第66話 不思議の国のなんとやら
風呂の縁に腰を下ろし足湯状態のまま語るファウナ・デル・フォレスタ。
これは長湯になるから湯あたりしそうと鑑みた上での行動。それでも人の体温をレヴァーラから当て付けられすっかり顔が上気している。
レヴァーラ・ガン・イルッゾ ≒ マーダであることを知り得ているファウナ。自分の力の根源もこれから語ろうという次第だが実の処たいした話は出来そうにないと思っている。
「──ねぇ、未確認生命体って知ってる?」
「Cryptidか? きな臭いモノ……その程度の認識だが」
そんなファウナがようやくレヴァーラの方を向いた。とても悪戯じみた幼い子供の様な笑顔。
「お、同じ様なモノなんだよ私達──貴女が言う自然体の正体はね」
「はっ? どうにも解せぬが…」
レヴァーラがファウナの言葉に驚き預けた身体をビクリとさせる。未確認……まるでファウナ自身をそれであるかの様な目つきで見つめる。
屈託のない笑顔とまるで穢れを知らない肢体の合わせ技。これは余りにも狡い。レヴァーラの中に潜んでいた少年がムクリと顔をもたげてしまった。
「──フフッ…マーダはエルフって見た事ある?」
「ない、皆無だ。空想上の存在だと認識している」
此処で突然のマーダ呼び。
話してるこの最中ですら、この娘は相手が透けて見えているのか。マーダは憮然と応えるだけだ。
「いるよぉ、いるいる。──だって私の森で知り合ってるから。火のない所に煙は立たないってね。他の亜人達だって存在してるの」
「な、何を突然……我を謀るつもりかファウナ?」
ファウナの仕草には実の弟に声を掛ける気軽さが在る。
これは歳上マウントを取りたいレヴァーラには、かなりむず痒いものがある。何より未だ話が見えぬと苛立っていた。
──既に正答とほぼ等しき内容を告げているのだ。だけども少年の心に囚われたマーダは汲み取ることがまるで出来ない。
──おかしい……こんなのぜ、絶対におかしいよ………。
今の自分は身も心もレヴァーラという大人の女性である筈……それなのにそれなのに、この金髪の美女と目が合う度、知らない夢心地に堕ちてく気がする。
「マーダ──私の魔導書はね、そのエルフに教わった精霊の話や術式の組み方を参考にしてるのよ」
──ハッ!?
驚いた顔でファウナお姉ちゃんの顔を見上げるマーダ。最早自分の顔が無垢な少年の赤ら顔であるのに気付けていない。
ファウナお姉ちゃん、とてもとっても狡いのだ。自分を溺愛してるいつもの彼女ならば、こうもスラスラ喋れるとは思えない。
「──あっ、その顔。少し判ったみたいだね。そういうこと。私の魔導書もオルティやラディお姉ちゃんの不思議な力もぜーんぶ同じ!」
「……う、うん」
ファウナが『そういうこと』の言葉に載せて6度、マーダのおでこを人差し指で突く。触れられた場所に意識が働き、まるで話が入って来ない。
「人間社会に良く在る言い伝えの力。あれは皆が知らないだけで実在する力なんだよ。深い森が精霊達を隠してるのと同じなの!」
お姉ちゃん? 或いはファウナ先生?
兎も角さも偉ぶって言い伝えている。レヴァーラも役に為り切り過ぎて正直異様だ。
このマーダ少年はどうして此処まで初心なのか?
マーダはアンドロイドであった頃、造り手のサイガンから様々な知識を植え付けられた。なかにはデータとして注ぎ込まれた内容も在る。
だがそれは所詮知識だ。
経験ではない。その差は余りに過酷である。
マーダとしておよそ30年という年月を経たにも拘わらず、親であるサイガンは所謂性教育の実践とやらを1つたりともさせられなかった。
そしてそのままレヴァーラと為った。
そんなレヴァーラがファウナの溺愛を初めの内、持て余したのもそうした理屈。大人ぶっているものの、実はファウナに教えて貰ったと言うのが概ね正しい。
だからこんなどぎつい初体験を受けたマーダは、もうどうにも為り様がない。
──少し考えて見て頂きたい。女の子と手も繋いだことない男が、ある日突然非の打ち所がない全裸の美少女から笑顔責めにあう哀れさを。普通でいられる訳がなかろう。
「──そ、そんな訳だからレヴァーラ。貴女の秘密に見合った話とは言い難い良い加減さぶりでごめんなさい」
此処で──此処まで引き上げといておきながら、突如現実へ引き戻すのがファウナという少女の怖い処だ。
自分の言いたいとこだけ済ませて、後は敬愛なる踊り子様へ投げ打つのだ。憐れマーダ少年は御預けを喰らってしまった。
そして金髪の美少女がその若さ全てを解き放つ。浴槽の縁から一挙身体を滑らせて、豊満な大人女性の肩を枕に寝そべる。もうこれ以上が無い程の密着。
「──ふぁ、ファウナっ!? な、何を……」
「もう駄目私、我慢の限界……」
ハァ……と甘ったるい吐息を1つ。ずっとずーーっと、こんなあられもない格好で好きな相手と夜すら明かした気分へ堕ち往く。実は精々まだ1時間といった処。
話題こそ真面目であったので、どうにか自我を保っていられた。だけど今夜話すべきお題目はこれにて終演。あとは全てを酒の所為にして、気になる男を堕としに掛かる様な有様。
「ふぁ、ファウナ。い、幾ら何でもふざけが過ぎ──」
若さ故の衝動をどうにか抑えようと試みたレヴァーラであったが、自分の胸元に居るファウナが目を閉じ自然のルージュを差し出していた。
これはもう、どうにも抗えないと覚悟を決める。
「──ンッ、ンンッ」
唇と身体を重ね合う両者。麗しくも妖しき絵画が瞬時に生まれた。暫しそのままの二人。体温より高い心の熱さ。人肌──そんな生易しさでは語れない。
「──れ、レヴァーラ……こ、今夜は一緒に寝て……欲しい。ほ、本当にただ寝るだけだから」
「ふぅ──判った」
やっぱり自分はこの娘にただ引っ張られてるだけの女だと改めて思い知らされた。
これだけの情事が在りながら2人はこの上に往く術を持ち得ていない。2人共々世間知らずの御嬢に過ぎない。
それにしてもだ。
魔法少女の真実──不思議の国のファウナという子供騙しにもならんオチで片付けられた。
──敵わんな、どうにもこれは。
可愛い娘を抱えながら顔を緩ませるしか芸のないレヴァーラなのである。
─ 第6部『人が創りし者と造られし者』 完 ─