第55話 思いがけぬ幸運
ヴァロウズNo2、ディスラドの力の本懐『暗転』によって多勢に無勢であった筈の形勢が一挙逆転しつつある。
たった1人の剣士相手にNo6が巨大化した白狼。的が小さ過ぎる上に、下手打つと味方を巻き込むと思うと動けずにいる。
No7風使いのフィルニアは暗転の秘密に心奪われ、No8の水使いディーネは敵とは言い難い相手の殺害に戦意を喪失していた。
そして自らの無能ぶりに憤りを感じるリディーナ。此方も次の一手を見い出せない。
そんな最中、アル・ガ・デラロサの駆るグレイアードから尋常でない光弾が撃ち出される。
「──クッ! やってくれたな」
ディスラドの黒い片刃、それに映りしはただの光、光、光の限り。グレイアードが放ったのは紛れもなく閃光弾。
それもありったけを一斉にぶっ放すのでなく、立て続けに撃つことで少しでも此方の時間を伸ばそうとした。
相手の力の正体? そんなもの考える暇が在ったら勝利のみに専念する。流石争い慣れしたデラロサの判断といえよう。
加えてこの身体が勝手に働いたこのやり方を味方に知らせるヘマなぞしない。敵に察知されては徒労に終わる。
──お前等、一度は俺の大事な兵隊共を蹴散らした凄腕だろ? ならば声掛け何て無粋ッ!
デラロサは今の味方の勇猛さを少年の様な無邪気さで信じるより他はないのだ。
「──『閃光』!」
デラロサの期待通りに先陣を切ったのは、意外にも作戦参謀を気取っていたリディーナである。巨大で蒼く光る盾を前面に押し立てディスラドへ突貫を試みる。
知っての通りレヴァーラとリディーナの2人が着装している戦闘服の在り方について、根本的な着眼点は同じである。要は装備する人間の力を最大限に引き出すのが目的。
加えてレヴァーラが閃光を扱えた様に、リディーナも同じく使える。この2人の決定的な違いはただの一点。それは戦闘服と同調するのに不可欠なとある物体の濃度の違いだ。
こればかりはどうしようもない。レヴァーラとリディーナでは根本的な出来が異なる。これ以上の理屈をこの場で語るのは止めておく。
──クゥッ! か、躰が悲鳴を挙げているっ! こんなの1分と持つ訳ないじゃないっ!
剥き出しの顔を歪めるリディーナである。それでも決して突出を止めない。自分のぶちかましだけに全集中だ。
ほんの僅かでもあのディスラドを揺らすことが敵うなら、後はうちのナンバーズが引き継いでくれると信じて疑わない。この場に於ける自分は無策──だがNo0の意地は通す!
──勝機!
この一瞬を見逃す程、No7は甘くない。旋風を巻き起こしながら、リディーナに追い縋る。
──動くんだ僕! 今は何も考えるなッ!
泣き崩れていた筈のNo8。歯を喰い縛って立ち上がる動作と共に、自分の背中の空気に混じる水蒸気を凍結させ、そいつを思い切り蹴って飛び出す。
──もぅ、考えても仕方がねぇッ! 味方を巻き込む? そんな気回し僕には無用ッ!
チェーン・マニシングが全身のミサイルを撃ち尽くす。自分は元々誰も頼らぬ存在で在ったことを思い出した。
──グレイアードは残弾ゼロッ! ならばこうするより他は在り得んッ!
デラロサは迷わずコクピットを開き、後方へ自分を引き出す。彼自らパイロットスーツ兼強化服で光線銃を握って飛び掛かる。
つい今しがた迄、まるで勝ち筋が見えなく路頭に迷うかに思えたリディーナ陣営。一気呵成に畳み掛ける。この機を逃す訳にはゆかない。あくまでこの戦いの主目的はNo2を抑え込むこと。
なれどもそんな悠長言ってられない。──殺るッ! 出し惜しみナシッ!
「グッ!?」
先ずはリディーナの特攻が成功する。盾による全速力のぶちかましは功を奏した。
立て続けにチェーンの放ったミサイルがディスラドの足元を例外なく噴き飛ばした。これでは体勢の立て直しのしようがない。
残るはNo7とNo8。そして後ろに飛び出した分、僅かに遅れたデラロサの3人掛かりだ。閃光弾の輝きは失せつつある。しかし誰を相手取るか? それに思考を割くゆとりは無いかに思われた。
「──甘いな、詰めが甘いぞ軍の犬」
敢えて言おう。デラロサの突出だけは余計であった。
彼の姿を黒い刃に映しその位置と入れ替わったディスラド。これでデラロサの背中に回り、グレイアードという足場すら得た。
デラロサが飛びださなければ成し得なかった幸運。それぞれ別方向から迫るフィルニアの剣か、ディーネの手に寄って戦死は免れなかった。
背中に絶望が走るデラロサ。
自ら編み出した機会を自分で不意にするとはなんたる不覚。自分だけ──愚かしい己だけで済むならまだ良い。
自分が虚しい屍を晒した後、此処にいる皆が墜とされるは必然。侍なら腹斬って詫びたい気分だ。
ズギューーーンッ!!
「なッ!? この砲撃は何処から?」
誰もがまさに暗転を感じた刹那、在り得ない方角から撃ち出された巨大な光の粒子の帯が、ディスラドの右腕だけを撃ち抜いたのだ。これでは剣を握る処ではない。
リディーナ勢が一斉に、その砲撃の軌跡を辿る視線を送る。
『──ハァハァ…。や、殺らせないッ! アルだけは、決して殺らせはしないッ!』
無線で届く必死な息とその決意。相反する若い女の甲高い声。連合軍・元空挺特殊部隊の最新鋭機が見せる銃口。無表情な単眼面がやけに勇ましく思える。
マリアンダ・アルケスタと最大火力の荷電粒子砲による、会心の一撃であった。
──ば、馬鹿なッ!? あ、在り得ないわ! あんな火力をまともに受ければチェーン以外の全員が灰すら残さず蒸発するのにッ!?
この幸運を手放しで喜べないリディーナが色を失う。あの荷電粒子砲の威力なら、例え当たらなくても脇を掠めただけで誘爆するのだ。
──ま、まさか狙ってやったというの!? あの19歳の少女が!?
そんなやり方、自動に任せて出来る訳がない。10km以上は離れたこの場を、自分の目とメインカメラの映像頼りで人間1人だけ目掛けて撃ち抜いたのだ。
激しい流血と共に地面に落ちたディスラド、やがて気を失った。謀略何て全く意味を成さなかった勝利である。
『──ま、マリィィーッ!! 戦いは終わったァッ!! もう決して撃つんじゃないぞッ!!』
『──こ、了解』
慌ててグレイアードの無線を飛ばすアル。その命を受けたマリーは応答と共に意識を失う。たった一発の銃撃に己の持つ最大限を込めたマリーであった。
──デラロサを救う為、この場で力に目覚めたというの!? あのマリアンダ・アルケスタがッ!
これまで軍の歩く機密を操作出来る。それが唯一の売りであった筈の彼女。新たな力に目覚めたとしか言いようのない結果を呼び込んだ。
殺さずにNo2から勝利をもぎ取る。
この途轍もない難関突破を独りの少女の密かな想いが呼び込んだ。




