第7話 おかしな女子会
「処でファウナ、お前その様子だとこの場所の事、全く知らない様だが……」
「え……そ、そうなんですかファウナ様」
ファウナ達3人が避難した洞窟の話に触れるオルティスタ。何故か少々バツの悪そうな顔をしている。
その問いを聞いたラディアンヌですら驚いてしまった。
「へっ? 何の変哲もない、ただの洞窟じゃないの? 確かにこんな場所知らないけど……」
何しろ住処を完全に失ったのだ。だから取り合えずこの場所を見つけ飛び込んだ。ただそれだけの事だとファウナは思い込んでいた。
2人の従者が何をそんなに驚いているのか、まるで理解が追い付かない。
両腕を組んで思わず唸るオルティスタである。余程思う処が在る様子だ。
「──そうか、この洞窟はな。有事の際は避難する様、予め御館様から伺っていた場所なのだ。もっとも……自然災害や火災だとタカを括っていたのだが」
「え……き、聞いてすらいないよ…」
曇った顔で、さも伝え辛そうな声を絞り出したオルティスタ。それを初めて耳にしたファウナの雲行きも怪しさを帯びる。
暗い2人の間を交互に見るラディアンヌ。自分とオルティスタ、同じ従者が伝え聞いたことを実の娘が聞いていない。
たかが場所……ただの言い忘れに過ぎぬのかも知れない。ただそれにしたって正直気持ち悪い話である。
オルティスタがさらに物思いに独りふけゆく。フォレスタ邸が爆散した時、明らかにその原因を作ったのは御館様夫婦の遺体に相違なかった。
流石にその仕掛けと経緯までは、年長のオルティスタとて聞いてはいない。爆発原因を見ていないラディアンヌも同様であろう。
──御館様、何かファウナに隠し事が在る。そう考えるのが妥当だ。
それに直結しそうな理由……。あのゴタゴタの最中でも肌身離さずファウナが持ち歩いていた魔導書と、恐らくそれで引き出されたあの謎の力に違いない。
年端もゆかぬ頃から自分で書いていた魔導書。正直ただの落書きだと馬鹿にしてたフシがあった。
だけどこうも不思議な現実を見せつけては、いよいよ見過ごす訳にゆかなくなった。
「は、話を変えようか。その魔導書、お伽噺や絵本に出てくるものではなかったんだな……」
実の処、だいぶ後ろめたい思いを抱えながら違う話題だと切り出すオルティスタ。
しかし本当はファウナの両親の疚しさを引き出すための布石である。
「あ、あの力。魔導書を書いてた当時からやれる自信があったのか?」
これにはファウナが苦笑を浮かべ、穏やかに首を横へ振る。
「──ンッ、勿論イメージしながら書いてはいたよ。それにいつか実現したいと夢見てた。だけど自信なんてまるでなかった」
正直な思いを語り、笑顔で舌を出すファウナである。
──イメージ……それに夢見てたか。
オルティスタ、本来なら頭を捻る作業が得意ではない。自分は身体と剣を駆使して戦うだけの脳筋派だという自覚がある。
そんなお姉ちゃんがしきりに首を捻って考え事してる姿を見たファウナとラディアンヌ。
不謹慎だと知りながらも思わず吹き出さずにはいられない2人であった。
「ぷっ!」
「アハハッ! もう駄目、我慢出来ないぃぃ!!」
先に軽く吹いたラディアンヌを皮切りに、続いてファウナが腹を抱えて青いブーツを履いた脚をジタバタさせる。
「なんだなんだ、人が真面目に考えてる時に何と失礼なっ!」
目と眉を吊り上げて、肩を怒らせ大いに乗り出すオルティスタである。顔も出で立ちも美形である彼女が怒ると、還って凛々しさと美しさを増す。
「だってさぁ、そんな探偵みたいに難しい顔する貴女を見るの初めてだしぃ~。ね、ねぇラディアンヌ」
「……ず、狡いです。振らないで下さいよファウナ様。思い切り腹筋に力を入れて我慢してたのですよぉぉ」
構わず笑い飛ばすファウナ。主人に振られたラディアンヌ。武術で鍛え上げた自慢の腹筋で必死に笑いを堪えていた。
しかしもう駄目、我慢の限界。引き笑いで涙すら浮かべる。下手に我慢を止めないから、腹筋が悲鳴を上げた。
「クソッ、面白くない……」
心の声をそのまま表へ出したオルティスタである。せっかく無い知恵を絞って、ファウナの秘密を解き明かそうと躍起になっていたのだが……。
だけども妹分達の屈託のない笑顔を見ていたら、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
家を失い、家族と言うべき存在すら無慈悲に消されたばかりである。
そんなどうしようもない絶望の後だからこそ、抱腹絶倒で笑う2人を見て、自分自身も笑い袋の緒を完全に紐解いた。
3つの笑い声が小さい洞窟の中で反響を繰り返す。それを聞いて笑いの繰り返しがまたもや続く。
そして笑い疲れた3人の娘等は、行き倒れるかの如く、迂闊にも強い睡魔に取り憑かれてしまった。
三者三様、適当にゴロリと横になって眠る。こんな洞窟でなければ、如何にも楽し気な女子会の夕べであったに違いない。
夜が明けるまで無粋な邪魔が入る事はなかった。
大量に血を抜かれた姉貴分2人は勿論、初めて自分の書いた魔法を大いに振るった妹君ですら、全く夢を見ずに、深い眠りの底へ誘われた。
翌朝。
森は何も知らない様に、小鳥の囀りを目覚ましとして寄越してきた。
「ふぅ……」
「ず、随分寝てしまいましたね……」
日の出の時刻はとうに過ぎ去っていた。それにも関わらず、未だ寝足りないといった目を擦るオルティスタとラディアンヌ。
気が付けばファウナだけは、とっくに起きていたらしい。その証拠に昨晩食い散らかした缶詰などが全て綺麗に片付けられ、その上ファウナ当人が、そのまま旅立てる様相であった。
「ふぁ、ファウナ様ぁ? 何処かに出掛けられるおつもりですかぁ?」
未だ生欠伸の抜けないラディアンヌ。ファウナの名を呼ぶ声と、欠伸のふわぁが混じっているのが面白い。
「何を言っているの? もう私達の家はないのよ。これも運命……こうなったら愛しのあの人を求めて旅に出ようって私決めたわ」
昨夜の騒動が明けたばかりだというのに、この猪突猛進な決断である。
やれやれと肩を竦めるオルティスタ。寝ぼけていたラディアンヌも、ようやく頭が仕事を始めた。
「愛しの……それは13年前、ファウナ様をお救いしたという例の踊り子でございますかぁ……?」
「昨日の今日だぞ、それにフォレスタ家は森を守護するのが役目じゃないのか?」
未だ声だけは寝ぼけているラディアンヌ。けれど「愛しのあの人」を即座に変換出来たのは確かだ。
呆れ果てた態度のオルティスタが語るのも、もっともな話である。家なんて小屋でも建ててしまえばどうとでもなる。
「そうよ! この森を守るためでもあるわっ! 昨日みたいな連中が攻め込んで来る前に此方から討ってでるっ!」
右拳を振り上げて力説するファウナである。既に旅装の詰まったリュックを背負っている。
「そ、それにあの御方なら、きっと力強い味方になってくれるに違い……ない…わ」
お次は声のトーンが小さく、とても恥ずかし気な感じで萎んだ。
──そっちが本音か……。
顔を見合わせるオルティスタとラディアンヌである。ファウナ・デル・フォレスタと言えば、最初に来るのが魔導書で、次に来るのは愛しの踊り子様なのであった。