第72話 初めましてのてんこ盛りに驚く妹
浮島の司令官、レグラズ・アルブレンの突然なる暴走劇。
あれはヴァロウズと同じく意志を持った人工知能と融合した結果なのか? これをオルティスタに質問されたファウナは微塵も迷いを見せず『正解』の見解を示した。
炭酸系のシードルに酔いしれつつも理的さを失わないファウナである。
「──『閃光』か。そもそもあの能力の源とは一体何だ?」
酒を水の如く煽り続けるオルティスタの疑問が深まる。
レヴァーラとはそもそも人工知能を超えた人工知性だけを頼りとする存在。元の宿主が持つ意識との融合こそ覚醒の条件。寄って本来なら在り得ない状況なのだ。
姉貴分のそんな疑問がファウナには透けて見える。──あくまでそんな気がするだけだが。
妖しい笑みで3杯目のグラスをオルティスタと交錯させるファウナ。これが初めての飲酒なのではあるまいか? 信じ難い程、上機嫌で在り続ける。
「それはリディーナ様が造った戦闘服に秘密があるのよ。そもそもアレを先に着装し最初に閃光を名乗ったのはリディーナ様よね」
薄暗いランプの灯り。
ファウナが堪能している林檎色のシードルを赤く揺れる炎が絢爛に彩る。
白いネグリジェだけの儚きファウナ。本来ならそのままベッドに転がり込む為の緩やかなる格好である。
そんな頼りない姿で酒を酌み交わす背伸びした大人の態度。9歳も上のオルティスタに劣らぬ妖艶さを曝け出してく。
少女は子供と馬鹿にすることなかれ……。草臥れた大人が目を剝いて驚く成熟ぶりを唐突に見せるのが子供という生き物だ。
この場合特に、大人であるオルティスタより優位性の高い知識が後押ししている。尊敬する歳上に『ほぅ……』と感心されれば気持ち良いのが若さの道理。
「あの戦闘服には、レヴァーラの人工知性と同じ性質を持つナノマシンの結晶体が埋め込まれているの。それも数千だが数万だが判らない位」
グラスの炭酸に浮かぶチェリーをマドラーで弄ぶ。ファウナがさも当然とばかりにシレッと答えた内容に、蒼白と化すオルティスタ。白い月明りに照らされ、その白が増々映える。
「──そ、そういう理屈か。成程、人工知性しか持たないレヴァーラに意志を持つ別の結晶体を埋め込んだ衣服を着せる。──後は合言葉で両者が同期する仕掛けか」
レヴァーラが初めてその力を解放した天斬戦を思い出すオルティスタ。始めた当人が驚愕と歓喜を以って敵を圧倒した。
「正解、それが『閃光』の真実なのよ。リディーナ様も私達と同じく、ワクチンと偽ったナノマシンを内に秘めてる……」
「だがそれの申し子と言うべきレヴァーラに敵わないのは寧ろ必然って事か」
リディーナが閃光を全開稼働させ争った対No2戦。シールドを前面に押し出し特攻するのがやっとであった。
「そうね──で…話を戻すけどレグラズも勿論私達と同じのを内に秘めてる。大方、レヴァーラや貴女の戦いぶりを見ながらこう感じ──違うな、願ったのでしょうね『私もあんな風に戦えたら』……ざっとそんな感じかしら」
ついこの間である浮島戦。
実の処、最大の功労者はそこで伸びてるラディアンヌだ。しかし敵を1番討ち滅ぼしたるは目前のオルティスタであろう。
──それでもだ。
最も華麗で敵ですら魅了する演武を披露したのは緑の輝きを散らしたレヴァーラ・ガン・イルッゾだと断言出来る。
それにしてもオルティスタの周囲に転がるありとあらゆる空の酒瓶の数が酷い。これでは実に燃費が悪い。
「──ではディスラドとやらの片腕だけ掠めた軍の娘の方はどうだ?」
