第76話 テーブル上だけのTHE WORLD(世界)
広大なテムズ川を河口側へと戻るファウナ一行。
この河古来からのシンボルと言うべきその名に違わぬ建造物が姿を現す。
──タワーブリッジ。
その名の示す通り、石畳の塔と間を繋ぐ跳ね橋。旧き良きロンドンを象徴し過ぎた場所のたもとに、SNSで見たままの女性が待ち受けていた。
あっさりNo5と遭遇を果たすファウナ達。緊張の面持ちでクルーザーを川の畔へ停泊させる。
ファウナ・デル・フォレスタは、レヴァーラから直々に頂いた超強化プラスチックの白い剣を腰に差したお気に入りの戦闘衣装。
次女ラディアンヌは袖口や襟元などに緑縁の入ったいつもの胴着姿。
長女オルティスタは浮島で味を占めたキャミソールにパーカーで腰元にアーミーナイフを差している。
「──嗚呼! 初めまして! 貴女がファウナ・デル・フォレスタね!」
甲高く透き通った歓喜の声。盲目である白眼を迷わずファウナに向けて顔を上げ、相手の蒼き瞳を凝視したのだ。
まるで恋焦がれた相手を見付けたかのような笑顔。占い師というだけあって何とも奇抜たるその衣装。
ショートカットの髪に、如何にも和テイストな飾り。ファウナ自身は見た事無いが日本の雛壇に居る官女の様だ。最上段の姫にするには煌やかさが足りぬ。
銀色にも灰色に見えるショルダーカットのワンピースはお洒落なのだが、ボディラインが質素な印象なのでいまいち活かしきれてない。話し方からして、18のファウナよりも明らかな歳上感。
けれど様々なアンバランスぶり。何よりファウナを見つめる仕草が穢れを知らぬ少女のそれと見えなくもない。
「その目……見えない癖に私だって判別出来るの?」
如何にも距離を置きたい相手。今朝方までリイナに向けてた態度そのもの。ファウナが多分に警戒してる。
特に何も見えぬ筈のその白眼が怖い。
自分の相手を見透かす碧眼の力を超越してる気がするのだ。だがあくまで印象──故に根拠は皆無だ。
「勿論よ、考えるのは辞めてるけれど感覚は人一倍なのよ私。──それにね、見えちゃうと余計なこと考えちゃうでしょ?」
「成程ね……判らなくもなくってよその考え」
同意の割に冷たい視線を擦り付けるファウナ。探り合いは既に始まっている。
「だからね私、あの実験にこう望んだの。もぅ考えるの辞めたいってね。そしたら目が見えなくなったの。だからとても嬉しいの。幸せに為れたのよ」
アビニシャンの語る『あの実験』とはレヴァーラ主導で人の中に、人工的別人格を無理矢理埋め込んだ例の話に相違ない。
強く望む何かが開花するという人体実験に於いて思考を止めたいと願う気持ちは、誰にも理解出来そうにない。
彼女のそれ迄の人生に於いて余程捨て去りたい出来事でも在ったのだろうか。
「さ、流石にそちらは同意しかねるわ。私だったら好きな相手を見て触れて話をしたいもの」
「そう……それは残念。見て触れてだなんて中々旺盛なのね貴女。惹かれ合う女が居るのね」
「──わ、悪い?」
脳裏に浮かんだレヴァーラを見透かされた気がして、眉間に皺寄せアビニシャンを睨む。
少し歯痒さを覚えテムズ川に視線を落とす。都会の喧騒を飲み干したそのドス黒さが『純愛こそこんな色』と言ってる様で余計苛立つ。
「あら、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのに。ただね……本質さえ掴めれば見た目なんてただの飾り、女の化粧と同じなの。落とした途端化けの皮っていうアレよウフフッ……」
アビニシャンの笑顔に悪気がないのは恐らく真実。だからこそ尚更腹立たしいファウナなのだ。
「あ……でも長くて綺麗って噂の金髪が拝めないのは、女の端くれとして少し残念かも」
アビニシャンに取っては御挨拶程度な何気ないこの一言。ファウナ達の目に光明が差す。
「失礼──考えるのをお辞めになられた割に、お話が随分好きな御様子でございますね」
此処で全く別方向からリイナが牽制を入れてみる。考えるのを辞めたと言い張るアビニシャンに揺さぶりを掛け、さらに思考を引き出そうと試みるのだ。
「そうね。人間嫌いで無差別殺人を繰り返してる何てとても思えないわ」
ファウナが続けて煽りを加えた。
「え、それは勘違いよ。私に占って欲しいと云い寄り、勝手に触れてくる連中が多過ぎるのよこの街。だから云われた通り占って、帰って貰ってるだけなのに……」
アビニシャンの顔色が真に寂しさを帯びる。彼女の本音の境界線が溝川に沈む国境の如く判り難くて仕方がない。
「──立ち話はこれ位にして、そこのテーブルに座らない?」
タワーブリッジを見物しながら恋人達が語り合いそうなペアテーブルを顎で指すファウナである。
「私は構わないけど座席がまるで足りないじゃない?」
やはり無機物ですら見えてると感じさせるアビニシャンの返答。ファウナと二人きりなのは寧ろ歓迎らしくその目を細めた。
「俺達はファウナ・デル・フォレスタの護衛役。だからどのみち立ったままでいさせて貰う」
オルティスタがアビニシャンに対し初めて口を開く。ファウナ以上に敵意剥き出しなその声色。
「あらあら、随分と嫌われたものね。まあ良くてよ。では遠慮なくファウナ嬢を独り占めさせて頂くわ」
これは単なる気遣いの一部なのか。リイナがアビニシャンの座席を引き出し「どうぞ」と勧めた。ファウナがアビニシャンの向かいに腰掛ける。
「それでファウナさん。態々シチリアから此処まで占いを求めて来た訳ではないのでしょう?」
そう云う割にタロットカードをテーブル上で切っているアビニシャン。
職業病か、はたまた手元のタロットに訊ねているのか。その行動がすべからず妖艶帯びて映る。
ゴクッ。
1回だけファウナが息を飲む。そして不敵な笑みを作り提案を始めるのだ。
「そうね。私正直な処、世の中の占い全てがただの統計学だと決めつけてるの。それに私タロットの扱いすら知らないから占い勝負だなんて出来やしないわ。──オルティスタ」
少し斜に構え占いそのものを全否定したファウナが長女を呼び寄せた。
「命を賭けたカードゲームを私と1体1でしてくれないかしら? 此処に封を切ってないタロットがあるわ。ごめんなさい、子供じみてて悪いのだけれどカード当てをして欲しいの」
ずっと笑顔を絶やさなかったアビニシャンが始めて見せる意外そうな顔。この魔法少女、相手の得意で勝負をけし掛けるという愚行を要求してきた。
「しかも大アルカナ22枚だけに絞らせて頂くわ。これをこのオルティスタに切らせ、互いに何が出るか当てるだけの5回勝負よ──本当にこんな陳腐でごめんなさいねフフッ……」
実にワザとらしく馬鹿を晒しているかの如きファウナである。これを聞いたアビニシャン、再び微笑を浮かべて全てを受け入れた。
「いいえ……私に敢えて私に譲った上でのアルカナゲーム。これは充分占いだわ、お互い最高の結果を出し尽くしましょう!」
ロンドンの空を見上げて完全なる勝負を誓うアビニシャン。最早歓喜を通り越し快楽に満ち満ちていた。