第45話 芸術の華
──能力的にはただの踊り子である筈のレヴァーラが堂々名乗りすら挙げ、No3に相対しようとしていた頃。
一応No0が率いてる形となっているディスラド包囲網。不意に戦闘の幕が明けた。
フラリッと現れた見た目裸婦に等しき女の両目がカッと充血した途端、発火点となり爆発したのだ。
「──き、聴いていたがこれ程とはッ!?」
「きゃあッ!? い、痛あぁぁっ!」
「ウグッ!?」
リディーナの言いつけ通り、自分の駆る人型機体を後方へ蹴り出し御丁寧に尻餅すらさせる。そうあくまで故意に、こっぴどくやられたと見る者に印象付けるべく。
同乗していたNo8も派手に尻餅を突く。幾らコクピットが広い方とはいえ所詮は単座。固い計器類に身体をぶつけなかっただけマシだと言える。
普段冷静なNo7でさえ、人型兵器特有の姿勢維持性能の反応には驚かざるを得ない。マリアンダの背もたれにしがみ付くのがやっとである。
目前にて火山の如き噴煙を上げた女の姿にマリアンダ・アルケスタは茫然自失。その破壊力もさる事ながら、何しろ非人道的が過ぎる。
人間の5倍はあろうかという機体を、真実に噴き飛ばしたと判定しても釣銭が出る位、それは異常な光景であった。
これまで人殺しで日々の糧を得ていた自分を蔑ろにしているのに気が付けない。
──しかし無理もなかろう。
ただでさえ憐れな女がただの火薬と化したのだ。あの神殿で神を気取る男の慰み者で居た方がまだマシだったなんて認められない、認めたくない。
「こ、これが金髪野郎のやること……っ! 火山やミラノをぶっ飛ばした時、一体どれだけ犠牲にしたんだッ!!」
怒髪天と化したアル・ガ・デラロサ。壊してしまうのではないかと危惧する程、グレイアードのコクピットを拳で殴る。
「──何百……いえ何千でしょうか。これが彼の渇望した芸術の形なのです。──また来ます、次は複数」
リディーナはさも当然の結果として冷たくこの状況を言い放つ。無論、彼女とて気分が良いとは微塵も思ってなどいない。
ただ作戦を遂行すべく、この地に居るのを最優先事項としているだけだ。
「おぃっ! リディーナさんよォッ! アレのきっかけは何だッ?」
「そ、それが……。恐らくですがディスラドと一度たりとも目が合った者なら、後は彼が散れっと思うだけで実は良いらしいのです」
ディスラドの爆弾と化す発動条件。軍からの合流組に取って初めて相手するヴァロウズの能力値を的確に把握したいのは当然の事。
此処に至り初めて虚ろな顔で応じるリディーナ。とんでもない事を言っているが、僅かばかり自信がない口振りなのだ。
「──ええッ!?」
「ハァッ!? そんな馬鹿な話があるかァァッ!?」
慌てふためくマリーとアル。当然だろう、その理屈が事実なら顔見知りであるリディーナ、フィルニア、ディーネとて即座に爆弾と化すのが道理。
「但し、アレにはアレなりの美学がある様なのです。先ず火種は美麗であれ。さらに己が目に堕ちた者だけを良しとする……」
さも嫌気顔で応じるリディーナ。言ってて馬鹿馬鹿しくて仕方がないのだ。
「「ハァッ!?」」
アルとマリー、最早この2人。ヴァロウズ達の力を聞く度、驚きの語彙力を喪失してゆかずにはいられなくなっている。
「いや待て待て、目に堕ちたって、いよいよ全く以て意味判らんっ!?」
デラロサが無線に向けて平手を振る。無論そんなアピール誰にも見えやしない。
──俺は女を目で口説く。冗談ならまだ判るが地で行くだとォッ!?
「私だって可笑しな事、言ってる自覚があります! 兎も角話は後です! 次はデカいの来ますよ!」
数十人が列を為す女性陣の塊。そのまるで覇気のない歩みぶり。亡者の様な連中の1人が芸術の華を咲かせると、開花する桜の如く次々に誘爆してゆく。
「グッ! 止めろ止めろぉ! 埃が目に入って痛いじゃないかっ!」
独り明らかに怒りの矛先が違う者がいる。巨大な白狼、No6である。大きく鋭い目をゴシゴシ擦るはまるで猫の顔洗いだ。
──目? それはメインカメ……じゃないのか、そうか。
マリアンダが自分の認識誤りを頭脳の中で正してゆく。──嗚呼、それが貴女の目そのものだった。判っていたつもりでも犯す間違いとは往々にしてあるものだ。
またもや散り散りとなって避ける一行。こうも壮絶で酷い花見は在り得ない。それでもリディーナだけは無言で動画を撮り続ける。
「リディーナッ! 美女がああも消されてゆくのは、最早我慢ならんッ!」
──美女!?
啖呵を切ってグレイアードが飛び出してゆく。美女という言葉に不快を抱いたマリー。それについてリディーナは何故か是非を問わなかった。
その様子を神殿側から目を凝らして見ていた男が口が裂けんばかりに嗤う。腰に差した剣の柄を握り締める。
No2は、美麗なるものが好きな剣士だ。あくまで剣こそが彼の本懐。このふざけた破壊力だけで、2番目になった訳では決してない。
3番目の剣士より上の実力は伊達じゃない。
◇◇
──レヴァーラ・ガン・イルッゾ? 勢いは買うが貴様に一体何が出来る?
No3の剣士、天斬が柄しかない己の剣を空から降って来るレヴァーラへ向ける。完全なる名は初めて聞いた。
──どれだけ着飾ろうとも、お前はただの踊り子に過ぎん。俺はこの女剣士とやりたいのだ。邪魔立ては止めて貰う。
先程自衛隊員越しに放った蒼き光線を幾重も飛ばす。曇天に映える輝き。──重力任せに降って来る相手が迂闊過ぎるのだ。
確かにそうかも知れない。
増してや天斬の放つ刃は避ける以外の選択肢がない。ごくありふれた得物でそれを受けるのは不可能。
ブォンッ! ブンッ!
「──な、何だと!」
──何とした事だろう。
レヴァーラが自分に下から押し寄せる火の粉を右手の巨大な実体剣で、いとも容易く弾いたではないか。
天斬は万が一レヴァーラが横に避けても当たる様、置き弾すら飛ばす周到さを見せつけた。
処がだ。レヴァーラが、さらにその上を征く。
自分の真正面に飛んできた分を弾くだけでは飽き足らず、敢えてその無駄弾側へ移動し、丹精込めて弾き落とした。
これはリディーナが対天斬戦向けに入れた仕込みが功を奏した。レヴァーラの握るこの実体剣、強力な電磁場を帯びている。強い磁場とは光すらも曲げるのだ。
「フフッ……。では我と遊んで貰おうではないかっ!」
「クッ!? 斬り結べただけで俺の剣に勝てると思うなァッ!」
遂に地上で互いの剣を交える両者。天斬の輝きをレヴァーラが大いに散らす。
余裕の笑みで上から実体剣を叩きつけるレヴァーラ、ちょっと剣に覚えがあるだけの踊り子。
対する天斬が吼える通り、自分の師匠すらも超えた男だ。その練度の差たるや歴然。
ただ彼は知らないのだ。
レヴァーラが着装している戦闘服の真なる技術力。
それに宙でこのレヴァーラすら追うのを諦めた天斬の無駄弾を、弾くのではなく蒼き光の刃で斬り裂いた魔法少女の強かさを。