第61話 招待状の無い舞踏会
──アル・ガ・デラロサがレヴァーラへ、ア・ラバ商会の状況を伝えてから4日後。
レヴァーラ・ガン・イルッゾが最早第一線級のしもべと化したファウナ・デル・フォレスタと護衛のラディアンヌにオルティスタを引き連れて、黒海の淵から浮島の基地を大胆不敵に眺めていた。
背後に巨大な白狼と化したチェーン・マニシングすら同席させている。隠密する気が全くない様子。当然敵側の警戒網にも掛かっているだろう。
さらにその数Km後ろにはアル・ガ・デラロサとマリアンダ・アルケスタをその愛機毎搭載した空挺機が待ち構えている。グレイアードでデラロサが出撃するタイミングは、もう間もなくといった処か。
浮島には周囲を監視出来る様、覗き窓が開いている。
ズギューーンッ!!
「──『流転』!」
その覗き窓がカッと輝きを放った瞬間、光線銃がレヴァーラ目掛けて撃たれたのだが、ファウナの一言でそれは空へと捻じ曲がる。
No10がフォレスタ家襲撃の折、ラディアンヌに放ったトドメの銃撃を理不尽に跳ね返したあの術である。
「ククッ……生でそれを見たのは初めてだ。機関銃は兎も角、まさか高熱線にすら通用するとは」
悠々とした態度を決して改めないレヴァーラであるが実際の処、ファウナの能力に戦慄している。尤も天斬の光線剣とやり合った電磁波を帯びた剣を持参してるので自分だけでも対処は出来た。
「武器の威力は関係ない、今の何とも無礼な一撃を放った相手の精神力。それを私の精神が超えたから成し得ただけよ」
冷静なるファウナの解説。いきなり堂々罷り越した現人神に落ち着いた精神状態で迎撃など出来る訳がないと踏んでいるのだ。
ファウナの途轍もない落着きぶりにレヴァーラが冷や汗をかく。だが作戦は出来上がっている。遂行に支障など在り得ない。
レヴァーラは反重力、ファウナ達は重力解放で宙に浮く。
「──今の不届きな一撃。我が『レヴァーラ・ガン・イルッゾ』と知っての狼藉かッ!!」
黒い戦闘服の胸を張り、光線銃の音すらも越える声量で圧力を掛ける。浮島の中では大層慌てふためいているに違いない。レヴァーラはジレリノの能力を用い声量を高めている。
「了見すら聞かず殺る気で在るなら此方とて容赦はせぬぞッ!!」
パチンッとレヴァーラが指を鳴らす。白狼が地面に爪を立て口を開き、黒い砲台を伸ばしてゆく。如何にも一撃で基地毎葬り去らんと言わんばかりだ。
これに浮島側は沈黙で応えるより他はなかった。次にファウナが女神の横に躍り出る。
「私の名はファウナ・デル・フォレスタでございます。私達は貴方達をアテにしているのです。どうかそちらで話をさせて頂けませんでしょうか」
一度抜いた白刃を鞘に納めるファウナ。それを御付きのラディアンヌへ手渡し頭を下げた。敵意無しをこれ見よがしにするその態度。これはこれで大胆不敵だ。
「──そちらで話がしたい……あの小娘確かにそう断言したな?」
此方は浮島の中。
連合国軍に所属するのを拒み、ア・ラバ商会の綺麗処ばかりを攫った輩である。
その殆どが如何にも荒くれ者といった中、独り蒼い長髪で長身の男が眼鏡を拭きながら冷静な態度を崩す事なく衛兵へ質問を飛ばす。
「例え形だけの礼節で在ろうとも此方も応じぬ訳にはいくまい──そのマイクを私に寄越すのだ」
命令通りその男にマイクが手渡される。聡明を絵に描いた様な存在。こんな切れ者を装う男が女共を人質に奪い、ア・ラバ商会を脅迫しているのだろうか。そんな愚劣をするのは少々解せない。
『私はこの基地の司令官『レグラズ・アルブレン』である。御大将自ら敵地に飛び込むとは何とも殊勝たる行い痛み入る。しかし話し合いで在るなら武器なぞその場に捨て置くのが礼儀でないかな?』
「──フフッ……これは勝手なる事を。早い話、完全なる白旗を掲げよとこの我に要求するか。とんでもない厚顔ぶりだな」
拡声器を通した冷静なる男の声にレヴァーラは苦笑を禁じ得ない。レヴァーラ側は最強火力のチェーン・マニシングを敢えてこの場に据えて話がしたいと宣告した。
要は有事の際、自分達すら巻き沿いの上、あの浮島を殲滅するのを示している。話し合いの場を設けるべく自らを人質と為すという意味だ。
それを承知の上でレグラズ・アルブレンという男は武器を捨てて投降するのが筋だと述べている。理知的な物言いながら勝手が過ぎる。
「構わない。私達には無手で戦えるラディアンヌが居る」
ファウナの呼び掛けに敢えて返答無しを貫く武闘家ラディアンヌ。コクリッと頷きでもしようものなら相手に気取られるかも知れないからだ。
尤もこの武闘家の活躍ぶりも既に世界へ晒している。但しどれも小者相手の争いばかり。元連合軍特殊空挺部隊の兵士達やAI兵を相手取った映像位なものだ。
ジレリノとの死闘やチェーン・マニシングとの戦闘記録などは何処にも伝達されていない筈なのだ。
「──良かろう! レグラズ・アルブレンとやら、そちらの要求を受け入れる!」
レヴァーラとファウナが手持ちの武器を全て地面に投げ出した。処でファウナもう一人の護衛、炎舞の使い手オルティスタは、ハナから何も武器を所持していない。
これについて実の処、レヴァーラですらその意味する処へ理解が及んでいない。一体何をさせる為に連れて来たのか……。しかも未だ戦意を逸した様子なのだ。
──まあ構わぬ、いざとなればファウナの腕時計で事成すだけだ。
No4パルメラ・ジオ・アリスタ戦からファウナが装備している腕時計型端末。
袖裏に秘めたこれさえ在ればファウナは、森の女神候補生としての能力を如何なく発揮出来る。寄ってレヴァーラは何も臆していない。
『了解した。では此方も警戒を解かせて頂こう。──女性4人……の認識で良いかな?』
武器を一切持たないたった4人の女性がコンクリの壁に閉ざされた基地へと出向く。もし彼女達の正体を知らぬ者が居るとするなら絶望へ赴く様に映るだろう。
「フフッ……その目は節穴か? こんな綺麗処4人で謀るものと思うてか?」
レヴァーラが空を歩きながら、まるで舞踏会の赤絨毯を踏んでいるかの如く厳かに進み始める。黒い戦闘服がまるで大胆なドレスの様だ。
随伴者達もそれに倣い、ゆっくりとついてゆく。
『これは失敬。正門を開くので堂々と来られるが良い。所詮は油臭いただの基地。大した持て成しは期待しないで頂きたい──どうか御容赦を』
──正門。四方どれも同様に見えた石壁の一つが真ん中を初めに上側へ競り上がり、少し遅れてその左右の壁も同様に動き始めた。
やがて戦車が3両縦列で出入り出来る程の入口と化した。