第69話 今更ながらの長女の追及
イギリス目指すファウナ一行。
船旅と言っても地中海から直に海路を往くのは余りにも愚の骨頂。そこでフランスとスペインの国境線付近。此処まで小型ジェット機で移動した。
「うっわぁぁぁっ! 何コレ!? 凄ぉぉいッ!!」
イギリス往きに用意して貰った小型クルーザー。
案内されたファウナ・デル・フォレスタが完全に17歳少女の瞳を輝かせて大歓喜。誰よりも先に乗り込み、船内を隈なくチェックしてゆく。
5人程ならゆったり出来そうなスペースがある上、ベッドの質やソファなどちょっとしたホテルのスイートを彷彿させる程、優雅だ。
確かにファウナ、『船旅が良い』と言い出した当本人だがクルーザーはおろか船自体、乗船なんて初めての経験なのだ。地中海の青が混じるビスケー湾岸に浮かぶ白いシャープな船体が実に映える。
「──確かに凄いな、これもアンタんとこの仕入れか?」
「ええと……正確には浮島から接収した物を当社で改装致しました。特にお風呂は絶品ですよ」
オルティスタの質問に応じているのはア・ラバ商会からの使いの女性。船に明るくないファウナ達のサポート役として随伴して貰う様、派遣を依頼したのだ。
「成程、元々海上からの上陸戦を想定してる船か。道理で色々頑丈な造りという訳だ」
クルーザーの外周をグルリと一通り観察した上で、満足気に頷くオルティスタである。傭兵出身の彼女でも納得の出来栄えらしい。
「でも小型艇でイギリスまで航海………最初は何の冗談かと思いました」
「うちらの妹そこら辺、何も考えてねえだけなんだ。何かとんでもない事に巻き込んじまって申し訳ない」
「いえいえとんでもない、どうかお気になさらず」
この腰の低い女性も浮島の連中にさらわれた元被害者。故に人質解放の立役者であるこの如何にも勝気旺盛な女性に恩を返せるのは寧ろ光栄な様子だ。
──ふぁ、ファウナ様と船旅。嗚呼……このラディアンヌ・マゼダリッサ、至福の刻!
独り悦に浸るはファウナ一筋のラディアンヌである。彼女の翠眼にはビスケー湾沿いの景観はおろか、これから世話になるクルーザーすら映っていない。
「全く呑気なもんだ。僕だけグルリと此処まで泳いで来たんだぞ!」
突如船の穂先付近の海中から顔だけ出して文句を告げるゴツゴツした海豚。勿論チェーン・マニシングが化けた姿だ。恐らく道中の姿は鮫かシャチ辺りだったのだろう。
「人の姿に成ればジェット機に乗れたのだ。拒んだのはお前自身だ」
「フンッ」
身も蓋もないオルティスタの的確な指摘。だけども一度少女と為った姿を見られたとはいえ、そればかりは決して譲れぬチェーンなのだ。
トプンっと再び海へ潜りそのまま帰って来なかった。近頃皆に力を貸してるとはいえ、やはり根っからの自由人。案外小型ジェットに乗らなかったのも不自由の比率が多いからなのやも知れない。
「夕方には出発致します。それまで港町の探索でもされては如何でしょう」
この提案にまたも蒼い目をキラッキラさせるファウナである。
──ファウナ様と見知らぬ街を探索ぅ? 何て特別な日なのかしら!
「いいい……行きましょうファウナ様! ……ってあれ?」
早速意気揚々と出掛けるべく可愛い姿を探したが既に近くには居なかった。50m位先の曲がり角に入るファウナを視線がどうにか捉えた。
に、逃げられてなるものですか! 慌ただしく後追いするラディアンヌである。そのさらに後ろ、ヤレヤレといった体でオルティスタが大きい歩幅で追い縋った。
「へぇー、港の店って海の幸ばかりかと思ってた。アクセ、服や靴なんかも売ってるのねぇ」
「ファウナ様、彼方に書籍らしき物が売っていますよ」
踊る様に回りながらファウナの目移りが留まる事を知らない。ファウナの一歩後ろに付き添うラディはまるで彼氏面で完全に緩み切り、護衛任務を放棄していた。
「──全く、二人共浮かれ過ぎだ」
長女として、そして二人よりも世間を知る者として一応釘を刺すオルティスタだが、その顔は笑っていた。
──まあ無理もない。三女はずっと森の中で次女の方も殆ど拳の修行に明け暮れていたらしいからな。この港、こじんまりだが貿易もやってるらしいな。
貿易船も出入りする港。
ならば様々な商品を扱っていても何ら不思議ではないのだ。世界を知ってるオルティスタならば常識の範疇である。
地元民であるデラロサの『ビスケー湾なら、スペインのサンセバスチャンに行かんでどうする?』という煽りを思い出す。
ビスケー湾の真珠は確かに魅力的だが、自分達はあくまでNo5が主目的。
それに余り目立つ行動はしたくない。何しろ自分達はあの功名なるレヴァーラ・ガン・イルッゾに仕える身の上。何処で誰が見ているか判ったものではないのだ。
「──オルティスタぁぁ! この店でお茶にしましょう!」
手を振り呼び掛けるファウナ。既にオープンテラスの座席に腰掛けていた。ラディアンヌは店員らしき人物に注文と座席数を語り掛けている。もぅ選択肢のないオルティスタであった。
「ヤレヤレだな。おぃ、この店酒の扱いは在るか? シードルを頼む、あとこの生ハムもくれ」
呆れてセミロングの金髪を引っ掻いた割に、日中の飲酒と洒落込むオルティスタ。こんなノリの良さも妹分2人を引っ張るのに一役かっている。
──派手過ぎず、だけどもそれなりの街。まあ悪くないな。こういうの久しぶりだな。
酒の力で増々緩むオルティスタ。フォレスタ家で御厄介になって以来、ずっと人里離れた森の中であったし、フォルテザに移ってからは争いの連続だった。
今、彼女の上着は緑のキャミソールだけのラフな姿。それも熱気溢れる街の空気に馴染んでいる。
いっそ酔いに任せて──そう感じた長女であったがファウナの腕時計ならぬ携帯端末が袖口から覗いているのに目が止まる。
「ファウナ……ちょっと湿っぽい話を良いか?」
その携帯端末がこの抜け目ない女を現実に引き戻した。それはあのレヴァーラが寄越した物。
駄賃とばかりにファウナの両親を殺害しただけでなく、俺のファウナを殺そうとした連中の主犯格。ファウナの好意に引き摺られ自分も仲間と化してはいるがその罪は決して消えない。
「んんっ? 何?」
ラム酒の香り漂うカヌレに手を付けようとしていたファウナ。真剣な表情の姉と目が合いその手が止まる。
「俺達身内しか居ない今だからこそ訊ねたい。レヴァーラが何故お前を殺そうとしたのか? 全てを見透かすその目とやらは、もう判っているのか?」
「──っ!」
和気あいあいが始まろうとした最中、タブーに触れる姉に次女の顔が凍りつく。
「──オルティスタ、私は何でも見抜ける訳ではないの……だけど、うん。それは概ね判っているつもり。レヴァーラ・ガン・イルッゾは私の覚醒を恐れ、その前に殺害しようと狙いを付けた」
こんな真面目な話を語る力が欲しい故、敢えてカヌレを1つ頬張るファウナであった。