第63話 復活の炎舞
ラディアンヌ。本名『ラディアンヌ・マゼダリッサ』
ファウナ・デル・フォレスタの護衛兼一番近くで幼い頃から御世話をしていた付き人。護衛としての彼女は武闘家として右に出る者がいない優秀なる人材だ。
『一子相伝の御業』と自ら称する呼吸術が不随している。光線銃で撃たれた腕の出血を止め、自分の体重を綿毛の如く軽くして敵の攻撃を往なしたりも出来る。
その不可思議ぶりならファウナの魔法や、同じ護衛のオルティスタの炎舞にも匹敵する。レヴァーラから人工的な力を受けた連中とは異なる自然体。
ラディアンヌが何かに気付いた。此方を向かず話を続けるレグラズを良い事に、ひっそりファウナに筆談で意志を伝える。
『──ア・ラバ商会の方々らしき呼吸を見つけました。伺った人数とほぼ一致します』
呼吸を見たとは何とも奇怪な表現だ。ファウナはその吉報を心待ちにしていた。相手に悟られぬ様、ラディアンヌの右手を優しくフワリと握る。了解の合図だ。
「──ではア・ラバ商会の人質達を解放しては頂けないという事でしょうか?」
目的はこれで半ば達せられた。それにも関わらず切実な声でファウナがレグラズに語り掛ける。
「当然だ。貴様ら金と技術はあるが人と設備が不足している。大方そんな理由で此方に出向いたのだろうが残念……アテが外れたな」
苛立ちが頂点に達する寸前でこそあったが、この小賢しい少女にようやく一太刀浴びせられた。これで僅かばかり気の晴れたかに思えたレグラズである。
「──レグラズ・アルブレン。では交渉決裂だな。此処から好きにやらせて貰うッ!」
不意に語り手がレヴァーラに転じる。スクッと立ち上がり、冷たく言い放つ宣戦布告。ファウナ最後の一言は懇願ではなく確認であった。
「──『 森の束縛』」
「なっ、何だこのツタは!?」
ヴァロウズのNo4を縛り上げたツタが木製の窓枠部分から伸び、あっという間にレグラズを雁字搦めに吊し上げた。
あの神聖術士すら切れなかったツタである。一介の軍師にどうにか出来るものではない。
「わ、私に手を出せば人質の命は……!」
最早こんな無能を晒す一言に頼るしかないレグラズ。しかし既に手遅れ、この場に居た道着姿の女が行方を晦ましているのに気付く。
──まさか!? 地下3階の牢屋迄走るなどと?
ドガッ! ドガドガッ!!
しかし駆けるまでもなかった──。
激しい打撃音と共に床が打ち抜かれてゆくのがレグラズにも容易に想像出来た。既に道着の女が牢屋の門番まで辿り着き、それらを打ち倒したに相違あるまい。
「デラロサさん、右斜め上の──」
『──あの不細工なアンテナだなァッ! 御嬢ッ!』
次はAI兵達をコントロールしている要石と言うべきアンテナの排除だ。ファウナが中途まで言い掛けた台詞を勝手に読み解いたアル・ガ・デラロサ。頭部20mmバルカンでそれを瞬く間に蜂の巣とした。
『──おっと、迂闊に動かない事だ。生身で銃身の弾を受けたら肉片1つ残りはしない』
外に配備してある4足歩行の兵器に乗り込もうとした兵士へ40mm口径の機銃を向けてマリアンダが脅しに掛かる。拡声器で拡大された声だけで敵を威嚇するに充分過ぎる。
さらに駄目押しが続く。
人質を風の如く解放したラディアンヌが表に現れ、残兵を拳一つで叩き伏せて往く。そして敵から強奪したアーミーナイフを2本、レグラズの私室に投げ込んだ。
それらがオルティスタの足元の床へ突き刺さる。無論、ワザとだ。
──ラディ? ……これは俺への当てつけか?
