第47話 引かせたくない最期のトリガー
此方は再びNo2が住まうエドル神殿前の人工的な盆地。
美女達が次々と火種にされるのを黙って見ていられず、先陣切ってグレイアードと共に戦闘を開始したアル・ガ・デラロサ。
しかしだからと言って、ただ突っ込むだけの愚は犯さない。
「──そこだろ? 手前みてえなクソ野郎は一番天辺で、見下ろすのが好きって相場が決まってんだ」
──馬鹿と煙は何とやらって奴だ。
長い銃身に改造した超電磁砲を、あたかも相手が見えているかの如く構える。勿論実際には何も見えないし、センサー類にもディスラドらしき反応はない。
「FIREッ!!」
それでも何の躊躇もなく超電磁砲を撃ち込んだ。狙うは神殿前の中央にそびえ立つ石塁。
スガーーンッ!!
「ククッ、やってくれたなァァッ、下衆ッ!」
超電磁砲で石塁を粉砕され、止む無く外へ飛び出すディスラド。よりにもよってやったのは男、しかもまあまあの中年野郎だ。
無論自分が殺られる勘定など、この自信家にある訳がない。ただ仮定するのであれば絶世の美女に引導を渡されたいものである。
「ア"ッ!? 手前も見てから回避余裕の口かよぉ! どいつも此奴もどうかしてやがんだろッ!」
超電磁砲の軌道を見ながら避ける生身の人間。その理不尽振りにキレるデラロサ。他のヴァロウズの輩といい、魔法少女といい、確かに人の範疇を超越している。
しかしこれで有視界戦闘が出来るというものだ。照準を目に被せて敵の動きを捜索する。
「──我々も前に出ます、良いですねNo0?」
「そそ、そろそろ暴れないと活躍のタイミングを逃しちゃう!」
マリアンダ・アルケスタの駆る人型兵器のコクピットハッチを勝手に開き、No7とNo8が跳び出して往く。
そんな2人を笑顔で「お気をつけて」と見送るリディーナ。元々筋書き通りなのだ。初めは向こうの散々たるやり口を大いに流して世界中の非難を集める。
その非道なる相手を踊り子様に連なる者共が、どうにか抑え込んで喝采を浴びる。
──って、あの馬鹿相手で、そんな簡単に運べば良いけど……。
白狼の上でリディーナが肘を付く。まだ誰も相手と挨拶を交わしてなどいない。真なる争いはこれからなのだ。
「良いですか? チェーン・マニシング?」
「チッ……命令されんのは癪だけど彼奴は大嫌いだかんなァァッ!」
自由を好むNo6だがNo2のそれは目に余る。進軍して来る女共の周囲をリディーナを載せたまま、ド派手にグルグル走り回る。
当然舞い散る砂埃。
これでNo2の視界から彼女達は一時的だが消え失せたに違いない。相手は芸術の結果を重んじる故、見えない爆弾に着火するのは興が削がれる事だろう。
最悪、構う事なく発破されようとも、もうリディーナはそちらの惨劇を撮らないし、爆音すら流しもしない。
この御時世、撮りながら編集位どうとでもなるのだ。
ドォンッ!
神殿に近い方で比較的軽い爆発が木霊した。
──なっ……何故、そこに居るっ!?
右目でスコープ、左目でメインカメラの映像を追っていたデラロサが驚愕した。あの金髪野郎が飛び出した石塁跡から2km以上はあった筈。
それは紛れもなくあのディスラドであった。
大写しの鋭い青目が右側に映り込み、左側には人の脚らしきものを見せつけニヤリッと嗤い此方を覗き込んでいた。
「下衆には剣など勿体無いわッ! コレをくれてやるからとくと味わえッ!」
ディスラドが握っていたそれは女の脚だ。さっき神殿付近で起こした爆風に自らを乗せ、一挙に距離を縮めたらしい。それにしたってこうも瞬時に飛べるものか?
