第78話 余分なるHighPriestess(女教皇)
2回連続LOVERSを引き当て、命を賭けた勝負に王手を掛けたヴァロウズNo5の占い師アビニシャン。
しかしこの土壇場でアビニシャンが言い様のない焦りを抱いている。2人のファウナ・デル・フォレスタをその超感覚で捉えてしまったことによる焦燥。
イギリスへの道中の最中、ア・ラバ商会から派遣された女性社員であるリイナがアビニシャンを指し『相手に勝利すべく全てを捧げていると想像する』と告げた。
この考察が事実とするなら、アビニシャンはどちらのファウナに全てを捧げれば良いのか判らなくなった。確率50%──逆に言えば半分は未だに残っている。
なれど100%であったものがたったの半分──。
いや命を賭けた勝敗の100%がほんの僅かでも損失しただけで、途方もなきプレッシャーに押されるのは明白である。
オルティスタが震えた手でタロットをシャッフルする。『大丈夫、必ず勝てる』彼女はそう事前に聞かされただけなのだ。
どうやって勝ちを導くのか? そのやり方を知らなければ、自分の手にファウナの命の重さを感じ、おぼつかなるのも当然だ。
アビニシャンに勝てる可能性を提示したリイナですらその胸を酷く上下させ両拳を握っている。本来であれば神に祈りを捧げる態勢を取りたい処だ。
さりとて此処は自らを律する時だ。作戦発案者が揺らぎを見せるなど決してあってはならない。敵に狼狽えを見せるは法度だ。
オルティスタは心底見たくない、触りたくないそのカードを時間が止まっているのではないかと錯覚する程の遅さでどうにか手繰り寄せ、その絵柄を痛々しい目で確認した。
「──ま、『Magician』。ファウナ1勝目」
本当に心臓の負担が過ぎる役目である。恐らくこの5名の中で、オルティスタが最も心拍、血流、共に大増加しているに違いあるまい。
「な、何ですってぇ!」
──ふぅ……よ、ようやく勝ち1取れたわね。
在り得ない結果にアビニシャンが小さな身体を震わせ絶叫する。椅子に座った方のファウナが心の奥底で思わず溜息。立っている方のファウナも同じく一呼吸置いた様子だ。
「さあ、次の勝負は勝った私に選択肢が在るのよねアビニシャン?」
座っているファウナ、向かいで立ち尽くしているアビニシャン。例えアビニシャンが低身長と言えど上から視線を浴び差す権利を有してるのはアビニシャンだ。
それにも関わらず下から覗き込むファウナの冷酷な碧眼がアビニシャンの白眼を捉えて離すことを決して赦さない。
「……え、ええ、そうよ。何でも好きに選んで頂戴」
どうにか透き通った甲高い声を取り戻し、座席にも戻って落ち着き払う努力を惜しまないアビニシャン。此処から先、2人のファウナのみならず僅かな隙も見逃さすものかと自分を正した。
何しろまだ2勝1敗、慌てるには早過ぎるのだ。しかし彼女は気付いていない。そんな心持をすればする程、ファウナ達の術中に堕ちて往くのに気付いていない。
兎に角真正面で踏ん反り返ってるファウナと武術家に扮してるファウナ。一体どちらが本物なのか?
この1回分を敗北にしても、それさえ判ればお釣りが来るのだ。
「「うーんと……じゃあ『Magician』にするわ!」」
顔を見合わすファウナとファウナ。アルカナの選択肢以外、完璧に同調し過ぎて一体どちらのファウナが言ったか判別出来やしない。
「ちょっとぉぉ、ふざけないでよ! 私絶対LOVERSにして、大好きなレヴァーラの元に帰るんだからぁ!」
「貴女こそ邪魔をしないでくれない! 私は誇り高き森の女神候補生なの! だ・か・らMagician以外考えらんない在り得ない!」
少女同士の拗れた言い合い。これは本当に命のやり取りを目的とした勝負であるのかおぼつかなくなってきた。
「ふ、ふざけてないでサッサと決めなさい!」
肩を怒らせアビニシャンがらしくない声を張り上げる。自分自身、怒りと感情を表に出すなど幾年振りだか思い出せない。
アビニシャンは本物のファウナで在るならMagicianで押し通すと八割方思っている。何故なら仮にタロットへ細工を施したとして、そうそう幾つも仕掛けるのはかえって馬脚を出しかねない。
だから仕掛けを施したMagician一択。此処でファウナがいかさま勝ちした処でこれで本物がどちらか確定出来る。
5回目もMagicianを選択させた上、そのファウナに勝利することさえ集中出来れば絶対負けやしない。
だがこうも等しく2人のファウナが散らしに掛かられると、いよいよ本命が判らず混沌へと堕とされそうだ。
「──判った。じゃあ気分を変えて『LOVERS』にするわ」
──LOVERS? そう来れる余裕が在るの? 処で今の発言はどちらのファウナ?
一番肝心なことを掴み損ねた憐れなるアビニシャン。自分がどのアルカナを選択すれば少しでも優位に立てるか。そんな無駄な思考が働きつつある。
「で、では今度は私が『Magician』にさせて貰うわ」
どちらが本物か結局判定出来ずじまいだ。これでは駆け引きなど出来やしない。再び苛立ちを感じ始めるアビニシャンである。相手に勝利する以外のことを考えねばならぬが最大の屈辱なのだ。
取り敢えず試しに武術家に扮したファウナを本物だと定義しようと意識を集中させた。
シャッシャッ。
不慣れな手つきで22枚のタロットを切るオルティスタ。カードの扱いが誰の目にもド素人にしか映らない。
「これはえっと……『High Priestess』だな。寄って今の勝負を無効とする」
この無駄打ちには思わず一同溜息。
「んもうっ、オルティスタ! 私がLOVERSって言ったからには、ちゃんと引き当てなさいよね」
「馬鹿言うんじゃねぇファウナ! んなこと俺に出来る訳ないだろ!」
ファウナの無茶ぶりとそれに文句を垂れるオルティスタの煩い言葉が頭上を飛び交う。またも苛立つアビニシャン。
「もう沢山! 黙って勝負に集中してよ!」
遂にあのアビニシャンが駄々っ子の様に発狂したのだ。この変わり様に皆の注目が集まった。暫くの沈黙がその場を支配した。
「──ご、ごめんなさい。じゃあお詫びになるか判らないけど次の勝負、貴女が先に選んで良くてよ」
流石に悪びれたと反省したかの様な躊躇い混じりで提案してきた真正面のファウナだと思しき声。
──見えたわ勝ち筋! やはり正面の貴女が本物のファウナ! もう迷いはしない!
「わ、判ったわ。私の方こそこんな些細なことで取り乱してごめんなさいね。──じゃあ『LOVERS』にさせて頂くわ」
心の奥底でほくそ笑むアビニシャンが今度こそ最後の勝負だと静かに悟る。
「「──フ、フフッ……どうやらこれで勝ったと思っている様ね貴女」」
真正面のファウナも武術家のファウナも両方が嗤いを堪え切れずといった具合に身体を揺らしているではないか。
「「アビニシャン……貴女ってやっぱり可愛い女だわ。私達『Magician』でターンエンドよ」」
またも完璧に同調された声でMagicianを取りを宣言した二人のファウナ。勝ちを確信したアビニシャンの能力を根底から覆すのだ。