オルティスタの質問攻勢が未だに続く。『自分は脳筋…』と謙遜するが、だから故、人ヘモノを訊ねたがる欲求が人一倍強いのだ。
「うーん……それは何とも言えないのよ。じゃあ逆に聞くけど、もし彼女が普段から血の滲む様な自動に頼らぬ銃撃訓練をしてたとしたら?」
「成程──研鑽の賜物……か」
クソ真面目軍人を絵に描いたような存在のマリアンダ・アルケスタだ。拳銃も人型兵器の擬似体験も寝る間すら惜しみ、やり込んでるのが目に浮かぶ。
此処でオルティスタが壁掛け時計の針をチラリと見やる。既に23時を過ぎていた。
「色々矢継ぎ早で済まない、これが今日最後の質問──ファウナ、お前あの踊り子の何処がそんなに御執心なんだ?」
身体毎向きを変え、可愛い妹分と寸分違わぬ重なりで詰め寄るオルティスタ。逃げ打ちは赦さないといった態度を示す。
未だこの女はレヴァーラの生き様を危険視している。素足で刃渡りする程ヒリヒリしたものを常日頃から感じているのだ。
「……ひ、人を好きになる理由何て聴かれても答えに困るんだけど──どうせこれ言った処で茶化すだろうけど強いて挙げるなら誰でもないあの人の匂いよ」
──愛する者の匂い。
恋の経験値がある女性なら必ずと言って差し支えない在り様ではあるまいか?
けれどこれでは痘痕も靨的な理論だ。虜になったが最後。今日の汗だくが染み込んだシャツを嗅いで『彼の良い匂い…』って目をトロリとさせるアレだ。
しかし『匂い』と発言したファウナの顔が紳士過ぎる真面目な態度だ。恋焦がれる少女のソレとは、まるで異なるものを向けて来たのだ。
「──笑っちゃうでしょ? でも本音だからどうしようもないの。13年前初めて嗅いだあの匂い。居心地良過ぎてずっとこのままでいたいと想った程よ」
自嘲を混ぜたファウナの台詞を微塵も緩むことなく実直に受け取るオルティスタ。酒を飲むことすら止め、申し訳なさげに首を振る。
ファウナのレヴァーラに対する敬愛。
それは初めて本物らしいモナリザを見た様な、ただの気狂いの類だと正直馬鹿にしていた。少女が美麗なる大人女性に抱く憧れ。一種の通過儀礼だと思い込んでいた。
「いいや……お前のその感じ方、恐らく間違ってなどいないさ」
──そうだ。そもそも人の感じ方に間違いなど在る訳がない。他人がとやかく口を挟めるものではないのだ。
ひょっとしたら数ヶ月後──或いは数年後かも知れんが、あれは一過性の発作みたいなものだったと自分を恥じる日が訪れるのかも知れぬ。
それでもこの少女の本気を垣間見たのだ。自分はあくまでファウナを慕う従者の1人だ。──もう迷わない。そう心に誓うオルティスタである。
ポーンッ、ポーンッ……。
壁掛け時計が日付が変わった合図を送って来た。深夜零時、ただただ静けさの中で眠りに誘われると思えたその次の瞬間。
パンッ!
船中の照明スイッチが全てONを示す。深夜零時でなく午後12時の誤り!? そんな疑りを入れたくなるほど明るくなった。加えて火薬の弾ける音と紙吹雪が宙を舞う。
「ファウナ様っ!」
「ファウナ!」
「へっ!? え、え、な、何ぃ!?」
先程までの大人びたファウナはどこ吹く風。
さらに食あたりで寝ていた筈のラディアンヌすら何時の間にか起きていた。姉貴分二人でにこやかに、そして盛大な声を掛ける。
「「18歳の誕生日、おっめでとうッ!!」」
イギリス往きのクルーザーに初めて乗船する。初めての港町に初めてのフレンチ。初めて海上で湯と戯れ、初めての飲酒に酔いしれた日付が終わりを迎えた。
サプライズデーはこれで幕引きと思った矢先、延長戦の幕が上がった。




