第68話 たまには絡んでみたいじゃない
「私イギリス、No5に逢いに行くよ」
「なっ──突然何を言い出すのだファウナよ!? 勝算があると言うのか?」
大抵の者が揃って夕食であるハッシュドビーフを口にしてる中、ファウナ・デル・フォレスタがとんでもないことを言い出した。何時になく仰天したレヴァーラの表情が追う。
「ない、在る訳ないじゃん。だってさ、どんな能力なのかも判らないんだから」
根拠無いという自信を載せたファウナの声。此処で仲間になった者達なら慣れていまいが、長い付き合いである御付き2人は熟知していた。
ガタッ!
「駄目だ、たとえお前の進言でもそれだけは容認出来ん」
テーブルを叩き、立ち上がったレヴァーラがファウナに詰め寄る。
「だってさ日本は助けたじゃない? ならイギリスの殺人鬼は放置じゃ世間が納得しないわ」
歳上の追及を座ったまま、増してや食事したままファウナは受け流してゆく。おまけにレヴァーラの嫌いな人参を鼻先に突き出す余裕すらみせる。
「ぐっ──し、しかしだな。何のアテもなしに行ってどうする? 奴が力を使う以前に首でも刎ねると言うなら一考の余地在りだが」
困ったことを言うファウナよりも目前の人参に思わず気を取られる不覚。ファウナの理屈に抗うのは、どうにも苦手なレヴァーラなのだ。
「そんな卑怯、現人神の踊り子様の連れがやっても良いの? 何もただの野次馬みたく見物しようって訳じゃないのよ。判らないからこそ対峙しに行くんじゃない?」
ファウナの蒼い瞳が自信気に語るのを止めようとしない。食事の皿はとうに空となった。
「それで死んだら何にもならぬぞ」
頭に血を昇らせた姿勢で何を言っても説得力に欠ける。そう思ったレヴァーラは一旦座り直した。そして月並みな捨て台詞を吐く。
「──ファウナよ。お前の言う事も一理在る。しかしだ。アビニシャンは恐らくあの場を動いてまで此方に寄せて来るとは思えん。天斬、アレは自国を出る可能性があった」
此処で声に定評の在るNo7が持論を語る。横でパンを口に放り込みつつ頷くのはNo8である。ゆったり食べているのかと思いきや既に3杯目辺りらしい。
さりとてファウナの表情にまるで淀みが生まれない。スイッチが入った彼女を止めるは容易でない。それは最早この場に居る誰もが理解していた。
「お前、行くと決めたのであれば誰を供にするかも決めているのだろうな?」
これは腕組みしたオルティスタの発言である。このオルティスタは試している。此処で想像通りの解答が得られたのなら己が主は憶測でも方程式を導き出していると信じられる。
「そうねぇ……相手は単独らしいし頭数多くても仕方がない。此処は御姉様方2人と一緒に船旅を洒落込みましょう」
これを聞いて『よっしゃ!』とばかりに拳をギュッと握ったのはその御姉様方の次女、ラディアンヌだ。加えてオルティスタの吊り眉がフッと緩んだ。
「えっ、ズルいズルい! そんなズルいよ僕も行く!」
あれだけ食事に肩入れしてたディーネが『ファウナと船旅』と聞いた途端、割って入ろうとする。
それは蚊帳の外に置いたオルティスタの視線。心配で我を失いつつあるレヴァーラの目線と絡まる。この長女肌、発言こそ控えているが煽っているのだ。
──ファウナは考え無しでアンタに言ってる訳ではない。それを汲み取れない程、鈍くはないだろ?
このオルティスタに半ば狼狽えた視線を返すレヴァーラである。心配は未だ消えない、けれどこれでは止めようがないと知る。
「ハァァァ……判った。その申し出受け入れよう。但し船で往くなら海中の生き物に化けたNo6を念の為同行させる。これだけは譲れんぞ」
「えっ──ぼ、僕は? ねぇ僕はぁぁっ!!」
皆会話も食事も終え、そそくさと席を立つ中、独りディーネは給食を残した子供の様に置き去りと化した。
◇◇
「──デラロサ隊長、女の子達と一緒に食事しなくて良いんですか?」
またしても格納庫だ。
今度は連合国軍離反コンビ。愛機グレイアードのコクピットでバーガーを頬張りつつ計器類をチェックしているアル・ガ・デラロサである。
そこに現れたマリアンダ・アルケスタがビクロスの足元から揶揄い混じりの声掛けをする。デラロサはコクピット内だがハッチは開いたままであった。
「俺はもう隊長じゃねぇよ。……ってマリアンダお前さんこそ、こんな油臭い所じゃなくて、皆と食事を取れば良いだろ? 俺な、何か落ち着かねぇ……。大学時代の友人がな、保育の学校に進学したのさ」
「は、はぁ……」
メインカメラにマリーを映し、アルは作業の手を緩めない。
けれど何かやり切れないといったテンションでマリーに取って要領を得ない話を切り出す。
「周囲はもう女だらけ! 漢として見て貰えねぇってそいつ泣いてたわ。此処に来て俺様、それたった今実感してる訳。判るぅこの侘しさ?」
「嗚呼……」
マリーにもアルの言いたい本音が理解出来た。だけどもそれは止むを得ないであろうとマリーは思う。
──だって此処の連中、そもそも男性を恋愛対象はおろか興味を以って見ていない。
寄ってアルの男映えがどうこうという話でないと独り完結している。何よりこうして想いを寄せる女が独り、此処に居るではないか。
ただ一回り歳が離れている上、余りに奥手な自分である。アルが自分以外の女達から見向きもされないと同様に、自分もアルから女扱い……恋愛対象と見做してはいないだろう。
「あ、アル……」
「ん、どした?」
珍しいアル呼び。俯き加減で無意味に地面を軽く蹴ってみたりしている。肝心のアルはお構いなしに黙々と作業に勤しむのを決して止めない。
「こ、今度一緒に……しょ、食事に…い、行かない?」
しどろもどろが酷いマリーの声音にようやくアルがその手を止めた。
アルとマリー、この2人とて付き合いの長さだけならオルティスタ3姉妹程ではないせよ、それなりに積み重ねたものがあるのだ。
「わっわっ!?」
「何だよマリアンダ。そうだなスマン。俺にはこんなに可愛い奴がいたな」
何気なくコクピットをスルリと抜け出し、マリーの背中に詰め寄っていたアル。戦場のアルケスタなら絶対気付くであろう背後の気配。その低い肩にわけなく両腕を絡めアルが優しく抱いた。
慌てふためくマリー。一段と愛しく思えるアル。
「良いぜ、お前と一緒なら何処で何食ったって美味いに決まってら」
「え、な、何それつまらない……です」
文句を告げる割にアルの逞しい腕に頬を寄せるマリアンダなのであった。