第73話 ファウナ・デル・フォレスタと三姉妹
「──た、誕生日。そ、そっか。そう言えばそうだった……ね」
日付が変わった途端、ファウナ・デル・フォレスタの御付きであるラディアンヌとオルティスタが派手にクラッカーを鳴らしてからの大騒ぎ。
それにしてもラディアンヌ・マゼダリッサは一体何時から復活していたのであろう。
祝福を受けた当人。
驚きというより何処か困惑した表情である。言葉の歯切れも悪い。
「ファウナ…様? まさかご自分の誕生日をお忘れになられてる?」
「そうだな、幾ら何でもそれは天然が過ぎるぞ」
自分達の可愛い妹分は相変わらずの天然で以って18歳祝いを受け入れるのに時間を要している。ラディアンヌとオルティスタは、その程度に思い込んでいた。
「──サプライズをしたいと事前にお二人から伺っていたのですよ」
カウンター裏の厨房から現れたのはア・ラバ商会から派遣された女性である。
笑顔を振り撒きつつ大きなホールケーキを繰り出す。4人で祝うにはだいぶやり過ぎ感のあるサイズ。これも商会の女主人からの粋な計らいと言った処か。
恐らく10歳分を示す大きめの蝋燭と、その周囲を囲む小さ目な8歳分の蝋燭達。運ばれた動きに小さな炎が揺れている。この頼りない炎。実の処、ファウナの揺れる思いと同じなのだ。
「──だって……だってよ。この誕生日、本物じゃないんだよ。何なら18って年齢ですら……」
驚愕を混じえたファウナの言葉。本当に……本当に歯切れが悪い。誕生日を祝福されてる18歳の少女とは到底思えない。
それを聞いた他の者達の目が点になり言葉を失う。
「わ、私……拾われたこ、子供……だから……」
その場に崩れ落ちるファウナ。白いネグリジェがフワリと舞って余った分が船室の床に広がる。
──絶句、そして愕然とするラディアンヌとオルティスタ。
12年もフォレスタ家に仕えてきたのにそんな大事すら知り得なかった。
「──なっ」
「そ、そんな事……今まで一言も……」
どうにか声を喉から搾り出す姉貴分達。ア・ラバ商会の女は、余りの想定外な展開に、ただ狼狽えることしか出来ないでいた。
ファウナがファウナと呼ばれる以前に話を遡る。
生まれて直ぐ捨てられたらしい彼女。とある保護施設に引き取られた。
医学的に診て凡そ1歳と判別出来た頃だ。
何と彼女は言葉を話し会話すら熟してみせた。試しに文字書きを教えた処、経った半年でそれすら覚えた。良い意味でも悪い意味でも特別視されたのは語るまでもない。
そんな彼女の引き取り人に名乗り出たのが後にNo9のダガーに刻まれ故人と化したフォレスタ家当主の先代にあたる人物らしい。
もっともファウナ・デル・フォレスタと命名して1年と経たずにその人物は亡くなった為、ファウナ自身良くは知らない。
「さ、3歳頃から私。父さんも母さんも読めない字を書くのに夢中になったらしいわ。初めのうちは寧ろ正しい幼児に戻っただけと思ったでしょうね」
それが今の魔導書へと繋がるまで、さらに2年を要した。レヴァーラに伝えている森の美女との出会いである。
レヴァーラに抱かれ例の大爆発から逃れたのが13年前。歳に直せば4歳にあたる。踊り子様と爆発の芸術家による剣舞に憧れ、1年後に精霊術や神聖術について学び始めた。
「──フォレスタ家先代、一応御爺様にあたる人が、私に何を求めて引き取ったか定かじゃないの。でも何かを期待したのは間違いないでしょうね。そして私は森の女神を目指し始めた」
「丁度その頃か、俺達2人がファウナの護衛として御館様に雇われたのは」
──そうか……それとなく判り始めた。
ラディアンヌとオルティスタ、2人の顔が曇りを帯びる。自分達とて同じ扱いを受ける流れであったと知るのだ。
5歳位の少女が精霊やら神話の本を、絵本を欲しがる様におねだりするのだ。それも死んだ父が身勝手に連れて来た見知らぬ子供だ。
恐らく素晴らしい才能である。大切に見守りつつも、加えて表に出せない義務が生じた。しかしそんなものは2人の夫婦に取って些細なること。
──何よりも……気味が悪いモノを押し付けられた。これが仮初の親達の本音であった。
何より不幸なのはファウナの何もかも見透かす様な蒼き瞳。勘の良過ぎる彼女に取ってこれは残酷なる不幸。仮親の本音が筒抜けなのである。
「──成程、だからこそ毒を抑えるには同じ毒。異能者には異能者をあてがう。要は俺達ってそういう事だな」
──だ、だからあんな無差別な爆弾だったの?
