第48話 己が魂の剣を振るう
再び日本の戦場である。2か所で戦いを演じている、やると決めたレヴァーラ一派の動きが慌ただしい。No3の剣に殆ど引けを取らないレヴァーラ・ガン・イルッゾ。
イタリア語圏の男性にありがちな名前、『エンツォ』という言葉をレヴァーラが呟いた途端、彼女の全身から緑色の神々しい輝きが噴出した。
さらに天斬すら知覚するのが危うい動きを見せ、その背中を斬ってみせる。
天斬に取って致命傷にこそ至っていないが、背後を易々と奪われたという時点で既に致命的と言えるのだ。
「───『森の美女達の息吹』」
レヴァーラの命に従い、ファウナ・デル・フォレスタがNo9とオルティスタの傷を治癒する。
そこへ残党を無力化したラディアンヌも合流した。彼女は無傷、流石素手で刃の上を往く者だ。これしきの戦いで遅れは取らない。
「すまん、助かった。しかし一体アレは何だ? アレもお前の掌の上か?」
「───私も知らないね、あんなレヴァーラ」
地面に座り込んだまま、酷く驚いた顔でレヴァーラを凝視するオルティスタ。直ぐ隣にいたアノニモが首を小さく横に振った。
アノニモもオルティスタも曇天の闇を動いた緑の軌跡としてなら視覚に捉えてはいる。だがその動きをイメージ出来ているとは正直言い難いのだ。
「違うわ……あ、ある程度は予測出来てた。何せ私が言い出しことだし。だけど私だってあんなの知らない…………でも」
それはそうだろう。
何しろレヴァーラに戦闘服を提案したのは、他の誰でもないこのファウナなのだ。だから使いこなすのは予想の範疇でなければおかしい。
ただこの不可思議な現象迄は完全なる想定外である。しかしそんな理屈など、どうでも良い熱き想いがこの少女を胸熱にさせた
「───でも、素敵ィッ! 最高ッ、流石私のレヴァーラッ!」
───全く…………『全部避ければ良い』って言ってた癖に。本当に凄いよ貴女。
ファウナがまるで『見て見て! 私のお姉ちゃんが凄いのよ!』と言わんばかりに指差し大燥ぎだ。完全にただの子供、レヴァーラ様の1ファンと化す。
「はぁ………お前のそういうとこ、本当ブレないよな」
これにはオルティスタはおろか、色恋沙汰などまるで興味が無いと思われたNo9でさえ、白けた顔で溜息を吐く。
「ふぁ、ファウナ様…………」
独りガクッと項垂れるラディアンヌ。ほんの一握りで良いから、その笑顔を自分への褒め言葉として分けて欲しいものだと思う。
───しかしまあ判らんでもない。アレは余りにも圧倒的過ぎる。
同じ刃物を握るオルティスタとアノニモとて、レヴァーラの力の有り様を認めない訳にはいかない。だがその変わり様を手放しには喜べない恐ろしさが付き纏っていた。
「アーハッハッハッ! 最高だな、真なる戦闘服の力というのはッ!」
「グッ!?」
声高らかに笑い二刀であの天斬を追い詰めるレヴァーラ。これ以上ない玩具を手に入れた幼児の如き燥ぎ様だ。何故か電磁を帯びていない短刀ですら斬り結べている。
この目にも止まらぬ強襲をどうにかしている天斬も流石だ。しかし大いに冷や汗をかく。
天斬とてただ負けてはいない。光の刃だけをそこら中に散らし弾幕と為す。これでどんなに神速な者であろうが、此方へ飛び込む道筋を絞れる筈なのだ。
───但し、相手が普通ならの話だ。
けれども今のレヴァーラにはまるで通用しない。埃でも払う体でアッサリと弾幕を押しのけ、真っ直ぐに飛び込んでゆく。
───しかし余り長く余韻に浸っている時間はあるまい。
どれだけ着装した物で力を底上げしようとも、自らの身体が人間で出来ている限り、この異常たる反応速度に追いつけなくなる。精々5分といった処か。
「───一気に畳み掛けるッ!」
───来る!
