第82話 認めたくないGhost(亡霊)
「──レヴァーラ、少々席を」
ファウナから幸せの拘束を受けていたレヴァーラ・ガン・イルッゾの袖口を強く引っ張るリディーナの顔色が尋常でない。レヴァーラとて酒に浮かれている状況でないと直ぐに悟る。
「済まないファウナ、少し間を開けてくれ」
寂しげなファウナを置いてソファ席の一番奥から抜け出すレヴァーラ。そして誰も座ってない席へリディーナと共に座る。
「──で、何用なのだリディーナ?」
スリットが深くて黒いカットショルダーのドレスを纏うレヴァーラが長い脚を組み、テーブルに肘を付く。ボディラインを堂々と主張出来る大人でなければ似合わないその格好。
もしこれで重大事でなければリディーナの脚をその尖ったヒールで踏み付けそうな勢いが在る。
尤もやられる相手に依っては、寧ろ御褒美と歓喜するやも知れぬ。
「アル・ガ・デラロサからの報告が在ったの。然も信じられないことにレグラズすら隣に居たのよ」
「何ぃ? まさかデラロサの手引き──いや違うな。あの男、それ程馬鹿ではない」
酒ではなく氷水を店員に要求し、それで含んで喉を潤す。これは血中アルコール度を下げる必要が在る重要な話だと結論付けた。
リディーナは、デラロサから報告を受けた事の発端から順を追って説明してゆく。
そしてグラスに残ったバージンマンハッタンを全て飲み干す。此方はそもそも余り飲んでない。
「大体判った──が、レグラズの言う『惹かれ合う者』の件が解せんな。此処は島だ、メッシーナ大橋も落としたままだ。敵は何処から来たと言うのだ?」
レヴァーラの正論──。
四方を海に囲まれている。いわばこの島自体が巨大な堀で囲った城そのものだ。
大陸から此処まで届く遠距離射撃か、或いは星を落とす者でもなければロクな手札がないのだ。
一番危険視するべきエドルに居を構えるNo2、大芸術のディスラドの線は恐らく在り得ぬとタカ括り。あの馬鹿が向こうから攻めるとしたら、ガチの戦争準備を整えてからだ。
「それが……まるで判らないのよ。空、海上、潜水艇。その何れも感知出来た形跡がない」
リディーナは幾度も触れるが頼れる女だ。
この宴の最中とて、この島を囲う各センサー類による監視を決して怠ってなどいない。だから猶更信じ難い。
「虫の様に何処からともなく湧いて来たとでも言うのか? まあ良かろう、話は終わりだ」
スッと立ち上がったレヴァーラである。最早その顔から浮かれは失せた。
「済まんが皆聞いてくれ。現在我等のアジトが詳細不明の敵に包囲されつつある。この宴は即刻中止。デラロサ、アルケスタ……そして」
決して大きな声ではない。けれどもこの場に居る皆の頭に直接響くかの様な威厳の高い指示。黒づくめの首領の元へ一斉に視線が集まる。
「……そしてレグラズ・アルブレンの3人と合流し守備任務に従事せよ! 以上だ!」
3人目の名前を聞いた皆がざわつかずにはいられない。仲間達が捕虜と合流してる? 同じ軍出身だから結託し虚言を吐いているのでは? 様々な憶測が飛び交う。
「皆、お喋りは後よッ! 今やるべきことを見失っちゃいけないわッ!」
此処で酒酔いなのか? それとも意識高揚の成せる業か?
ファウナが良く通る声で言い放つと同時に、蒼いネイルで着飾った拳を突き上げた。
今宵の主賓にそこまで言われ、やるしかないの空気が一挙に漂う。
皆が宴に酔いしれてたことを忘却の彼方に捨てて続々と店を出てゆく。
そんな様子を最後まで見届けようと殿を勤めようとしたファウナの隣で、ドレスの肩をポンッと叩いた者がいた。小さくなったレヴァーラである。あのファウナが気付かぬ程、萎縮していたのだ。
「──ふぁ、ファウナよ。お前が私の味方で良かった。心より礼を言いたい」
らしくなく少し俯き加減のレヴァーラなのだ。
彼女は自分の我儘に付き合わせてる皆に謝辞を本当は述べたい。だが上に立つ者として余り減り下るのも良いとは言い難い。
結果、権力を振り翳す対応を成す。
そんな彼女を脇で固めているのがこのファウナだ。レヴァーラに取ってそれがもう堪らなく有難く、そして心地良い。
肩へ触れ礼を告げているのに、此方が力を分け与えて貰っている気さえした。
「良いのよレヴァ、その一言だけで私は戦える。──あっ」
「ど、どうした?」
もう三毛猫亭には二人を除いて誰も居ない。不意に愛称で呼んだファウナ。隙を見つけた少女の欲求が沸々と湧き出す。
レヴァの向かいに回り込み、蒼い両目を静かに閉じる。『礼なら此処に』言葉でなく態度で示す。
そんな可愛げに気付いた大人が静かに微笑む。僅かに互いの舌を絡ます二人の女。カクテルの芳醇な味わいの接吻。
情事が済んだら何もなかったかの如く、頼もしき足取りで歩き始める二人であった。
◇◇
「──熱源確認! 大きさからして人間の兵士でしょうか。ただ数が尋常じゃない!」
此方、格納庫の元連合軍組の3人。マリアンダがエル・ガレスタの各センサー類をチェックし、敵らしき反応を漸く見つけた。
「良し判った。マリー、強化服による白兵戦だ。危険だがそれしかない」
「了解!」
敵が人のサイズで在るなら人型兵器で蹂躙するかと思いきや、最も危険な白兵を選ぶアル・ガ・デラロサ。隊長の指示を微塵も疑わないアルケスタも兵士の顔だ。
もう敵は直ぐ傍まで迫っている。
これをビクロスの火器類で撃ち滅ぼせば、折角築きつつある防護壁や街並みにだって被害が及ぶ。そんな当たり前、態々隊長の説明を聞くまでもない。
「……で、アテにして良いんだなレグラズ・アルブレン?」
どうにかサイズの合う強化服を見つけ装着している蒼い高身長に、銀髪の横柄な男が流し目を擦り付ける。
その華奢な身体に見合わぬ派手な兵装を次々に載せてゆくレグラズの顔が不謹慎な楽し気顔だ。
「敵を滅するまでは──と、言っておこうか。全てカタがつけばお前達も八つ裂きにするかも知れんぞ。何しろ浮島の借りを返す絶好の機会だからな」
両腕に人の力で撃てるとは思えない程の機関銃を取り付け、両肩にはバズーカ砲。強化服の至る所へ他にも武器を隠している。
さながら歩く武器庫。──総火力だけならグレイアードに匹敵しそうだ。僅かに思った自分に苛立つデラロサ。
マリアンダはエル・ガレスタのメインカメラだけを格納庫の隙間から覗かせ、周囲の警戒を厳重にしていた。こればかりは人の目よりも機械の目だ。
「目視で敵を捕捉。──え、そ、そんな」
「おぃ、どうしたマリー。何を見つけた?」
敵も既に此方を見つけているかも知れない。大きな声が出せない両者。マリーに至っては驚きで口を大きく開けたいのをどうにか堪えていた。
エル・ガレスタの望遠が捉えた敵。
マリーが何度目を擦ろうとも、青い剣を握るビジネススーツの日本人にしか見えなかった。幽霊なんぞ信じないマリーの肩が勝手に震えた。