第81話 塵(神)は舞い降りた
ファウナ・デル・フォレスタ生誕祭が盛大に模様されているその裏で、元同僚達と言って差し支えない連合軍達が基地毎、またも潰されたことで怒りを露わにしたアル・ガ・デラロサ。
彼は大変優秀な男、さらに堕ちたオルティスタを適度な距離感で奮い立たせるという気遣いも出来る大人だ。そして必要な時、こうして感情を露骨に見せる人間らしさも併せ持つ。
そんな彼だからこそ──実に可愛い。
マリアンダ・アルケスタの心情と、その小柄な身体を揺さぶる存在たり得るのだ。恐らく女性に取って年齢に関係なく『可愛い』と思えるのは重要な要素であろう。
アルは頼れる上官だから、如何にも男らしいから………好き。恋愛とはそれほど単純では無い。
「──フフッ、全部聴かせてもらった。軍はお前達を捨て駒にして斬り捨てたのだ」
背後から迫る鋭い声を聴いたアルとマリーが驚愕の顔で見やる。そこには元浮島の司令官、髪の毛色も服装も青の塊といった男が息を切らして冷笑を浮かべていた。
「レグラズッ!? 貴様あの頑強な捕虜室からどうやって抜け出しやがった!」
「フッ! 全く以って愚かしい。格納庫に捕虜室を隣接するなど、これでは逃げて下さいと言っている様なもの。此処を設計した馬鹿、恐らく兵の本質を知らんな」
デラロサの質問に対し返答になってない台詞を吐き散らすレグラズの顔が実に高慢である。
さっきグレイアードに振り上げた拳を、そのままレグラズ・アルブレンに軌道修正するデラロサ。だが狼狽えた拳にやられる程、レグラズとて甘くはない。
そもそも振り上げた時点で負けだ。大きなモーションを盗まれ、横っ飛びしたレグラズにその腕を奪われ投げ返されてしまった。
「──どうやってあの部屋を抜け出した? 良いだろう……特別に教えてやる」
胸ポケットからレグラズが取り出したのは、金属らしき銀色の破片。流石にこのヒントを得ただけで『そうか!』と答えに辿り着ける程、頭の回らぬ元軍人組。
「これはあのリディーナという科学者の落とし物だ。部屋の中で腕を拘束されてた私だ。普通ならこんな塵、見向きもしない。──だが」
此処まで告げつつ一呼吸。その破片をググッと握り締めた拳を上げて、独り悦に浸る。
「だがこの塵に私は異様に心惹かれた。必死に身体を捩りながらどうにか拾い上げた瞬間──何故か勝手に『閃光』と口走った」
「──ッ!?」
「そ、それでは貴様ッ! ま、まさかッ!?」
判った、アルとマリーにも良く理解出来た。
鋼鉄製の枷に縛られた両手を自力で引き千切り、その上、鋼の扉すら破壊して飛び出して来られた訳を。
リディーナが落とした金属片。それは戦闘服修復にて生じた余り物。それも例の人工意識が結晶体として埋め込まれたお宝というべき代物。
これを握ると気まぐれな神に導かれたかの如く閃光の能力を自分のものとして掌握したのだ。浮島に於いては暴走と片付けられたにも拘わらずだ。
「──これは自分で言ってて少々侘しいが、戦闘服でなくこんな欠片こそ私に取って丁度良かったと勝手に思っている」
真なる戦闘服の扱いに不慣れなレグラズ。戦闘服という全身を覆う結晶体だと劇薬過ぎるに違いない。さりとて浮島の際と同じく、ただの奇跡で限界を得られても、やはり支配下には置けないであろう。
だからこの欠片が一度タガが外れた男の丁度良い起爆剤と化したのである。暴走時ほどの力は出せない、けれども自身の意識は保てるのだ。
「──で、どうするつもりだこの爪弾き野郎。俺達をぶっ殺して此処から逃げ出そうってのか?」
未だにレグラズが閃光を支配下に置いてる状態だと仮定すれば、アルとマリーは絶望的だ。冷や汗を垂らすデラロサだが足元に偶然落ちてたモンキーレンチを咄嗟に握る。
アル・ガ・デラロサは勇敢な男。さらに何より軍人なのだ。目前の敵を尻目に臆病風など吹かすなど言語道断。
チャッ!
