第46話 Enzo(エンツォ)
ヴァロウズ達に力を与えたレヴァーラ。宙に浮いたままの姿勢、自身の腕の長さ程はある実体剣で幾度も斬り付ける。彼女は反重力装置で空を自由に出来るのは先述の通り。
対するNo3は地上を往くしかない。それでも敗北するとはびた一文とて思ってなどいない。ただレヴァーラの剣圧が予想以上で驚いていた。
──斬り結べるなら、それはそれでやり様がある! 重い武器ならなおの事!
天斬が剣を交えたままの姿勢でクルリッとレヴァーラの背後に入る。相手を軸にしつつ自身の動きの質を高める。重い剣を相手に戦う際の基本動作だ。
いとも容易く背中を取られたレヴァーラ。長く後ろで編んだ髪の毛が鞭の様にしなって相手を……そんな搦め手など在りはしない。
カキンッ!
「なっ!? き、貴様、蒼き光の刃を持つ女か!」
「……」
だが踊り子の背中を預かる者が物音はおろか気配すら消し、しかも天斬の光を束ねた剣と堂々斬り結ぶ。天斬がSNSで見つけたズブの素人だが、扱う得物だけは超一流の金髪少女。
天斬の問い掛けに一切応じないファウナ・デル・フォレスタ。戦いに集中した実に良い顔なのである。しかしどう転んだ処で輝きの刃だけで応じれる訳がない。
純粋な剣技だけならレヴァーラより遥かに劣る。そんな当前、ファウナとて重々承知。だけど此方は2人掛かりだ。ファウナが対応出来れば、次はレヴァーラの番。
左手に握る先の尖った短刀で素早さ重視の攻撃を繰り出す。それもさっきオルティスタが昇緋で相打ちした右肩の辺りを狙う。
「そんな武器で俺を殺れると思うな!」
レヴァーラの武器よりさらに軽量な天斬の剣。刀身が全て光だ、重量何て無きに等しい。レヴァーラはすぐさま攻勢を諦め、超電磁波が流れる剣で守備に回る。
「グゥッ!?」
天斬の背中に熱い物で斬られた感覚が突き抜ける。在り得ないことだと思わず動転してしまった。魔法使いの少女とて自分の間合いに入れたつもりなど微塵もない。
だが瞬時に思い知らされた。
金髪の少女が自分と同じことを造作もなくやってのけたのだ。硬質プラスチックの刃を包んだ蒼き光のみを天斬の背中へ飛ばしたのだ。
──こんな薄皮一枚斬られた処でどうという事はない! 次は絶対無いと思え!
天斬が斬られた背中だけでファウナに訴えかける。完璧に背を向けているというのにまるで隙が窺えないので動揺せずにいられない。
迂闊に斬り掛かったが最期、そんな根拠のない恐怖に駆り立てられるファウナ。思わず歯軋りしてしまう。
──レヴァーラから背中を任せられたというのに何てざまだっ!
徐々に天斬の優位が不動のものとなってゆく。ただでさえ大きく重たい実体剣だ。加えて剣術の専門家、天斬相手じゃ分が悪過ぎる。
「ファウナァッ! 我が時を稼ぐ間にオルティスタとアノニモの傷を治癒してやれッ!」
実に稀有なレヴァーラの鋭い命令が、死闘を演じてる天斬すら飛び越えてファウナに刺さる。
「で、でもっ……」
「二度は言わんッ!」
一瞬戸惑いを見せたファウナであったがレヴァーラに二度も言われ、コクリッと頷き、先ず己の姉貴分の元へ飛ぶ。
このやり取り、大いに天斬が立腹する。さもありなん……争いの最中、自分を無視して会話を交わすなど言語道断、怒り心頭であった。
「──随分と舐められたものだ。この天斬の土俵で殺り合っているというのに」
戦いの最中、無駄口など叩いたりはしない天斬。本当は示現の様に猿叫しつつ最上段の剣を浴びせたい程、立腹なのだ。
それを敢えて普通を装い喋ることで自身を落ち着かせようと躍起になっている。
「ンッ? フフッ、らしくないではないか天斬」
まるで読心術でもあるかの様なレヴァーラの煽り。防戦一方だというのに冷笑する。
「焦っているなぁ……肩の傷、思いの外、出血が酷いとみた。その羽根の如き軽い刃でも振り抜きが陰っているのではないかぁ?」
ゆったりとそして艶めかしく、女であることを最大限に態々散らす。
精神的優位を取る──彼女は決して事欠かない。
オルティスタの突いた傷跡から漂う肉の焼けた匂い。
滾る刃──高熱で相手に酷い火傷を負わせたとするなら、その傷口すら焼き鏝の如く塞いでも仕方なきこと。
けれどその傷跡から血が滴り、天斬のスーツに滲んでゆく。実に良い火加減なのだ。
──思えば不思議な剣だ。一度火を入れた金属が即冷えたりするものなのか?
あの滾る剣──ひょっとすると武器そのものの力でなく、オルティスタの剣技なのやも知れぬ。
散々レヴァーラに煽りを受けている天斬。何も応えずただ自分の剣に集中する。
──集中している筈なのだ。それなのに、それなのに防戦され続けているのが実に解せない!
何が一番腹立たしいかといえば、守戦一方のレヴァーラに実はジワリと押されているのだ。ほんの僅かではあるが、後方へ追いやられていた。
──こんな付け焼き刃の二刀に俺が? 悪い夢でも見ているのか!?
「ククッ……貴様、未だにそんな社畜の如き格好をしているのだな」
「そ、そんな恥ずべき格好をした貴様に言われるのは心外だな」
背広に肩当、小手という何とも不可思議な格好をした相手を嘲笑うレヴァーラ。天斬にしてみればいい歳してコスプレの様な姿をしたレヴァーラこそ訳の判らぬ姿だと言える。
──一番組み易しは3番目か。何と賢しい娘かお前は。
ヴァロウズの1番目から5番目の中で戦いやすいのは3番目と言ってのけたのは、レヴァーラが溺愛するファウナである。その余りの出来の良さ、正直嫉妬すら感じる。
実際あの天斬を多勢に無勢とはいえ、此処まで追い詰めているのだ。だが未だ自分独りでの勝ち筋が見えない。
やはりレヴァーラ自身が決めれば対外的に最高であろう。本当の処、まだ潜めている爪があるのだ。
──閃光のリディーナ、試してみるか。
リディーナ、剣はズブの素人である。それにも関わらず戦闘服であれだけの活躍を発揮した。
例え相手が神聖術士あったとしてもロクに剣を握っていないリディーナが戦えたのには訳があるのだ。
そういう意味で閃光のリディーナとは伊達じゃない。
浮いたままの状態で不意に1人分程下がるレヴァーラ。
この好機を見逃す程、天斬は甘くない。光束の剣は伸縮自在。伸ばして相手の右腕を突く。
「──『エンツォ』」
レヴァーラが全く意にも介せずゆったりと口にした言葉。明らかに変わり始めるその雰囲気。
天斬は自分も知らぬ間に後退りしていた。レヴァーラの身体中から光が溢れ出したのだ。
「グォッ!?」
──ば、馬鹿な? どうやって俺の背中を捉えた!?
気が付けば背中を斬られていた天斬。幾ら翔べようとも背後に回る処か間合いを詰める術すら皆無の筈だ。
「フハハハハッ! 素晴らしいッ! 完璧に同調している、これならやれるッ! しかし緑の輝きなのは予想外だ」
シチリアで情熱を込めたのなら、真紅だと思い込んでいたレヴァーラであった。