第41話 ゼロの憂鬱
No4の神聖術士、パルメラ・ジオ・アリスタの襲撃事件と、その深夜に交わされたファウナ・デル・フォレスタとレヴァーラの誓いを込めた二人の接吻。
あれから約2週間の時が過ぎた。
鮮烈なヴァロウズNo0デビューを果たしたリディーナが、格納庫で多忙を極めていた。
アル・ガ・デラロサが持ち込んだ試作人型兵器ED01-R、通称グレイアード。
同じく元軍属であるマリアンダ・アルケスタの愛機、グレイアードよりさらに一回り以上大きな白い機体。
先ずはこの2機の大幅なチューン作業に加え、それに応じたOSのアップデート。
加えてリディーナ当人が大いに見せつけた戦闘服。これをもっと手軽に装備出来る術を模索している最中だ。
「──どうですかリディーナさん、進捗の方は……」
そんな切羽詰まったリディーナに労いの言葉を掛けに来たファウナである。その傍らには、さも当然といった様子のレヴァーラも居た。
「あらファウナさん、今日も随分と仲が良いのねフフッ…」
「リディーナ? ちゃんとファウナの質問に答えるのだ」
全く以って的外れ答えを微笑みと共に返すリディーナに対し、レヴァーラが追い打ちを掛けた。
だがリディーナに煽られても仕方ない程の仲睦まじい二人なのだ。
それは他の連中にも知れ渡っており、ディーネは『いつの間に……?』と悔やみ、ラディアンヌに至っては落ち込みが酷く、姉貴分が掛ける言葉を見失っている位なのだ。
「はいはい、こんなの余裕余裕…って言えれば格好つくんでしょうけど、流石に無理が効かない歳を感じてる処よ」
寝食共に惜しみつつ毎日励んでいるのだ。たった今も携帯食を啜りながら返事をしている。
レヴァーラにも言える事だが、リディーナとて年齢不詳が過ぎる。何せ主人をあしらう程の余裕を持っているのだから。
「も、申し訳ございません。御無理を言って……」
「あ、気にしないでね。機体の改良も戦闘服の見直しも、元々やる予定だったのですから……」
──そうなのだ。
確かにリディーナにしてみればいつかはやろうと決めていた作業には違いない。けれども何とこのファウナが『急ぎお願いいたします』と急かしたのだ。
これまで自らの魔法一筋であったこの少女が、まさか近代兵器の整備に指示を出すなんて思いも寄らなかった。『兵器の歴史なんて精々1000年……』などと不明瞭な言葉で馬鹿にしてたのが嘘の様だ。
──それにしてもだ。
元よりファウナという愛らしい少女を受け入れたレヴァーラを冷やかすのが日常の娯楽と化していたリディーナにしてみても、この急接近には正直戸惑っている。
ごく一般的な姉妹以上、歳の離れたレヴァーラ相手に旧友の如く慣れ親しみ、敬語を完全に捨て去ったファウナ。
それをさも当たり前といった様子で受け入れ大層緩み切っているレヴァーラがいる。この踊り子とは長い付き合いだが、これ程他人を受け入れてる姿など見た事がない。
本物の旧知の間柄であるリディーナとレヴァーラ。この2人、それぞれ互いだけに通じ合う直通回線を常日頃から開け放っていた。
それが2週間前のあの夜以来、レヴァーラ側から一方的に切られることが多くなった。
要はリディーナからレヴァーラへの音声だけが筒抜けであり、その逆はレヴァーラの御都合で不意に切られるのである。
そういう時に限ってこの仲睦まじき二人は何処へ消えているのだ。これは幾ら何でも不条理が過ぎやしないか?
レヴァーラがこの世間知らずな御嬢様と親密になってゆくにつれ、人間味を増してゆく様を初めは微笑ましく想っていたリディーナであった。
今ではオフラインにされる度、嫉妬心すら抱き始めている。よもや自分がジェらるだなんて想像だにしなかった。
──まあこんな時こそ自分は機械に心血を注いでいれば良いだけの事……。
リディーナという女は『私は仕事が大好きだから…』と逃げ打つ事が出来るのだ。例え旧友を若者に取られようとも。
前にも増してこの場所に於けるファウナ・デル・フォレスタの地位は上り調子だ。No7とNo8の力をさらに引き出しただけに留まらない。
あの暗殺者No9が共闘する楽しみを覚えた。
ファウナの何でも見透かす目を『気持ち悪い』と恐れていたNo10や、何者にも従わぬ姿勢を決して崩そうしなかったNo6ですら心を開きつつある。
そもそもな話、ファウナが此処に来る以前。この場所に居る連中は同じ仕事をする同僚の意識こそあれど、仲間意識は殆ど皆無に等しかった。
ところがこの魔法少女を中心に仲間意識どころか、友達にすら為りつつある。時に凛々しく先導に立ち、たまに見え隠れする幼さが、かえって周囲に安堵を届けるのだ。
しかしまさか後ろで踏ん反り返っていたあの踊り子様すら、此処まで虜にするのは、リディーナに取って予想外である。
◇◇
「──赦せないよ僕は。君を殴ったり、あまつさえ光線砲で焼き払おうだなんて」
暗闇のだけの部屋で親指を噛み、全裸のエルドラ・フィス・スケイルが文句を垂れる。2週間前の出来事に未だイラついているのだ。
「せやけど貴方の綺麗な星達がウチを救ってくれた。──だから今こうしていられる」
後ろから褐色の腕をエルドラに絡ませるのは、語るまでもなくパルメラ・ジオ・アリスタだ。
直に感じ合うその体温。逞しい身体つきのエルドラが、パルメラの素肌に縋り付く。
──ウチにだけ見せる甘えん坊の君。ホンマ可愛くて仕方ないわ。
神と讃えられし男が少年の様に自分にだけ甘える姿。これ以上ない幸福に顔が綻ぶパルメラである。
「正直言うとな、ウチは貴方さえ傍に居てくれたら世界なんてどうでも良いんよ」
エルドラの耳元でパルメラが妖しく囁く。その吐息にエルドラの顔がピクリッと良い反応をみせた。
「そ、そう…なのかい? 君だって頼り甲斐のある男が良いだろ?」
何度も語るが星屑を墜とし2つの基地を星の速さで壊滅に追い込んだ男の顔だとは思えない程、情けなく後ろを振り向く。穏やかに笑うパルメラが優しく首を横に振る。
「もし、エルドラ様が力を失っても、ウチが喜んで代わりになったる」
「嗚呼……パルメラ。ずっと僕の永遠でいてくれ」
もう何度目の切望であるか判らない。だけどパルメラは何十回でも何百回でもそれを聞く度、歓喜が身体中を走り抜けるのだ。
「──ニャァッ」
「ゴメンゴメンッ。勿論ジオも、僕に取って掛け替えのない存在だよ」
白猫の姿に化けたジオが二人の間に割って入り、エルドラの首をグルリと囲う。まるで白いマフラーの様であった。