「クッソッ、舐めやがってェェッ!!」
デラロサの搭乗機。グレイアードの頭部直前で起きる小爆発。
流石にこれしきなら傷一つ付きなどしないが、パイロットの誇りが大いに傷つけられた。
グレイアードの無表情な頭部を回し、20mmバルカン砲を撃ち散らす。弾を当てたいというより、駄々っ子の怒りを当てようといった処か。
言うまでもなくそんな無鉄砲に墜とされるディスラドではない。
──冗談じゃないッ! これ以上生身に舐められたままでいられっかよッ!
アル・ガ・デラロサ、黙ってやられる程、耄碌していないのである。虎の子である超電磁砲を無造作に捨て、右脚部の装甲に格納されたナイフを取り出す。
ナイフと言えば小物な武器の類であるが、人間のおよそ3倍の背丈がある乗り物が扱う物だ。人間相手じゃ超が付く大型武器と為り得るのだ。
何しろディスラドに接近戦を挑まれている。寄って長距離兵器は百害あって一利なしだ。生身の人間相手に刃物を振り下ろすグレイアード。
「遅いッ! 遅い遅い遅い遅いぞぉ! そんなものでは虫も殺せぬッ!」
此処まで空を駆けて来たディスラドだが、黒いマント翻しつつ跳ねて躱している。13年前、彼も飛んでいた筈だ。
「ぬかせッ! そんなのこっちも判ってんだよッ!」
デラロサの怒号が響く。
実は僅かに躊躇している。何故ならこの戦いはあくまで相手を抑え込むのが目的なのだ。殺すは法度、まるで人間が素手で潰したくない蠅叩きをする様なものだ。
「──さてと此方も仕事を始めるか」
「OK、準備は出来てるよ」
此方は大量の生きた火薬を相手取ろうとするフィルニアとディーネの2人だ。先ず涼しい顔でフィルニアが嵐を呼んだ。最早日常動作といった気軽さ。
女共が嵐に巻き込まれ宙を舞い、一時的に一塊となった処に上から水が降りかかった。水はディーネの仕込みである。腰のポーチから取り出した水を嵐に載せ振り撒いたのだ。
少しだけ湿り気を帯びた女達がバラバラに吹き飛んで地面に落ちる。此処からが水使いディーネの本領発揮だ。
ディスラドの女達、霜が降りたかの様に白く氷結してゆく。何十人もの美麗なる氷像が出来上がった。
「こんな上辺だけ凍らせた処で、爆弾として機能しないか怪しいもんだけどね」
「──やらんよりはマシ……といった処か」
ディーネがそんな氷像の1体を軽く叩きながら苦笑い。フィルニアとて同じ気分だ。彼女達が今すぐにも爆発し、自分達を殺しに掛かる可能性は充分にある。
しかしそんな不意討ちじみた行為を、あのNo2がやるとはちょっと思えない。
──恐らくNo2が火薬にする原料は細胞や血。いっそのこと分子レベルで機能停止させれば爆弾には出来ない。
これはその様子を遠巻きに見ていたリディーナの思考である。
No8が彼女達に直接触れれば容易に出来るが、それは凍結死させることを意味する。だから簡単には踏み切れないのだ。
『──ミス・リディーナ、私は一体どうすれば良いのでしょう?』
無線でアルケスタからの通信が入って来た。独りと1機、後方で置いてきぼりにされた感が声に滲み出ている。
「あ、貴女はそこで荷電粒子砲を構えて待機してて下さい。最悪の場合、私達も含め大掃除する立派な役目があるのですから」
『え……了解』
明らかに動揺しながら無線を切るマリアンダ。ただの19歳である少女の苦悩が見え隠れする。
──無理もないわね。或る意味一番酷い役目なのだから……。
無線の声を聞いた上でリディーナは、複雑な顔で目を瞑る。あの子には現時点で最強の武装を押し付けてある。
もしあの馬鹿が全てを吹っ切った際、全てを終わらせるべく引き金を引かせるのだから、その心労たるや計り知れないのだ。