第80話 300年前の三毛猫亭
ロンドンにて無事、ヴァロウズのNo5、占い師アビニシャンを保護したファウナ一行。
航路でフランスに戻り、加えて往路と同じく小型ジェットにてシチリアの新たなる街。フォルテザへの帰還を無事果たした。
念の為、護衛任務に就かせたNo6、チェーン・マニシングだが、結局出番がなく終わりを迎え、ホッとした一同である。
チェーン当人は独り、回り道をさせられた上『何しに行ったか判らんぞ僕は!』と愚痴を零した。
火力だけならレヴァーラ配下最上ランクである例の白狼が暴れなければならない事態。それは避けられた方が良いと相場は決まっている。
「──それにしてもあろうことかNo5を連れて帰って来るとはな」
これは出迎え時、レヴァーラからの苦笑交じりの一言である。
そのアビニシャン、視力が戻りつつあるとはいえ完全とは言い難い。現在、医療室で様子見である。
一方、フォルテザの整備が急ピッチで進んでいた。
リディーナとア・ラバ商会先導の元、数々の重機を投入しインフラを整えつつある。
何とその重機を扱うのもア・ラバ商会のうら若き乙女達だ。フォレスタ家の威光で従事している男共の大半が、彼女達の手伝いとして良い様に使われている。
因みにインフラ整備のうち、手抜きが出来ないネット環境。しかし実の処、22世紀に於いてはAI稼働の人工衛星によるネットワークが大いに進んだ。
21世紀初頭、衛星電話としての機能しかなかったものが、今やネットワークの主流と化した。無線と嘯き中継局が必要だった時代は昔の話だ。
但しその分、セキュリティ対策がより手を抜けなくなる。
それも拓けたインターネットでなく、イントラネットの様な閉ざしつつも広がりのあるネット環境がより重要視された。
いつ何処からでも外に漏れるという皮肉な逆転が横行していたのである。
これはフォルテザに於いても当然重要かつ急務である。世界各国の様々な立場の者がこの場所を狙っているのだ。
だから決して疎かには出来ない。この地は世界中の戦乱の火種と、そして救いを一身に背負っていた。
◇◇
此処はそんなフォルテザにこの間、開店したばかりの洒落たレストラン『三毛猫亭』5階建てのビルを港口に建造し、その最上階フロア全てをこの店舗とした。
未だ肝心な港の方が建造中だが、恐らくこの街1番の夜景スポットであり、此処に存在し続ける以上、きっと未来とて同じであるに違いない。
ただ──それが300年の歴史を誇る老舗中の老舗になろうとは、当然誰とて知る由もない。
三毛猫亭の入口に置かれた黒板の書き文字には、こう記されていた。
『貸切の御案内 ファウナ・デル・フォレスタ様 生誕祭 19:00~ALL』
無論レヴァーラ・ガン・イルッゾの名で全席貸切である。席が大変余っているが、こうでもしなければこの連中、店を潰す勢いで盛大に暴れ倒すに違いないのだ。
「──Happy Birthday………To~ You~♪」
ヴァロウズのNo7フィルニア・ウィニゲスタによるテノールの歌声。御丁寧にもお立ち台と生演奏すら用意されている。
プロ歌手の如き美麗な歌に魅了され、ファウナは今年2度目の誕生日ケーキに刺さる蝋燭の火を吹き消した。何とも贅沢を極めたBirthdaySongである。
「ファウナちゃーんっ! おっめでとぉぉ!!」
「ファウナ、おめでとう!」
「──あ、ありがと」
皆の祝福に何処となく浮かない笑顔で応えるファウナである。特にNo8、ディーネの絡みが壮絶が過ぎる。
ファウナの頭をギュッと抱いて自分の胸に押し付けるわ、頬を擦り合わせるわ、性別無関係のセクハラ判定されそうな危うさがある。
このファウナ──無心と化した無表情なのか、或いは無関心を装っているのか。何れにせよディーネとの温度差が風邪を引く程に激しい。
ファウナ、実は人見知りが激しいのである。レヴァーラの配下として従う連中の心を、意識せずして纏め上げたにも拘わらずだ。
