第62話 憤怒の連鎖
浮島の扉が開き、レヴァーラ達4人を飲み込んでゆく。これで黒い海の上は一旦落ち着くかに見えた。
「───空ですっ! 人型2機が此方に向けてダイブします!」
衛兵の1人がけたたましい声を挙げる。一挙に騒然と化す基地内部。
「ば、馬鹿な!? 索敵班は何をしていた!」
地上の綺麗処にかまけて空に対する警戒を怠るなど、どれだけ言い訳を並べても足りない。
「お、恐らく空挺機丸ごと光学迷彩で姿を消していたものと」
「まるで話にならん! 見えずとも感知する術があるではないか!」
余りにも粗末な報告に普段冷静なレグラズが当たり散らす。相手は飛行機である。視認出来ずとも熱源、音源、探せる方法は幾らでもある。
「───ね、熱源反応………も、申し訳ございません。確かに生物位の痕跡なら在りました、しかしエンジンの熱が全く…………」
「そ、それに音も一切しなかったのです」
───何を言っている? ジェットエンジンの熱反応処か無音だと!? センサー類の故障か?
何とも情けない声で在りのままを報告してきた兵達。レグラズは自身の聴覚に注意を向けたが、確かに風切り音すら皆無なのだ。
尤も何も無い空から突如出現した人型2機の対応に負われる喧騒で掻き消されつつある。
「あ、有り得ん……空挺機のエンジン音、それ処か風切り音さえも?」
レヴァーラ達に一杯喰わされた。
そんな屈辱感すら吹き飛ぶ事実に歯を食い縛るレグラズ。端正な顔が自分への怒りによって別人の如く歪む。
「───う、巧く飛ばせた!」
「───ったく、飛ばせた! …………じゃねぇよ。紙飛行機じゃあるまいし。生きた心地がまるでしねぇ」
空挺機が一切の音を立てずに飛べていた理由は最早言うまでもないだろう。だが最大の熱源であるジェットエンジンですら浮島の連中が察せなかった訳。これは解説必須であろう。
まるで子供の様な驚きで『飛ばせた!』とらしくなく燥いだのは意外にもNo7だ。近頃ただの風使いから本物の大気使いへ格を挙げつつある彼女。
両翼に在るジェットエンジン。これに一切頼ることなく、翼へ無数に取り付けた反重力装置で浮き上がった機体を起こした風へ載せたのだ。
よってNo10が言う『紙飛行機』とは非常に的を得ている。
こんな馬鹿げた真似、思いついても普通はやらない。全ての気配を消して敵との距離を詰める飛行機。面白味こそあるが制圧戦に於いて余り意味を為すとは思えない。
それにだ。
此処から出撃する2機、隠密処か敢えてド派手に往くのだ。
『───アル・ガ・デラロサ、グレイアード出るぞッ!』
『アルケスタ、エル・ガレスタ発進します』
巨大な戦闘服…………ロボットという子供じみた呼び名を嫌ったデラロサが戦闘服。これを略してビクロスと以後呼称することになる。
そのビクロス2機は光学迷彩なんて外連味帯びたものなど使わず、小細工抜きで落下するのだ。空挺機といいビクロスといい、意味不明も甚だしい。
『急げよマリー、基地の扉が閉じかけている』
『問題在りません』
エル・ガレスタが右手の甲辺りから太いワイヤーを噴出するとそれを基地内部へ送り込む。ワイヤーの先にアンカーが付いており、あっと言う間に白い機体を基地内に滑り込ませた。
先に出撃したグレイアードが置いてゆかれるかと思いきや、ちゃっかりそのワイヤーを握り、此方も敵地侵入を難なく果たした。
侵入同時に2機が互いのライフルの銃口を表に居た敵機へ向けて威嚇する。敵の機体の中でビクロスの様な2足歩行は皆無だ。大抵は4足歩行かタイヤである。
如何せん頭に重心が伸し掛かる巨大人型兵器は、そのバランサー開発に多大な費用と労力が掛かる。加えてそれに見合った能力が得られない。
兵器は汎用性と数がモノを言う。ビクロスは大変稀有な存在。元連合軍が潤沢な資金を注いだお遊びというべき代物。
「レヴァーラ殿、これは一体どうした事か? こんな無粋な客を招いた覚えはないのだが」
早速苦言を呈すレグラズ。確かに約束破りが酷過ぎる。
「───これは一種の見世物だ、レグラズ・アルブレン。音無しで出現した飛行機。それに敢えて人型を推し進めた結実をお目に掛けようという次第」
高身長で冷ややかな見下しを突き付けるレグラズに全く臆せず、恍惚の笑みで応えるレヴァーラである。
「私達に御支援を頂ければこの2機の技術開発位、惜しみなく提供致しましょう」
続けて知れ者顔で魔法少女が告げる親切。さりとてこれは挑発行為だ。『私達はそちらよりも遥かに優れた力の持ち合わせが在る』要はそういう事だ。
音もなく迫り来る飛行機を披露したかと思えば、人型兵器という押し付け。話し合いと言いながらハナから負ける気なぞ微塵もないのだ。
「───此処は賑やか過ぎる。私の部屋で応対する」
腸煮えくりかえる思いのレグラズ。精一杯の冷静を装う。その青づくめの格好の様に。
レヴァーラ達が案内されたこの部屋だけ、如何にも応接室といった体で出迎える。4人が座るには持て余し気味のソファーに大理石のテーブル。
とても優雅だが言い方を変えれば19世紀の様な古めかしさも感じさせた。ヨーロッパの貴族階級に憧れたチープさも同居している。
促される前にソファーへ腰を下ろしたレヴァーラ。友人の家に遊びに来た様な無遠慮。やがてメイドが珈琲と茶菓子を運びにやって来た。
───このメイド、ア・ラバ商会の人質かしら?
そんな些細なことをファウナはふと思った。
「───で、話というのは?」
レグラズは独り立ち尽くしたまま話を始めようとする。しかも窓の外を眺めてながらだ。外で手ぐすね引いていそうな人型兵器が気掛かりという訳だが横柄な態度であるには違いない。
「ア・ラバ商会…………何故あのような取るに足らない者達に嫌がらせをされるのですか?」
「取るに足らない? ───お嬢さん、アレが分け隔てなく武器等を密売しているのを知った上での発言かな?」
今回の首謀者であるレヴァーラの代わりにファウナが口火を切り出す。『取るに足らない』を復唱するレグラズの声色が上擦る。
「あの輩は正に死の商人。ま、この辺の小さな客相手にしている分は大目にみた。───が、そうもゆかなくなった。君達にも責任の一端が在る」
嫌味の深い言い方をする。この男、兎に角マウントを取りたいのは理解出来る。けれど口調が刺々しいので聞き手をかえってを不快にさせる。
「踊り子の力を継いだ血統達が世界を混乱に貶めたと?」
淡々と判り切った事を返すファウナ。此方の口調は終始穏やか、これはこれでレグラズを煽る一因と為りうる。
「そういう事だ。我々とてこの場限りの守りに従事する分には問題なかった。だがあれ程派手にやられては各々を守るだけでは往かなくなった。寄ってア・ラバ商会も無視出来ない存在と化した」
レグラズは正直かなりイラついている。判り切った事を何度も言わされている気分なのだ。これでは建設的な話し合いなど出来る訳がないと感じた。