笑顔を消したレヴァーラが襲ってくるのを感じた天斬。レヴァーラの剣から固い手応えが不意に為りを潜めた。代わりに柔らかなものを斬り裂いた感覚。
天斬の右腕が肘下から失われ、代わりに光を束ねた剣として現れたのだ。
「な、何ぃ!? き、貴様っ!」
「───ゆ、油断したなレヴァーラ。殺れると思った時こそ、最大の危機が口を開けているもの。やはりお前はただの踊り子だ!」
天斬の胸を貫こうと超近距離に迫ったレヴァーラが確かに迂闊と言えるのだ。5分という短い時間の中、決着を焦り過ぎたかも知れない。
これは天斬だけに許される好機。
元々の得物を惜しげもなく捨て、右腕でその攻撃を受ける。その刹那、斬られた腕を剣と成し、密着したレヴァーラの胸を串刺しにしようと企んだ。
身を切らせて骨を断つと良く言うが、骨すら斬らせても決して折れぬ己が魂。天斬の覚悟、称賛に値する。
天斬の光を収束した刃。
これは武器による力ではなく、天斬当人の能力値によるものだ。それはレヴァーラとて重々承知していた事実。だからこそ迂闊と言わざるを得ない。
しかしエンツォの力を使ったレヴァーラとて、ただでは殺られぬ。咄嗟に身を引き串刺しではなく、心の臓に刃が届く一歩手前でどうにか凌いだ。
「共に連れて往くッ!」
「ぬかせ小童ッ!」
最早剣の化身と化した天斬。満身創痍の血塗れで在りながらも、戦いの中で決して違わぬその決意。
辛くも屍を晒すことを避けたレヴァーラとて、当然怯みなどしない。彼女に取って天斬とは或る意味子供みたいなものだ。
「───レヴァーラァッ!!」
「手出し無用ッ!」
一挙に形勢が五分に傾いたの見て堪らず絶叫するファウナ。だが溺愛する娘であろうとも、邪魔は赦さぬレヴァーラの意地。
レヴァーラと天斬の剣、今や目的は不要と化した。
純粋にどちらが強者か? ただそれだけを追い求め、互いの右腕を取り憑かれたかの様にひたすら振るう。もう何人たりともこの争いへの介入など許されない………かに思えた瞬間。
───意外!
もう一つの蒼き刃でなく、何と紅い剣がその間に転がり込もうとするではないか。
2人の壮絶なる剣士の戦いを観てるうち、オルティスタの血と握りし剣が、勝手に滾るのを止められてなかった。剣士としての本能が、勝手に躰を動かしたといった処か。
カキンッ!!
なれどその邪魔立ては、同じ紅き剣に寄って遮られた。オルティスタは信じられない者に我が目を疑う。
「───この馬鹿弟子が。真剣勝負の間に入るなど言語道断じゃろう。傭兵稼業なんぞに現を抜かす訳だ」
自分より遥かに背丈があるオルティスタを蔑む細い視線。
「な、何だお前は!?」
「勘違いするなよ若造。貴様とて儂から見ればただの外道よ。ただ馬鹿を仕出かした弟子が態々此処へ帰ってきおった。だからけじめを付けに来たのだ」
オルティスタの師匠を名乗る小柄の老人。
不意の介入に戸惑いを見せる天斬。それすら同じ目で睨みつける老人。得も言わせぬ雰囲気が漂う。
「───オルティ……!」
「駄目だファウナ。これは俺と師匠の喧嘩。他の皆も邪魔すれば俺自ら斬る!」
せめて姉貴分の手助けに入ろうとしたファウナへ滾る剣を差し出し止める。完全に目が座っていた。
「師匠っ! 貴方こそ力があるのに何もしなかったではないかっ! その耄碌した目を覚ましてやるっ!」
「相も変わらず口が先に出るのじゃな、お前さんは」
互いの紅い剣を中段に構え、本気で睨み合う両者。此方は如何にも達人同士の立ち合いといった静かなる始まり。同じ魂を持つ同類の争いが意外な形で幕を開けた。