やはり戦士としての目が死んでる彼女。そんな相手に『武器を取れ』という素手の戦士からの煽り。
「貴女の炎舞、得物何か選ばないのでしょうっ! ファウナ様に雇われた護衛っ! ならばその矜持位、貫きなさいッ!」
拡声器を使っているビクロスファイター2人に負けぬ劣らぬ勢いのある声。部屋の硝子を震わせる程だ。
ファウナ達の居る部屋に次の増援が向かっているのだ。雇い主に迫る危機。今武器を取らねばただ飯喰らいと成り果てるのだ。しかもファウナとレヴァーラは一応得物が無い。
狭い入口だけに終らず、廊下に面した窓を蹴破り敵兵共が湧いて出て来る。恐らくこういう事態も想定した上での部屋の作りなのだろう。
一斉に襲い掛かる敵兵力。例え雑兵と言えど本気を出さねば雇い主達を守れやしない。「チィッ!」と舌打ちした後、床に刺さった2本を抜いた。選択肢など在りはしない。
「やるしかねぇってんだろッ! 炎舞『火焔』!!」
真っ赤に滾る両手のナイフで次から次へと火の鳥を描き飛ばしてゆくオルティスタ。四方八方から迫る敵を相手にするには実に理に適ったやり方。
父であり剣の師匠である焔聖が得意とした神へ奉納する舞。これを本気で飛ばして相手を火達磨にする。
「──『陽炎』!」
餌食と化した死体すら乗り越え、迫り来る新手に一転。火焔を花火の如く、カッと輝かせ完璧に視界を奪い去る。
敵兵達に取っての陽炎と化したオルティスタ。彼女自身の情け容赦なき剣舞が血の雨を降らせるのだ。
外から見ているだけでもその悲惨ぶりは容易に伝わる。透明だった窓が一瞬にして赤一色と化したからだ。
成り行きとはいえ本気を出した炎舞の担い手。そこいらの兵士なぞ雑草の様に無抵抗で狩られていった。
「流石私の姉様。身体さえ動かせば何とでもなるものです」
敵を笑顔で撲殺しながら、金髪翠眼の女戦士が喜びを露わにした。
『──え、えげつねぇ……。お前等を味方にして心底良かったと思うぜ』
──それにこれは完全に詰みだな……。裸の王将だけでは最早どうにもならん。
デラロサは完全敗北した連合軍大尉時代の屈辱に想いを馳せる。そして敵の司令官が当時の自分以上の敗北感に打ちのめされていると思うと少し哀れみすら覚えた。
「──クッ!? き、貴様等最初から交渉する気などなかったのだな!」
冷静なレグラズ・アルブレンが唾を吐く。実に体の良い面汚しにされたと知る。武器を捨てさせたのに、人型兵器の侵入を易々と受入れてしまった。
彼女等は最初から軍の爪弾き者など蹴散らせる事を世間に判らせる演出を整えていた。
そして欲しいものはア・ラバ商会に売る厚い恩。さらにこの浮島施設そのもの。邪魔な兵士はすべからずこれを掃討する。
ただ天井に浮島側最後の望みがぶら下がっているのをレグラズは知っている。敵兵は扉や窓からだけではなかった。天井にある隠し扉。此処に狙撃班と強襲班が残留している。
──逆転劇と思い上がってなどいやしない。さりとて一縷の爪痕位残させて頂く!
「──『流転』」
「ウグッ!?」
「ば、馬鹿なッ!?」
ファウナが静かに告げる理不尽。天井から狙撃した連中が自らの弾で撃ち抜かれて血を垂れ流す。
──馬鹿な人達、2度も同じ手に引っ掛かるなんて……ファウナの冷たき憐みである。
「──な、ならば直接ッ!」
「──『森の刃』」
最早我慢ならんとばかりに隠し扉から出現した兵士達。全く視線を介せずファウナが呟く。とても魔術の類とは思えぬ程、まるで力が籠っていない。
レグラズは目前に絶望を見た。
自分の兵達が刃物と化した無数の木の葉で斬り刻まれるその様を。森の刃は森の女神候補生に取っての低級魔法。
レグラズも何となくそれは察した。だからこそその理不尽極まりない圧倒力に絶望したのだ。