第74話 只者ではない"リイナ"
ファウナ・デル・フォレスタ、壮絶なる18歳最初の夜明けだ。
「──くぅ……あったま痛ぇぇ」
「も、もぅ無理。食べ過ぎですって、しかも深夜に」
姉妹の契りを交わした三人の内の二人。
オルティスタはやはり飲み過ぎであった。ベタッベタな二日酔いに頭を押さえて動けずにいる。
そしてこれは寝言なのか、はたまた意識の内で苦しみを吐露しているのか。ラディアンヌが再びソファベッドの上でもんどり打っている。
何ともだらしない26歳と24歳。俗に言ういい大人の両者がズタボロで『まだ寝かせろ』と朝陽を睨む。加えて波が船を揺らすのも、この調子に乗った大人を大いに苦しめていた。
「──全くだっらしないわねっ! イギリスはもう目の前なのよっ! シャキッとなさいっ!」
やはりファウナは未だ若かったというオチである。容赦ない文句を姉2人に浴びせ掛ける。元フォレスタ組で水入らずの慰安旅行。それは充分楽しめている。少しやり過ぎな感もあるが。
しかしこの旅の真なる目的はイギリスにて自由気ままな人殺しを働くヴァロウズのNo5、タロットのアビニシャンを止めることだ。その対策についてまるで話が出来ていない。これは一大事だ。
「──大丈夫でございますか? 珈琲ですか? それともお水ですか?」
「わ、悪ぃ……じゃ目覚めの一杯を頼むわ」
相変わらずの気遣いが出来るア・ラバ商会の女性社員。二日酔いの長女が甘える。
処でこの女商人、毛先まで光る長い銀髪で碧い目をした美女である。白いスーツなのか? はたまた聖職者の正装なのか? 兎に角レヴァーラ陣営の美女達とは一味違う得も言われぬ魅力が在るのだ。
「食あたり……ごめんなさい、少し痛いですが我慢して下さい」
「ウッ! あ、あれれ? 何故かお腹が少しスーッと楽になりました。ありがとうございます」
気遣いの出来るア・ラバ商会の女性。次はラディアンヌの素足の裏をギュッと親指で押さえた。瞬間、悲鳴を挙げたが幾らかスッキリした顔色に落ち着いたではあるまいか。
──初めから雰囲気在る女だと思っていたけど一体何者なの?
これはファウナの気分だ。
見ただけで相手の事が在る程度知れる彼女がそんな疑問──ファウナの蒼き瞳よりも、深くて碧い瞳が透かそうとする力を跳ね返してしまうというのか?
「しっかしだなぁファウナよ。タロットカードで相手を殺す訳判らん相手だぞ? 対策って言われた処で身体を動かすだけの俺にはどうにもならん。……シャワー行って来るわ」
頭をボリボリ掻きつつ珈琲を飲み干したオルティスタ。スタスタ風呂場へ行ってしまった。水の流れる音がやけに響く。それはそうだ、オルティスタが風呂場の扉を閉めていないからである。
「──す、すいませんファウナ様。わ、私も今回ばかりはどうすべきなのか……ま、まるで判断出来る気が致しません」
ソファに深く身体を預けたラディアンヌがさも申し訳ないといった顔つきでファウナへ謝罪した。
姉二人は異能こそあるが基本躰頼りの技を繰り出す戦士だ。『いきなり首を落とす』を御法度にされた以上、如何に相手をすれば良いのか考えあぐねるのは道理だ。
「部外者が口を挟んで申し訳ございません。タロットカードで人殺し? そんな陳腐な物語ですら在り得なさそうな話……」
此処でその姉達2人よりも頭の回転が良さそうなア・ラバの女性が少し躊躇いつつも話題に割って入る。
「──話すのは構わないけど、その前に貴女の御名前を伺いたいわ」
腕組みしてファウナが人の素性を止む無く訊ねる。これはこれで中々の屈辱なのだ。
「──あっ、これは大変今更ながら失礼致しました。私『リイナ』と申します。少々医療に心得がございます。歳は──秘密にさせて頂きますウフフッ……」
あっと開いた口に手をあてた後、スカートの端を掴み軽い会釈で自己紹介したア・ラバの如何にも出来る女。ただの商館の娘──そんな肩書きなどとっくに捨てたファウナの認識。
「医療に心得──不躾だけどそれって人の内面にすらお詳しいのではなくて?」
ファウナのリイナに対する態度が妙に鋭い。
同じ様なことがエンジニア兼医者であるリディーナに対しても言える。若さ故かどうしても自分の知恵の高さを誇るきらいがあるのだ。
なのでその分野に於いて自身より優れてると感じた者と距離を置こうとしているのだ。とは言え今は非常時。頼れそうな感じであれば贅沢など言ってられない。
「──驚きました。ファウナ様は読心術の心得でもお在りになるのでございますか?」
「ま、まあそんな処。良いわ──アビニシャンについて話してあげる……」
そしてファウナはこの只者ではないと感じ始めたリイナに対し、ヴァロウズのNo5について粗方話した。
しかしながらタロット占いによる命を賭けた勝負をけしかけ、それに必ず勝利し相手は絶命する。こんなもの説明してる側ですら要領を得ない内容である。
それでもリイナはファウナと視線を逸らすことなく逐一頷き返し、如何にもキチンと話を聞き、そして自分の中へ取り込もうと躍起になった。
その真摯な態度、ファウナは自分の少し冷たい物言いを反省すべきなのではないかと思い直し始めている。
「──うーん、何とも不思議な話ですね……そもそも占いに勝ち負けなんて概念がないのですから……ただ」
──ただ? 今のやり取りだけでもう何か思う処が在るって言うの?
「ただ、勝ち負け。即ち勝利条件が存在するやり方だということです。タロットの結果を自在に操り、占いを受けた側が負けを認めざるを得ない程の結果を突き付けるのだとしたら……」
このリイナの発言にファウナがハッと息を飲んだ。言われてみれば実に単純な理屈でないか。
軽く嫌悪してた相手なのに、タロットの逆位置が正位置に変わるかの如く、リイナのことを尊敬せずにいられなくなった。
「そっか! それだわ! その考察恐らく正しい!」
急にリイナ側へ踏み込み、その両手を自分の両手で包み込むファウナ。天使を見つけた様に敬意の眼差しを送るのだ。とんでもない手のひら返しだ。その押しの強さにリイナがたじろぐ。
「え、ええと……そういった勝負であるなら間違いなく1対1。恐らくそのアビニシャンという人物は相手に勝利することのみに全てを捧げれば……良い。そう解釈致します」
「うんうんっ、リイナさん。貴女素晴らしいわ! 私どうにかなりそうな気がしてきた!」
リイナの手を握ったまま跪づきキラッキラした視線をファウナが届ける。──可愛い、可愛いけどちょっと怖いかも……。これはリイナの心情。
──まま、それはそれとして。
リイナがその碧い目をキョロキョロさせる。そしてソファに座るラディアンヌのボブカットと目前のファウナのロングを交互に見比べ、ハッと碧い瞳を大きく見開く。
「ファウナ様、私に考えがございます。……ただ多大なる代償を払って頂くことになりますが」
「へっ?」
とても申し訳ない気持ちが溢れ、目の前の可愛い生き物を直視出来ないリイナであった。