第67話 扉を開いた者
「──朝陽か」
さも眩し気にカーテンからの木漏れ日を睨むレヴァーラである。隣のファウナは未だ夢の中であるらしい。刺激的な深夜から一体どんな夢を見ているのやら。
レヴァーラは「ふふっ」と緩みつつ少しはだけた毛布を掛け直してやる。こうしていると本当にただの綺麗な少女に過ぎない。光の精霊達が金髪に反射し悪戯を仕掛けている。
昨夜ファウナが打ち明けたレヴァーラとヴァロウズの誕生にまつわる話。
あれはあくまでファウナの知る結果に過ぎない。何故レヴァーラが人を実験体にする所業を仕出かし、それに乗っかり剰え未だ付き従うNo6以下の心根。
一番肝心な箇所が抜け落ちている。
加えてこんな外道と呼ぶべき自分を愛し付き従っているファウナ自身の気持ちもまるで定かでない。
「──本当にこれで良いのかファウナ。いつか…いつの日か我の為すことに愛想つかすのではないか」
キラキラ輝く長い金髪を弄びながら感傷に浸るレヴァーラ。本当はこの娘、一体何処まで知り得ているのか。気にはなるが触れてはならぬ領域。根拠こそないがそんな気がしてならない。
嘗てヴァロウズNo1、エルドラ・フィス・スケイルが『レヴァーラはあくまで人類の進化を望んでいると信じていた』そんな話をしていた。
生きた人間にもう1つの人格を埋め込もうとしたこの実験。全く身寄りのない生きた奴隷。そんな夢も希望も持ち得ない人間だけを搔き集めた。
されどそれらとは別に自分の内なる可能性を引き出してみたい。
そうした理由で集い、自ら実験体になるのを敢えて望んだ連中──結果その地獄というべき実験に打ち勝ったのは、そんな強烈なるエゴを抱いた輩。今のヴァロウズだ。
寄って今の能力を与える切欠をくれたレヴァーラに従うと判断しても決して不思議ではない。しかし彼女等とて所詮人間。利害不一致となれば自分の元を去って往く虚ろな仲間。
なお自分の意志と投げ込まれたナノマシン共の意志を共有し、たった1つだけ切望する力を手にした連中は、扉を開いた者と呼ばれた。
──我が何故こんな非道を歩んでいるのか? この可愛げしかない娘、それさえも知っているのか?
「──どうでも良い、今はどうでも良いのだ。此処にこんな可愛げしかない娘が寝ている。それだけで至福。先の歴史なぞ誰にも図れる訳があるまい」
「──んんっ」
「人という生き物は間違いだと知りながら着いて行く時が往々としてあるものだ。──楽…だからな。その方がお前も私も」
額に掛かるファウナの金髪をそっと掻き上げレヴァーラが微笑む。その笑み、彼女に在りがちな世界全てを小馬鹿にした嗤いでは決してない。
心の底から緩み切った本物の娘の寝顔に安堵する母親の如き優しみを湛えた笑顔で在った。
◇◇
「──短剣で立ち合いね? 私とお前が?」
不意にオルティスタから稽古の相手を頼まれたNo9が少々面食らう。浮島での一戦以来、オルティスタはすっかり短剣の虜と化したらしい。
姿形さえもあの時と同じ、緑色のパーカーとキャミソールのままでいた。大きな胸元で跳ねるネックレスと揃いのピアスがキラリと輝き誇張する。
「そうだ、これ迄の俺は死んだ。新しい剣の道を歩む──いや、炎舞を捨てる訳でない。俺なりに昇華させてみせる」
悲嘆に瀕していた彼女があの一戦で見せた本気の顔。その真剣な眼差しそのままを黒づくめの暗殺者にぶつけた。
──今更お前みたいな非凡な者に教える剣などないと思うね、少なくとも私には。
本気でそう感じているアノニモなのだが、その真剣なる表情を向けられては断る理由を見出せない。
「判った、やるなら本気ね」
「無論だ、宜しく頼む」
ダガー2刀をスッと抜き峰打ちになるよう構えるアノニモ。しかし逆手握りは殺意の証。
オルティスタも浮島にて獲得したアーミーナイフ2刀を握る。もう様になっているのは流石というべきか。
刃の側がやけに輝いて見える。浮島での戦闘直後であれば刃こぼれしているのが道理。余程研ぎ直したと見える。恐らく自分の手で丹念に。
火花散り合う本気の鍛錬が幕を明けた。
◇◇
「──リディーナ、お前さては寝ておらぬな?」
地下の格納庫にて、とある機械を熱心に組んでいるリディーナの背中。レヴァーラが友達としての声を掛けをする。
兎に角リディーナの多忙が過ぎる。
ビクロス2機の整備、奇跡を成したマリアンダと捕虜としたレグラズの状況調査。
何より彼女はレヴァーラに次ぐ役割がある。フォルテザという世界に類を見ない街を建造する。
これを宣言したのはあくまでレヴァーラ・ガン・イルッゾだが実働するのは彼女ではない。
現場責任者としての役割はこのリディーナが担っている。稀にレヴァーラも皆の前に顔出しするが士気を挙げる理由が大なり。やはり陣頭指揮はリディーナなのだ。
とはいえ根っからのエンジニア気質である彼女。街の設計&施工だなんて知る由もない。
ただネットワークを含めたインフラ整備という余りに好都合な解釈を押し付けられている次第だ。
声を掛けられリディーナが油まみれのその手を止めた。「ンーッ」と曲げっぱなしであった背中を伸ばす。
「昨夜は随分とお楽しみでしたね、フフフッ……」
「なっ!? ただ共に風呂に入って寝ただけに過ぎぬ!」
リディーナからの想定外の反撃で耳まで染めて狼狽えるレヴァーラである。たとえ寝ずに仕事をしていたとはいえ、気取られていない筈なのに。
「え、当たったのぉ?」
「お、お前さては計っな!」
計ったなんて大袈裟なものでない。ちょいと揶揄ってみただけなのだ。
「道理で今朝はやけに肌の色艶が良い訳だわ。私なんて徹夜続きで美貌を気にしてる余裕すらないから羨ましいわぁ」
「ば、馬鹿を言うな! 一緒に寝ただけだと言っている!」
このレヴァーラ、恐らく本当にただ森の女神候補生と一夜を共にしただけに違いない。だからこそ余計に弄り甲斐が在るというものだ。
「お、お前にばかり仕事を押し付けて悪いと感じてはおるのだ。しかしこんな物まで頼んでおらぬ」
どうにか話題を逸らそうと懸命なレヴァーラなのだが、それがかえってリディーナの笑みを誘発する。ただ確かに無駄話ばかりしてる余裕はないのだ。
「嗚呼……これ? これは仕事っていうより私の趣味だから気にしないでぇ。それに今から2時間寝るし大丈夫よ」
その作りかけの趣味とやらを見上げるリディーナの愉悦。碧眼がすっかり緩む。確かにこの大掛かりな機械、誰に頼まれた訳ではないのだ。
寝る時間すら惜しみたい。そんな大人の愉快がこれに詰め込んであるのだ。大地を踏みしめる姿を妄想すると年甲斐もなく心が躍った。