これはフォレスタ邸襲撃の折、命を絶たれた当主と妻が揃って爆弾と化したアレだ。そしてこの考察はラディアンヌの分。とはいえあの場に居合わせた他の2人とて同じ思いだ。
さりとて誰もその考えを声に載せる気にはなれない──なれる訳がないのだ。
仮初の娘のみならず、異能を買われた筈の2人ですら世界に漏れるのを防ごうとした。
やはりあの爆発は、すべからず消し去る為の仕掛けで在った。
ファウナがやり切れない想いで床に伏せ震えている。
オルティスタはさらに理解を深めた。親に絶望した子供が親と同世代の女に憧れと、得られなかった寵愛を求めるのは当然の帰結なのだ。
この魔法少女は賢き者。
自分を此処まで育ててくれた感謝の念を忘れてないのだ。さらに自分を育んだ森を心から愛している。
──けれど祖父の特別視なんて要らなかった。父と母からもっと普通の愛情を欲した。
それをレヴァーラに求めるのは筋違い。理屈は判る、だけど感情はどうにもならない。
──だが俺にだってファウナは可愛い妹なんだよ! レヴァーラ何かに負けてたまるかってんだ!
「おぃっファウナ! 誰が何とケチ付けようがお前は大切な俺の妹だ!」
涙を流すことすら忘れ震える少女の身体を、背中からガシリと抱いた。
「ファウナ! そうだよ! 勿論私だって!」
妹の分まで涙しさらに覆い被さるラディアンヌ。女性としては大きな2人が熱き想いをその大きな胸に抱いて、半ば無理矢理押し付けてゆく。
これでは愛だの言ってる以前に身動き一つ取れそうにない。本来ならテーブルに置く誕生ケーキをファウナ達3姉妹の目前──床上に直置きしたのはア・ラバの女だ。
「──ファウナ様、そして皆様。ハッキリ申し上げて私は部外者。ですが言わせて頂きます。例え今日という日が仮初だとしても、心から祝福してくれる素敵なお姉様が2人もいらっしゃるのですよ」
この父も母も異なる姉妹相手に座り込んで笑顔で諭す。堕ちていたファウナの碧眼からブワッと溢れ出る涙。
──そうだ、此処には血より濃く温かみのある繋がりが在るのではないか? このお節介焼きな2人の姉は自分が例え拒んだとしても愛情を押し付けて来るに決まっている。
「う、うん……さ、さう……らね」
涙混じりで最早言葉にならないファウナの声。背中の圧が増々強くなる。
「これを誕生日と呼ばずして何を生誕と指すのでしょう? ──さあ3人共御一緒にあの蝋燭達の火を消してあげては貰えませんか?」
所詮は細い蝋燭なのだ。蠟燭の形を成すのがやっと──このままでは折角のケーキと一緒になってしまう。この潰れた3姉妹と同じ様に。
「よっしゃ行くぞコラァ! 俺様が一吹きしてやる!」
「待ってくださいぃ! 私だってぇ!」
「ちょっとォォ! これ私のケーキィィッ!」
ワタワタワタワタ、見た目憐れな3人の美女。床の上で必死に藻掻く。ア・ラバの女が噴き出さずにはいられない光景。
「いっくぞぉぉぉ!」
「「「せぇぇの!!!」」」
長女の合図に合わせ一斉に息吐く3人。生クリームが吹き飛ぶ程、心配に為る突風がケーキを襲う。そして三人は本物を超えた姉妹の絆に笑い泣きした。