人見知りと言っても口も聴けないとかそんな意味では決してない。寧ろ喋りだけなら達者な方だ。しかし打ち明け話が出来る程、竹馬の友になるのは別の話だ。
けれどその天然さと容姿の愛らしさにより、良い具合に薄まっている。なお当人はそれに気付いていない。
占い師アビニシャンに言わせれば、ファウナは魔術師というより恋人に近いらしい。
好きになる迄、時間か或いは何らかの足掛かりが不可欠。だが一度好きになったが最後。今度は相手の方が嫌いになるまで好きを無防備で押し付ける。これがアビニシャンの見解である。
ファウナが心底に親しい友達として胸筋を開いてるのは、言うまでもなく長女オルティスタと次女ラディアンヌの二人だ。
そしてファウナの恋人の代表格、レヴァーラ・ガン・イルッゾ。心身共に無遠慮の全裸で飛び込むのだ。
年齢も真の姿も不詳なチェーンを除き、この中で最年少の彼女。しかし本来なら細心の気遣いで話すべき当主レヴァーラに対する身軽ぶりが凄まじい。
「──り、リイナさん!? それにアビニシャンまで! 貴女動いて大丈夫なの?」
加えてこの2回目の誕生日祝いに見慣れない顔2人が遅刻して現れた。ア・ラバ商会から派遣された銀髪の美女リイナと、彼女が車椅子で連れて来たアビニシャンである。
「大丈夫、視力はまだ薄っすら見える程度だけど、身体を動かすには問題ないの」
甲高い大人の美声で明るく振舞うアビニシャンである。しかしこの場に現れるまで相当の勇気を要した。
『──私なんかが本当に参加して良いの?』
誘いを受けた彼女の第一声がこれである。当然の配慮であろう。
自分は未だ正体の怪しい存在には違いないのだ。医療室まで迎えに行ったリイナが手こずったのも頷ける。
『だって当人が貴女が来ないなら私もやんない──って皆を困らせているのですよ。うふふ……』
戦いという究極の意志疎通が呼んだファウナとアビニシャンの急接近。特に身勝手なファウナ側の好意。アビニシャンは、苦笑いという照れ隠しで応じた次第だ。
瞳孔の輝きが戻りつつあるアビニシャン。
何よりもその神秘的な瞳の輝きが余りにも可憐過ぎて、敵対してた筈の皆の心を急激に捉えつつある。元々白目の時でさえ、妖しい容姿であった。余剰がより際立たせてるのかも知れぬ。
恐らく今はまだ心底から心を開けず、作り笑いを含んでいる事だろう。だが意外と近い未来、真実の笑顔を見せてくれる気がしている同席者達であった。
さて──リイナとアビニシャン。2人の新しい顔が増えた訳だが、この場に居ないマイナスの2人が格納庫デートに興じていた。
元連合国軍大尉アル・ガ・デラロサとその部下、元少尉マリアンダ・アルケスタの両者である。
「──クッソ! ブライズ・ノートンまでやりやがってぇッ!!」
兎に角デラロサは荒れていた。特殊スチール合金製のグレイアードの脚を本気の裏拳で殴る。かなり痛い筈だが決して顔には見せない。
「しかも連中、殺人鬼をパーティーに御招待しやがってクッソ!!」
デラロサが珍しく冷静さの仮面を剥ぎ取り、暴れ散らすのも必然だといえよう。沖縄と真珠湾の次は、イギリス空軍基地を壊滅された。それも指を咥えて何も出来ぬうちにだ。
それだけで此処の連中の呑気ぶりに嫌気が差しそうになる。しかし今は我慢の時、足元を固めエルドラ狩りの準備に励む。そういう心づもりで冷静さを保っていた。
けれども日本の天誅は殺した癖に、イギリスの殺人鬼助けたばかりか連れて帰って来た。これでは意味不明だと思われても仕方あるまい。
「隊長、どうか落ち着いて下さい。敵とは言え、意識を失った者を放置する訳にはいかないじゃありませんか」
本当はアルケスタとて同じ思いだ。だが他人の酷い興奮を見れば、自分は意外な程、落ち着くというものだ。
「それよりも納得いかないのは、此方のCALLに誰も応答しない事です……」
この元軍人組、軍部に情報を垂れ流し出来る権利を認められていた。
それにも関わらずこれまで何の音沙汰もないのである。これでは一体何の為に裏切りに走ったか当人達でさえ訳が判らなくなっていたのである。