第5話 女神の健やかなる眠り
館の外で繰り広げられた武闘家ラディアンヌVs銃使いジレリノの戦い。
結果、銃使いというより最早トラップ使いと言うべきな方法で、ジレリノに軍配が上がる。
後は何も出来ないラディアンヌへトドメの銃弾をぶち込む簡単な仕事だけが残っていた。
しかし此処でぶっ飛んだ横槍が入る。何とフォレスタ邸が、爆散したのであった。
「ふぁ、ファウナ様ぁぁっ! オルティスタっ! そんな、そんな事って……」
──一体何がどうなってんだ? あの暗殺者。しくじったとしても自爆する程、献身的なお馬鹿ちゃんだったとは思えねえが……。
今にも死んでしまいそう身体を引き摺りながら泣き喚くラディアンヌ。
血に塗れ地面を這うだけでも痛々し過ぎるのに、主と慕い、大切な友すら灰燼と化したとなれば、流麗であったその姿の面影はもう何処にもない。
一方ジレリノとアノニモの関係は、この仕事だけの仲間という薄っぺらいものだ。
だがその程度の関係でも判る。あの如何にも狡猾そうな暗殺者が自爆という最終手段を使ってまで、仕事に従順だとは想像し難いのだ。
──ならば標的達が自決か?
それならば、まあ判らなくもないが、この金髪の武闘家が片腕を失っても、決して折れずに向かって来たことを思うと、中の連中と温度差が在り過ぎる。
そんな疑問を抱いた両者の前に突如現れる丸い旋風。多くの木の葉を巻き込みながら不意に出て来たその風が止む。
長身のオルティスタが、ファウナ処か、血だらけのアノニモすら担いで現れたではないか!
「全く──ファウナっ! 何でこんな奴まで一緒に救った!?」
「だって仕方ないでしょっ! あの状況で選り好みしてる場合じゃなかったのよっ!」
外の2人からしたら、オルティスタがファウナとアノニモも窮地から救った様に見えたのだが、オルティスタの剣幕によると、それはどうやら違うらしい。
──あの金髪の嬢ちゃんが二人を救ったぁっ!?
これがラディアンヌとジレリノの気分、全く以って同様の驚きである。
「──クッ!? 何か知らんがヤバイ気がするッ!」
真っ先に反応したのはジレリノであった。先ず、一番消しやすいラディアンヌを殺る。
逃走か或いは半死半生といった感じのアノニモと交代で戦うかは、その後で決めれば良い。
もし悪い予感が的中し、このボロ雑巾すら戦線復帰されてしまえば、形勢が最悪の方へと転がる。
ジレリノが身体を転がし、落としてしまった機関銃をどうにか拾って連射した。
またも銃声の届かぬ銃撃。それでもラディアンヌが標的である位のことは見抜けたファウナ。
オルティスタの次はラディアンヌの命の灯が、蠟燭の如くアッサリ消されてしまいそうだ。
──ラディアンヌまで!? 冗談じゃないッ!
「……『流転』!」
またしても魔導書を開いたファウナが空いた手をジレリノ側へかざし叫ぶ。
言葉の意味をまるで解せないジレリノだか、絶対服従の命令を受けた嫌な気分にさせられたのは確かである。
嘗て戦場で理不尽この上ない命令を下した上官か。
はたまた存在し得ない『神の名の元に我等が鉄槌を!』などと馬鹿をほざいて死人と化し襲ってきた宗教戦争を連想させた。
どちらかと言えば後者に近い。
そして次の瞬間、本当に神の理不尽を以ってその時間は現れた。武闘家へ向けて射出した筈の銃弾がジレリノの全身を貫いたのである。
「グアァァッ!? な、何だコレは?」
全く訳の判らぬジレリノである。自分へ霰の様に降り注いだ銃弾が、致命傷とならなかっただけ、不幸中の幸いである。
だがこれは余りにも理不尽が過ぎやしないか? 不幸中の幸い? これの何処に幸があるというのか?
「ラディアンヌ! さあ貴女も立ちなさいっ! 『森の美女達の息吹』!」
立て続けに、金色で長髪の娘がまたも判らぬ言語を唱えた様子が、酷い痛みの最中、見て取れた。
自分が全力を以って料理した筈の武闘家の女の傷が、何と治癒してゆくではないか。
しかも喪失した左腕すら再生を遂げつつある。
──あ、あの長髪の娘が全ての根源ッ!! な、何て腹立たしいッ!! アイツをやったのも、絶対そうに違いないッ!
「クッソ! ざっけんなっ!」
死ななかったとはいえ、自身に跳ね返って来た攻撃で動くことすらままならないジレリノ。
けれど悔しさの余り、らしくない一矢報いる反撃をやりたくてどうしようもなくなった。
もう両手はどうにもならない。とにかくあのふざけたガキへ引き金を引け! もう相手は反撃を警戒してない。
──殺るなら今だッ!
倒れた全身で機関銃を固定すると、何と足の親指で引き金を引こうとした。狙うはあのガキただ1人!
恐らく機関銃の発する熱で火傷を負うことだろう。しかしそんな事はどうでも良かった。
けれども憐れ──その様子を即座に察知したラディアンヌによって取り押さえられてしまった。
「貴女、何て勿体ない。握った武器の音を奪える能力。それを底上げ出来る巧妙なる罠…」
「──っ!?」
今度こそラディアンヌが、この青い髪の女に憐れみを告げる番だ。シレッと無音な銃器の正体を晒す。
「……相性ピタリの能力なのに、心の声を漏らしては意味を成しませんよ」
「クッ! ば、バラしやがって! に、人間に染み付いた癖ってのは、そう簡単に抜けやしないッ!」
金髪のガキの助け舟があるまで完封していた武闘家の忠告なんて聞く耳持たんという態度を露わしたジレリノであった。
「──フゥ、よ、良かった。ど、どうにか、なっ……て」
ドサッ。
「ファウナ!」
「ファウナ様!」
此処で殆ど1人で敵を退けたと言っても過言ではないファウナが気を失い、前のめりで倒れてしまう。
無理もない。この1時間に満たない最中、両親の死に大切な友達の命に関わる危機。
そして何より謎の力の発動……。寧ろ良く此処まで自分を保てたというべきだ。
慌ててファウナの元へ駆け寄るオルティスタとラディアンヌ。
綺麗な顔を汚してしまった。いや、何よりその手を自分達を助けるために穢してしまった。
ラディアンヌがうつ伏せのファウナを仰向けに正し、自身の膝を枕として充てがう。さも愛おしい顔でファウナの頭を幾度も撫でた。
「あ、あの2人を見ろ!」
不意にアノニモとジレリノが光の粒と化して消え失せた。驚いて声を上げるオルティスタである。
静かな森の夜が再び訪れる。フォレスタ邸こそ焼失したが、まるで何事も無かったかのような静けさ。
緊張でずっと両脚を踏ん張っていたオルティスタであったが、全てが終わったと悟り、崩れる様にその場にへたりこんだ。
「フゥ……お、終わったか。──それにしてもすっかり此奴に助けられちまったな」
溜息をつきながら穏やかな顔つきでファウナの方へ視線を送るオルティスタ。
「本当です、これではどちらが護衛か判らない」
ラディアンヌも同じ気持ちだ。歳の離れた可愛い妹がとんでもない爪を隠していた。
しかし今は、そんなこと暗い暗い森の中に潜む得体の知れない何かと同じ様なものだと捨て置く。
──この娘が生きてて本当に良かった……何物にも替え難い幸福が健やかに眠っていた。