第70話 普通の女子会が出来ぬ三人
──何故レヴァーラ一味はフォレスタ家の一人娘、ファウナ・デル・フォレスタを殺害しようとしたのか?
余りに今更かつ唐突なるオルティスタの質問。
加えてその理由を知った上でレヴァーラの配下になると決めたファウナの異常たる思考。
フォルテザで寝食を共にする様になってから数ヶ月。
オルティスタは敢えてこの話題を避けていた。他の連中には聞かせたくない大人なりの配慮である。
──愉しいおやつ時にそんな重い話することないのに…。
そう感じたのはラディアンヌだが、船に戻ればア・ラバ商会の女が居る。だから今しかないのだと考えを改めた。
『レヴァーラ・ガン・イルッゾは私の覚醒を恐れ、その前に殺害しようと狙いを付けた』
あの事件──両親を失ったばかりか、危うく大切な姉貴分2人すら手放す寸前だった大騒動。その割にファウナの顔は穏やかなままである。
「──結果私の魔法が目覚め回避出来たけど、アレがなければ私達皆、今頃忘却の川を渡ってたでしょうね」
「ならばどうしてあの踊り子に肩入れするのだ? 愛してるでは答えにならんぞ」
此方も話題の割に興奮を表に出さないオルティスタである。グラスから漂うシードルの香りを堪能してるかの表情だ。
「うーん……ごめんなさい。恐らくそれに対する納得しそうな答えは出ないわ。私の我儘で突っ走ってるのは正解だから」
2つ目のカヌレを頬張り、ノンアルのカクテルを掻き回すファウナの顔が心此処に在らずといった様子。
「──だけど私の覚醒の仕方がレヴァーラの考えとは違ってる事に気づいたのよ。彼女の身内、ヴァロウズの連中と同じじゃないってね」
オルティスタとラディアンヌが同じ翠眼を見開いて互いの視線を絡ませた。やはり話が通じてない。
──覚醒。ファウナ様の覚醒?
ラディアンヌがこの話、根本から在り得ない違和感に突然気付く。テーブルを人差し指で強く小突いた。
「ま、待って下さい。後のヴァロウズに成られた方々の覚醒──それにレヴァーラ様が勘づくのは道理です……が」
これを聴いたオルティスタが酒を呑むを止めて「あっ…」と固まる。
ラディアンヌの疑問は当然である。ファウナはレヴァーラから違う人格の掛け合わせなんて実験など受けてはいない。
──しかもである。
この美少女がそんな形で力の有り様を示すと仮定したのであればだ。その結果を確認した上で危険分子か、或いは此方に取り込めそうか……。
先ずそれを判断すべきじゃないのか? 最早何が正しいのか。そもそも答えを何処に見出すべきか。それすら怪しい姉貴分2人である。
うーん……三者三様で腕組み唸り次の言葉を探しあぐねる。
「──ええとゴメン。そもそもの大前提を私が伝えてないからいけないのよ。二人共、一度頭を空っぽにしてから私の話を聴いて頂戴」
ファウナのノンアルカクテルを飲み干す行為が果て無く続く。彼女の後を残したグラスがあっと言う間に増えてゆく。
「あ、ああ……」
「わ、判りました」
ファウナの碧眼が僅かばかり座って来た様に感じるオルティスタとラディアンヌ。
──それ本当にノンアルかぁ? そういやこの辺りの飲酒制限、16歳だか18歳だか怪しい話を長女分は思い出した。
「レヴァーラの意識を司る人工知能。実はアレって元々人か人へと渡り歩き、爆発的進化を遂げるウイルスの応用らしいわ」
またしても姉貴同士で顔を見合わせ目をパチクリさせる。うちの天然な妹分は一体何を告げてるのやら。
「ナノマシンに人工知能の素体というべき存在を載せ、世界的に猛威を奮ったウイルスのワクチンだとデマを流して世界中の人間へバラ撒いて今が在るのよ」
──判った、ようやく姉貴二人も腑に落ちた。
「ば、馬鹿な……サイガンといったか? とんでもないマッドサイエンティストだな。要するに世界中の人間をウイルスの如く渡り歩き進化を遂げた最新モデルがあのレヴァーラに入っているのか」
「量や進化の大小こそあれど、私達皆にそのナノマシン達が息づいてる訳ですね」
これには自分達だってもっと酒をあおりたくなるのを抑えきれそうにない。何ならみっともなく泥酔して記憶から消したい気分だ。
酒のグラスを黙々と空ける三人。楽しいおやつ休憩の筈が、憂さ晴らしの飲み会に変わり果てる。
「これでようやく通じたかしら? 幼少期から魔導を志す少女。それを守るは滾る剣士と決死覚悟の武術家。こんな輩がもしナノマシン達と自然融合しようものなら……」
安っぽい駄菓子でも食う勢いでカヌレを次々放り込むファウナ。もしかするとカヌレのラム酒に酔ってるのかも知れぬ。
「──敵か味方か……はたまたどんな能力なのか。そんな悠長してられんという結果だな」
お上品にシードルを飲んでたオルティスタの酒が変わっている。拳ぐらいのグラスに注がれたコニャックを氷が無駄と思える程、速いペースでグイグイ飲み干してゆく。
「い、幾ら何でも飲み過ぎですよ」
一見独り冷静を装うラディアンヌだが、間もなく夕食だというのにフィナンシェを食べる手が止まらなかった。
「──フィー。だけどファウナもラディも俺の炎舞でさえも、そのナノマシンとやらは関係なかった」
顔色にこそ出ないが全身のありとあらゆる血流にアルコールが渡り切っているオルティスタ。モデル体型の恐ろしく美麗な女が強かに酔っているのに男共は遠巻きに過ぎ去るだけ。
やろうものなら絶対殺られる。そんな気配が満ち溢れていた。
「そそ、そういう事よ。そいで以ってさ、じゃあ自分の見知らぬ力って何さ!? それで俄然私に興味湧いたって訳! 可愛いと思わない? アハハッ!」
もう絶対誰が何と言おうが血中アルコール度数が増してるに違いないファウナが腹を抱えて噴き出した。こんな生意気、決して渦中のレヴァーラの前では見せられやしない。
「コラッ! ふぁ……ファウナ様はぁぁ……私のものだッ!」
此奴は一体に何に酔い潰れているのであろうか? テラスに寝転んで独り奇声を上げた。
金髪の美少女に同じく金髪美女2人の映画の世界にでも迷い込んだかの様な無敵の三人。
それがどんな男も近寄らぬ修羅場を囲う。この3姉妹の仲だからこそ成り立つお祭りなのである。
余りにも船に戻らないので心配して様子窺いに来たア・ラバ商会の女性が、この惨事に頭を抱えたのは言うまでもない。