第54話 暗転
──あの天斬をレヴァーラ1人で完封するだなんて……。
レヴァーラ・ガン・イルッゾの宣言をSNSで観たリディーナが想像以上の結果に驚いている。閃光の仕込みは当然彼女自身の考案だ。
それにしてもあの剣の申し子をほぼ1人だけで圧倒するとは想定外。故にNo9、No10を随伴させ、加えて女神候補生とその御付きの2人すらもメンバー入りさせた次第だ。
要は皆で寄ってたかってやれば勝利出来る。何とも酷い物言いだが、それがリディーナの正直な未来予想図であった。
ただ別の意味での予想外も存在した。あの賢い魔法少女、人が精製したただのAI兵に足元を掬われた。
ついでにあのくノ一みたいな女剣士さえ、実質手も足も出ずNo10の御世話になった。
要はレヴァーラ配下に後から入った兵隊組が満足ゆく機能を果たせなかった。あの自然体達は、再評価すべきかも知れない。
それはさておきレヴァーラである。いっその事、このままでも有りかも……当人に話を振っていない身勝手な思慮に耽っていた。
「──フフッ……向こう側、随分派手に暴れたものだ。彼奴等が此方に居ない理由、こういう魂胆だったとは」
ディスラドが憮然とばかりに腕を組む。自分より位の低い天斬相手に明らかな主戦力を割いていたのが面白くない。
「そう──貴方もアレ位ぶち上げてみたいのではなくて? これでお判りだと思うけど私達の本拠地、今は完全に空き家です」
終始顔を緩ませたまま話すリディーナを実に忌々しいと感じるディスラド。──レヴァーラの腰巾着の癖に、まるで首領の振る舞いだと憤っている。
「貴方も家を壊されたし、いっそ私達の家もドカンッってやっちゃいます? フフフッ……」
「その手に乗らんぞこの年増女。あれは最早、現人神と持て囃される1番手となった。神様の家などぶっ飛ばしたら、俺様が異教徒扱いされてしまう」
年増女に眉を顰めるリディーナである。間違っちゃいないが、だからこそ余計に腹立たしい。
しかも他の指摘も概ね正しい。自分で築いたエドル神殿という傘に縋り、神を気取ったディスラドとは、真逆の形でレヴァーラは神を演じきって見せた。
あの白いビルとこれ迄のシチリアに有り得なかった街並みを遂に抜け出し、我こそ頂点と宣言したのだ。以後、我等の街は新世界の神が住まう処と話題に挙がることだろう。
今の彼女は言わば生き神。神の居留守を狙い討つ、反乱分子としての色合いをより濃くするだけの愚かしい行為だ。
「──えっ、アンタそんな細かいこと気にするタマなの?」
「確かに意外だな。美人を爆弾にしてる時点で、お前の世界評価は底辺だろうに」
No8とNo7による辛辣な物言い、冷ややかな視線で刺す。それにしてもレヴァーラ組の勝利が決まって以来、この連中の悠長な喋りが絶えない。
「ア"ッ? アレは俺様の愉悦──何人たりとも俺様の芸術を侮辱するのは大罪だぞ。まあ、良い……此方の遊びを続けようか」
随分と身勝手な解釈である。それはそれとして黒い片刃の剣の柄をディスラドが握り直した。
「──な、何よアンタ。この期に及んでまだやる気なの?」
だいぶ気を緩めていたディーネが慌てて正面を睨み身構え迎え討つ準備をした。
「グッ!?」
──な、何故? どうしてアンタが背後にぃ?
前から襲って来た筈のディスラドがディーネの背中で後ろ手を捻っている。その動き、ディーネだけでなく周囲の誰にも知覚出来なかった。
──でも良いのかしら? それでこの僕を封じたとでも? この水使いに直接触れたらどうなるか……。
ディーネの思考、本来なら的を得ている。
後は彼女の思うがまま、このふざけた金髪野郎の体液を沸騰させるか、或いは血液でも凝固させるか。如何ように出来る条件が揃っている。
「──『暗転』」
しかしディーネが血液を凝固出来た相手は、1人の憐れな美女で在った。
「ハハッ! 遂にただの女をその手に掛けたなNo8! どうだ今の気分は? ようこそ此方側へ、ククッ……」
「そ、そんな。そんな事って……」
ディーネが自らの最悪に身悶え、融けた氷像の様にその場に崩れる。目が虚ろなディーネは珍しい。
「ディーネェッ! 気をしっかり保てぇッ!」
──ば、馬鹿な!? ま、またしても何もこの目に映らなかった!?
普段冷静なフィルニアが放つ怒号。隣にいた相棒の肩を容赦なく揺する。
そう、確かに彼女はディーネの傍らに居た。それにも拘わらずディスラドの行動を全く感知出来なかった。
「い、一体何がどうなってやがるッ!?」
ディスラドの変遷ぶりをグレイアードのメインカメラ越しに見ていたアル・ガ・デラロサにも戦慄が走る。映像だけではない、各センター類も見たままと同一の反応なのだ。
判ったことは2つ、暗転という呟きとそれに呼応するかの如く、黒い刃を反転させているということだけだ。
「ハハッ、驚いてやがるな。神に選ばられた俺様だけに与えられたこの能力! まあ……無理もない。この中でこれを知っているのは閃光使いだけだからな」
──これはいけないっ! No2を本気にさせてしまったっ!
もう流石に笑みを浮かべてはいられないリディーナである。閃光使いなどと煽られたが、この能力に対抗する術を知らない。
ディスラドの怪しい動き。それは圧倒的な速度とか、そんな類のものではない。この場に着装したレヴァーラが理不尽な閃光すら行使したと仮定しよう。
それだけであの天斬の様に負けに誘えるとは思えやしない。
──暗転。
それはあの黒い刃に映った内容の白黒を反転させる不可思議なる能力。しかもレヴァーラとリディーナがディスラドという素材を見つけた時、既に持ち合わせていた。
ヴァロウズの1番目と2番目のみ、特質した能力を最初から秘めていた。これが3番目以下との歴然たる差なのだ。
──このディスラドと対等に渡り合うとしたら独りだけ……。うちのNo10が撃った銃弾を説明のしようがない何かで捻じ曲げた、あのファウナ以外に在り得ない。
ずっと緩み切っていたリディーナの顔に暗い影が立ち込めて往く。ディスラド神殿さえ破壊し、後は此方側の神による天罰を存分に見せつければ、この馬鹿は戦意を喪失すると決めつけていた。
予想される状況を幾重にも準備しておき、柔軟な対処で押し流す。思い込みとはリディーナが嫌う最たる恥ずべき行為なのに。
ディスラドに勝てる駒が此方には無い。計測し得ない自然体には、同じ自然体をぶつけるべき。そんな演算にすら値しない判断を成し得なかった自分に立腹した。




