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第53話 圧倒的狂気の果て

 天斬(てんざ)──本名『袴田(はかまだ) (つるぎ)


 (ごく)ありふれた家庭で生を受けて、無論戦乱などとうに捨てたこの国で平和な日常と共に成長してゆく。精神を(きた)えたいが為に剣道を始めたのも、とても在りがちな話であった。


 剣道──早い話がルールに(のっと)った健全なるただのスポーツ。それはこの少年の(かわ)きを満たすに至らなかった。勝っても負けても死ぬ処か、打ち所が悪い時に怪我負(けがお)う位が関の山(せきのやま)


 ──こんなものを()()()だなんて馬鹿げている。俺は真剣──触れただけで相手を傷物(きずもの)にする本物を望む。


 彼に取っては竹刀剣術こそ(むし)()()に思えた。15歳に(元服と)して親元を抜け出し、ナイフ、(なた)、ダガー……手に入る刃物を全て手に入れ渡り歩いた。


 こんな男だ。斬り試しの相手にしたのは野犬や野生動物だけで(とど)まる道理がない。食う物に困れば強盗さえも平然とやった。


 やがて世捨て人の如く少年院に送り込まれた際、身元引受人となったのが彼の剣術の師匠であった。平和を枕に惰眠(だみん)(むさぼ)るこの国で、自分の狂気を受け入れる器があるとは思えなかった。


 ──が、迎えに来た者の目と肌の色を見て合点(がてん)がいった。何と青い目した白人であったのだ。殺しを生業(なりわい)にする傭兵達(ようへいたち)を育てる施設の関係者だ。


 こうして天斬と名乗る剣士が生まれ、戦地で血を求めるその(さま)をレヴァーラに寄って見初(みそ)められた。


 ◇◇


 ──剣とは狂気。此奴と俺のその差を()める為に一体何が必要なのだ?


 目にも止まらぬ打ち合いの最中、思考を巡らす天斬である。互いの右腕同士は手首の返しが使えぬ直刀。

 腕の振りこそダイレクトに伝わるが、どうあっても動き(モーション)が大きくならざる得ない。その分手にした剣なら(わず)かの所作(しょさ)で次に移れる。


 これ程まで伯仲(はくちゅう)した争いとなれば、レヴァーラが左手に握る振り抜き(やす)い小刀がものをいう。右腕同士が斬り結ぶ間、レヴァーラの左が好きに振舞い天斬の(すき)と手傷を増やしてゆくのだ。


「──なッ!?」

「フフッ……これで互角以上だ」


 何と天斬、命散るその(きわ)でさらなる狂気を平然と(さら)す。右腕の次は使い道を失った左指先だけをレヴァーラの小刀相手に献上(けんじょう)したのだ。


 5本の指から生える長い爪の様な蒼き光の剣。手首処か指の動きだけで自由に出来る剣を増やした。


 武士(もののふ)とは自身を死人と仮定し狂気の先へ征くと言うが、自分の死期が見えているこの男。死すことさえも己が得物(武器)とする事でこの境地の更なる上へ飛躍(ひやく)を果たす。


 ──グッ!? こ、これは面白くないッ!


 早速レヴァーラの左手の指へ亀裂(きれつ)が入る。小刀を握る握力がこのままでは(いっ)してしまう。閃光(エンツォ)に自分の(からだ)が耐えられるまでもう1分と無い。


『──残り1分? 貴女……間違ってるよ、その思考』


『──そうだな、残量を気にする狂気? それでは意味が通じない』


 この在り得る筈のない突如(とつじょ)なる意識の介入。


 これがレヴァーラのさらなる覚醒を呼び覚ました。彼女の全身から漏れ出す緑の輝きが右腕だけに集約される。さらに惜しげもなく左の得物を自ら落とした。


「1分も要らぬわ俗物(ぞくぶつ)ッ! 貴様の小賢(こざか)しい狂気とやら、このレヴァーラ圧倒するッ!!」


「グヌッ!? ば、馬鹿……な」


 勝敗は一瞬で決した。

 天斬の右腕も左手も関係ない理不尽たるその暴力。(まじ)わった蒼き輝きを一掃(いっそう)し、胸元を穿(うが)一閃(いっせん)。同時にレヴァーラの閃光(エンツォ)とやらも消失した。


