えた。
「了解!!」
戦場でのぶっ飛んだ婚約宣言。同じく無駄声を挙げるマリアンダ。涙散らして夫が先行している戦場へと鉄馬で駆ける。
美麗なウエディングドレスも花道すらも今のマリーには最早不要。
それにこの場所はあくまで式場、此処で命を散らすつもりなど微塵もない。夫婦共々幸せを勝ち取るのだ。
「な、何か凄いね…」
「──あ、嗚呼…彼奴ら本当に欧米人かぁ!?」
完全に言葉を強奪された皆の中で、どうにか語彙力皆無の感想を述べるアノニモ。地元の中華舞踊でも見せられてる気分だ。
続けて倭人の血を継ぐオルティスタが外人を人外を見る想いで呆けた。
「──『森の刃』」
「──吹けよ嵐! 華麗に舞えよ木の刃!」
ファウナの魔導とフィルニアの嵐。中々稀有な組み合わせで大量の敵を殲滅に追いやってみせた。危うくデラロサ夫妻の結婚式に洗いざらい持ってかれる処をどうにか止めた。
「皆聞いてッ! もう気付いてるだろうけどこの戦いは何もかも見られてる! だからサッサとこんな敵は殲滅してこれ以上を食い止めるのよッ!!」
ファウナ・デル・フォレスタが自らに付与した戦乙女の成せる御業か。ドレス姿であるからこそ神々しさが余計に際立つ。
戦の女神の化身と為りて、レヴァーラの代わりに皆の魂に勇気の精霊を宣言一つで植え付けたのだ。当たり前過ぎることを18歳成り立ての少女から教えられ自嘲する仲間達であった。