それはマリアンダ・アルケスタとて同じこと。『私は女だから…』とデラロサの背中へ逃げたりしない。拳銃のセーフティを解除し、鋭い目つきと共にその武器を相手へ向けた。
寧ろ『私はアルを愛する独りの女だ!』と怒鳴り散らしたい程だ。愛する者を守り抜きたい…こういう時、女の方こそ度胸が座る。
「──そう、そうするつもりだった。……が気が変わった」
先程まで勝ち誇った余裕面だったレグラズ・アルブレンの顔色が俄かに変わり、加えて目の前の二人でなく格納庫の入口しか見えない処へ視界を流す。
「ちょっと違うな……今はその機に非ず。そんな処か」
レグラズの言葉が意に介せず互いに見つめ合うアルとマリーである。
「何だ、元連合のエースがこの異様さに気付かんとは──。そうか成程、これすらもこの塵の御導きという事だな。私と奴等、ゾッとするが惹かれ合っている」
──さっきから此奴、神だの御導きだの……。閃光とやらでやっぱ頭やられてんじゃねぇの?
そう心で小馬鹿にしたデラロサの気分を読んだかの如く、厳しい視線をレグラズが送る。
「デラロサ、今は兎に角緊急事態だ。遊び時間は終わりだとお前達の女神に早く伝えるが良い。覚醒した私と人型2機でも手に余る」
あのレグラズが共闘だと提案している。再び目を合わせたアルとマリーが強く頷く。これはヤバいと理屈抜きで悟ったのだ。
◇◇
「やいレヴァーラ! 貴女最近、私のファウナちゃんへ、ちょっかい出し過ぎじゃないのォ!」
「よ、よすんだディーネ……」
此方は未だ夢の途中なファウナ生誕祭記念組。18歳の悪ふざけに任せ、レヴァーラ様の首へと絡み酒するディーネである。
止めに入ろうとする親友のフィルニアを信じ難い片腕でアッサリと跳ね除けた。弾かれたフィルニアが本気で驚いている。
「──私のファウナだと?」
対するレヴァーラ。声色も声量も普段と同じ。しかし得も言われぬ雰囲気が圧倒的に異なっていた。まるで悪い虫を見る親の態度だ。
正に一触即発──かに思われた矢先、ワイングラス片手に取り合いの渦中の女。ファウナが横っ飛びでレヴァーラの隣へ突っ込んで来た。
「ふぁ、ファウナちゃんッ!?」
「えへへ……ごめんちゃディーネ。御覧の通り、私はレヴァーラ一筋なのよ」
ディーネの怒り上戸が一転して泣き上戸へ。ファウナがギュッとレヴァーラの片腕を引き寄せ自分の胸へと閉じ込めてしまった。
「ふぁ、ファウナァッ!? お、お前さては酔っているなっ!?」
「ふぇ? 良いじゃん良いじゃん。だってもう18だしぃ。それにこの間、御酒デビューしちゃったしぃ」
No8にあれ程威厳を見せつけたレヴァーラがディーネと同世代のファウナにだけは形無しである。こんな狼狽え声を引き出せる相手、間違いなく他にはいない。
ファウナ、強かに酔っている。幾らレヴァーラへの愛が天井知らずでも、普段なら周囲の目を気にせずにはいられない。
ピピピッピピピッ……。
「リディーナ、こんな祝い時くらい、マナーモードにしとけとあれ程……」
ハッキリ言ってそのレヴァーラでさえ、悪い酒が過ぎている。例え祝い時と言えど、緊張を忘れても良い立場ではないのだ。
無論、そんなボスを蚊帳の外にリディーナが真面目くさった顔で通話を受けた。その顔色がまるで酔った酒で吐き気を催した程、蒼白と化すのだ。
 




