第77話 片思いのLOVERS(恋人)
ファウナ・デル・フォレスタよりNo5に提案された大アルカナ当てゲーム。
全く以って占いとは言えないソレを『立派な占いだわ』と謎の受け答えで応じたアビニシャン。白眼とは思えぬ豊かを帯びた表情であった。
互いの命をタロットカードというチップに変えてBetする。運命を掛けた占いと解釈したのか。
何れにせよアビニシャンの有利が揺らぐことは有り得ない。
彼女自身のタロットを使わせない。
そしてディーラー……と呼ぶには余りにおこがましいが、カードを切るのも当人ですらない。
──これでアビニシャン本人のタロットには、種も仕掛けもない事が証明された。
手を組み顎を乗せ相手の様子を窺うファウナ。仕掛けてるのは寧ろ此方だ。ほんの僅かだけ罪悪感が浮かんで消えゆく。
──アレ? 良く見ればとても可愛い女じゃ…ない。
銀か灰かいまいち頭に入らなかったアビニシャンの着るカットショルダーのワンピース。テムズ川に当たり煌めく光の精霊達と共演し、七色へ変化したと錯覚する。
ファウナより頭一つ小さく華奢なその躰。頼りないけどあどけない。美麗さを単純に競うミスコンならば大多数でファウナに軍配が上がるのは明白。けれどこうした女は男受けが良い。
年齢とかけ離れた少女の如き無垢な有様。恐らく無化粧。神様は気まぐれで、こうした歳を知らない女性を時々造形するものだ。
だが今、彼女の姿形など敢えて捨て置く。
「──じゃ私から先に言わせて貰うわ。やっぱり此処は『Magician』よね」
先行で好きに22枚全てを選べる権利。これを身勝手にもファウナが奪った。
「フフッ……判り易いのも好きよ。──では私は『LOVERS』にさせて貰うわ。綺麗な貴女に出会えた運命に感謝を込めてね」
ファウナの勝手な先行など気にも留めない様子のアビニシャン。目の前の魔法少女が自分の能力を示すアルカナを選択した可愛げに笑顔の度合いをより深めてゆく。
「──『LOVERS』だ。アビニシャン、勝ち星1つとする」
自分が取り出したるカードに顔を顰めるオルティスタ。──そんな筈在る訳が無い。思わず顔と息遣いに見せてしまった。
「あら? ひょっとして驚いてるの? 貴女心拍が上がっているわ」
「あ、いや違うんだ。22枚も在るんだ。まさか初回で言い当てられるなんて思わなかっただけだ」
触れる処から見えてすらいないのに『心拍が上がっている』と言い当てられたオルティスタが、狼狽えつつ在り合わせの言い訳をした。
「次、私から選ばせて頂くわね。──『LOVERS』よ。私ファウナさんの想い人になりたいの」
勝利すると先行と後攻が入れ替わる。
そんなルールを勝手に定め、またも同じアルカナを選ぶ余裕をアビニシャンが見せつけてきた。
「ええ、全然良くてよ。ならば私も再び揺るぎなく『Magician』を選ぶわ」
もし仮にだ──。
アビニシャンがファウナ達から気付かれぬうちにLOVERSが必ず出る手品を仕掛けていたとするなら、このゲームの勝者は既に確定したも同然である。
Magicianの逆位置、詐欺を仕掛けた臆病へ天罰が下るのか。ファウナ達の顔色が緊張の色合いを濃くしてゆく。
「──失礼。余りにも緊張したので一つ深呼吸をさせて頂きます」
この場面、何も出番がないラディアンヌが胸を広げて新鮮な酸素を身体の細胞隅々まで行き渡らせる。その瞬間、アビニシャンの笑顔の眉がピクリと反応したのをファウナは見逃さなかった。
「ら……『LOVERS』だ。これでアビニシャン2勝。──ファウナ、一応確認するが先に3勝を挙げた方の勝ちという理屈で良いよな?」
2回続けて2敗した自分の妹。
──こんなチンケな勝負であの可愛い妹が本当に失われる!?
血に塗れたファウナが脳裏を過ぎったオルティスタが、当たり前過ぎることを今更ながら確認する。
「勿論よオルティスタ。そんなの態々説明する迄もないじゃない」
「──え、う、嘘。そ、そんなの在り得ないわ」
既にサクリと2勝を収め、勝ちを手にしたも同然なアビニシャンが始めて見せる動揺。それも目の前のファウナでなく右脇を固めてる女武術家に対して吐いた。
「え、何処見て言ってるのよ。私は此処よ? 急に気配が判別出来なくなったのかしら?」
お次はさっきから向かい座席のファウナの方から告げられた自明の声。右脇を見やったアビニシャンが向かい側へと視線を戻す。
「何ですってッ! これは一体!?」
アビニシャンが突如身を乗り出し、ファウナの肩口辺りを白く細い指先で掻きむしる仕草を見せた。
「な、ない! ファウナの長い髪の毛が見つけられないっ!?」
アビニシャンの情緒不安定具合が凄まじい。『出来れば見たかった』と告げた愛しの長髪を探したのに見つけられず挙動不審に陥った。
「あ、髪ィ? 邪魔に感じて3姉妹揃いのボブカットにしてみたのよ」
目前のファウナがアビニシャンの手を取り、自分の頭へと誘導する。確かにファウナの肩口より少し上にサラッとした感触を見つけた。
「あ、貴女一体何者なの!? そ、そうか……右脇に立っているのが本物なのね」
「「さて──それは果たしてどうかしら?」」
アビニシャンの左耳と右耳。両方から明らかにファウナのものと判る囁き声が同時に、そしてサラウンドに響き渡る。
──いや違う! 間違いなく私が最初に見つけたのがファウナ・デル・フォレスタ当人! じゃあ右脇に居た筈の女は一体!?
タロットに総ての判断を委ねて以来、こんな異常事態は初めての経験であるアビニシャン。声真似? 相手の仕掛け、そんな生易しいものでは決してない。
さっきこのアビニシャンは狼狽えるオルティスタに『心拍が上がっている』と確かに伝えた。彼女の超感覚は相手の息遣いや脈拍すら肌で感じ取れる。
しかし今、この見えない白眼が捉えている赤外線カメラの様な映像。2人を同一人物だと認識してしまった。頭を抱えテーブルの上にうずくまるアビニシャンの息遣いが過呼吸の如く荒々しい。
「さあ、どうするの?」
「此処で終わり? あとたった一度で勝利を手中へ掴めるのに?」
挑発を続ける2人のファウナ。混乱しかないアビニシャンの鼓膜と心を大いに揺さぶる。
──そ、そうよ! そうだわ! あとたった1回、本物さえ捉えれば私の勝ち確なんだから!
「……も、勿論続けるわ。次も『LOVERS』! ファウナ! 貴女を殺って私の心の中だけに住まう恋人にしてあげる!」
アビニシャンがその小さな身体で立ち上がり指差して、勝利を宣告した。しかし冷や汗を掻き、発言と共に唾すら飛ばす。
「「──『Magician』よ。こんなの初めから決まっていた台本なんだから」」
寸分違わぬ声音と台詞がアビニシャンを再び包む。まるで恋人の逆位置を印象付けるかの様に。