 自分が動ける時間残り1分──そんな思考さえも捨て、己が右腕に残りを全振りしたのである。実に単純なる(シンプルな)結実であった。


 ただの亡骸(なきがら)と化した天斬がズルリッと地面に落ち往く。ブンッと右腕を一振りし付着した血糊(ちのり)を払うレヴァーラ。そのまま天へと突き上げた。


「──見たか愚民(ぐみん)共! この力こそレヴァーラ・ガン・イルッゾの真なる力ッ! そして我が力を与えた恩を(あだ)と為した者の末路(まつろ)であるッ!」


 声高らかに勝ち名乗りを挙げたレヴァーラ。天も味方したが如く、曇天(どんてん)から陽光が漏れ、この女帝(じょてい)を祝福しているかのような絵柄(えがら)と化した。


 リディーナ達の戦闘が中継されているのと同じく、この様子も全世界へ発信されている。自分が()いた(戦乱)を自らの手で蹴散(けち)らすという宣誓(せんせい)を見事達した。


 これを観てなおもただの踊り子と揶揄(やゆ)する者は、愚者(ぐしゃ)(ののし)られることだろう。ただ一つ口惜(くちお)しきたるはこの方法を提案した(ファウナ・デル・)当人(フォレスタ)が深い手傷を負ったことだ。


『──ジレリノ、茶番は終わりだ(中継を止めよ)


「へいへい、了解(Copy)


 この場に於ける争いは全て終結した。後は溺愛(できあい)するファウナがひたすら心配である。寄ってTV、配信、すべからず放送を切り、傷を治せぬ魔法少女の元へ駆け寄るただの女と化した。


息災(そくさい)であるかファウナよっ!」


 ファウナは無事であった。ラディアンヌに『糸を使って止血しろ』と伝令したのは勿論No10(ジレリノ)である。


 オルティスタの師匠、焔聖(えんび)にトドメの銃撃を加え、腹に深い傷を負ったファウナを救う指示を出した彼女。この舞台(戦場)を裏で演出(プロデュース)した立役者だ。


 但しこの舞台装置(蜘蛛の糸)を仕掛けたのはファウナであるのは言うまでもない。何より総監督と言って差し支えない。


「ファウナ様は気絶こそされておりますが、命に別状(べつじょう)はございません」


 ラディアンヌは心根で歯痒(はがゆ)く感じつつもレヴァーラへ鄭重(ていちょう)に返答した。

 よりにもよって自身が敬愛(けいあい)するファウナが(こしら)えた安全装置が在ったと言うのに、その当人だけが酷い扱いを受けたと思っているのだ。


「そうか、済まない。──が大義(たいぎ)であったぞラディアンヌ。アノニモにも要らぬ苦労を掛けたな」


 実に意外なるレヴァーラのしおらしさ。

 ラディアンヌとアノニモは、声は出さずに頭だけ下げ返礼と為した。


 ──後は……。


 渇きに乾き切った自分の父を地面に寝かせ、茫然自失(ぼうぜんじっしつ)といった顔で見つめるオルティスタへ視線を向けたが、こればかりは掛ける言葉を持ち得ないと感じた。


 ──しかしあの声は一体何処から飛んでどの様にして我の意識へ届いたのか?


 これは散々ファウナと打ち合わせしていたレヴァーラにしてもアテが判別出来そうにない。恐らくそこで寝ているファウナとて同じであろう。


 ──観ていたかリディーナ、此方は台本(シナリオ)通りやってのけたぞ。No2(ディスラド)の方、精々(うま)く扱ってやれ。


 地元で争っている戦友に想いを()せる。ファウナという少女に()うまで、自分を導いたのは他ならぬ彼女だ。だから心配などしていない。


 第一このレヴァーラに取って初戦と言えるものが終わった直後だ。人の心配をしている余裕など毛程も残っていない。


 寄ってこの戦いの裏側にて異なる第三者が暗躍(あんやく)しているのを察知(さっち)出来なかった。これがやがて戦局を混沌(カオス)(おとし)めるのだ。


 ─ 第5部『世界の片隅で起きる戦争に見向きもしない人々』 完 ─

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