第40話 貴女に全てを捧げる覚悟
アル・ガ・デラロサと入れ替わりでレヴァーラの私室に二人っきりと化したファウナ・デル・フォレスタ。
『──何やら胸騒ぎがして』
要は話にしに来たファウナだがレヴァーラに抱き締められ、発言処か身動きすらままならない。
「──れ、レヴァーラ。そ、それはそうと……」
「嗚呼済まない。これではロクに話も出来んなフフフッ……」
胸中で口をもごつかせながら先ずは解放を促すファウナ。彼女の動かす唇の感覚すらハッキリ伝わる筈の圧迫。緩んだ顔でようやくレヴァーラがその腕を解いてやった。
「では聴こうではないか。態々こんな深夜に出向いたその真意とやらを」
自分の机と共にある椅子ではなく、革製のソファに腰を落とし、ファウナも隣へ来るよう勧める。少し躊躇いを感じつつファウナも言われるがまま従う。
さっきこの部屋を訪れて以来、自分との距離を詰め往く行動が、あからさまに積極的過ぎるのだ。これからも向かい合ってではなく、密着と共に話を進めることとなろう。
主従関係──そんなものは何処かへ吹き飛んでいる。
「えと……。ま、先ず私は既にNo1からNo10に至る皆様に、どんなやり方で貴女が力を与えたのか。それは理解しているつもりです」
「──で、あろうな」
ファウナの澄んだ蒼き碧眼。初対面で何もかも見透かされたと感じたレヴァーラの感じ方。それは間違いじゃない処から伝え始める。
これは想像通りの話なので相変わらずの余裕を以って応じるレヴァーラ。しかしこの先、何をこの少女が言い出すのか内心ハラハラしている。
「しょ、正直、人として御世辞にも褒められたやり方ではないと……」
「良い、判っている。続けてくれ」
ドキドキ胸が高鳴っているのはファウナとて同じ。良くないと感じている内容を主人へ伝えようというのだ。どうしても言葉が途切れてしまう。
「はい……ただそれについて私は貴女を責めるつもりは全くございません。もしその気が在ればあの初対面の折、恐れながら私の刃を向けました」
発言しながら身体毎真横に座る主人へ向かって座り直す。此処から伝えたい内容に迷走はないのだ。
「でも貴女はあの時、私の両親……いえ私も含め殺害しようとしたのを打ち明けて下さいました。それでなくとも私はレヴァーラのことを……あ、」
「──何だ? どうしたというのだ?」
迷いは無い、だが羞恥は存在する。いっそ一気に早口で伝えようとしたファウナ。
しかし顔を寄せられ、さも嬉し気に口角さえも上げられて発言を止めてしまう。向こうの心拍を此方の方が超えた。確信に至る瞬間。
「も、もぅッ! 判っている癖に貴女って人はっ! も、もぅ大好きなのです。──何処が? 理屈じゃないんですよこの想いはっ! ……だ、だから、そ、その……貴女に生涯を捧げる覚悟ですっ!」
ファウナの告白が文句に挿げ替わり、半ばキレ気味と化した。蒼き目すら血管の赤が混じる程、全身を朱色へ染め抜いた。
ファウナという圧倒的力を手にする喜び。
ファウナという娘の様に可愛くてどうしようもない者に愛される喜び。
ファウナという娘の正義に自分が認められた喜び。
レヴァーラの歓喜には様々なものが入り混じっているのだ。
「──それが人として間違っていようとも?」
「な、何度も言わせないで! は、恥ずかしいっ!」
ファウナはムスッと膨れっ面に変わり、そっぽを向かずにいられない。だけど嬉しくて仕方がないのだ。
子供であった自分が落書きの様に書き殴り続けている一冊の魔導書。この力の全てを注ぎたい相手がこの黒髪の踊り子様だ。
これをただの落書きから本物へと昇華出来たのは、この女への飽くなき想いに他ならない。
切欠は敵として送り込まれた際の怒りから発した目覚め。やがて運命の再会を果たすと、その不器用ぶりに痛く心を射貫かれた。
自分を誰よりもずっと頼って欲しい。
自分を心底信頼して欲しい。
──そして何より……自分だけを見て欲しい! 私は貴女の代わりに先陣切って踊って魅せる!
「フフッ……どんな形であれ人に承認されるのがこんなに心地良いとは。このレヴァーラ知らなかった」
「え、女とは承認欲求の塊ですよ、そんな事も知らなかったのですか?」
今度はファウナが身長差による上目遣いでこの不器用な主人に煽りを加えた。
「──賢しい子供が生意気を言う。ええぃ、こうしてくれるわ!」
「あっ……ンンッ…」
レヴァーラが最早辛抱堪らずファウナの両肩をガシリッと握り、その唇を同じもので奪い取る。しかも今度は長い方だ。
それが果たして上手い方か、子供のファウナじゃ判別のしようがない。恐らくレヴァーラとて初めての酷く不器用なものだ。だけどそんな比較こそ無用の長物。
世界中で唯一無二の行為に目をとろけさせ、全身の力が抜け落ちてゆくのを感じ取った。
「ふぅ……」
「ハァハァ……」
暫く続いた大人へ昇る階段。互いの熱い吐息が糸すら帯びた。
この間、陽の下でかつ皆の見てる前では流石に許容出来ないと感じた後に続くであろう行為。この場であればもうどうにでもしてくれて構わない。
しかし意外や意外。
レヴァーラはそれだけで押し留めた。もう此処まで来ると、はしたない躰が心より先走り、物足りなさを覚えてしまった。
「──ファウナよ、もう一つ訊ねたい。寧ろそちらが今夜の本題ではないのかな?」
──あっ。
そうだ、自分で身勝手しておきながら肝心なものを置き去りにする処であったのをファウナは恥じた。
「レヴァーラ、じゃ、じゃあ言わせて貰うよ。私もあの軍人さんの意見に賛成する」
「ほぅ……」
出しゃばりだと感じているファウナなのだが実の処、レヴァーラとて背中を押してくれる者を求めていた。それも最も欲する相手から告げられ心が躍る。
この娘は先程デラロサと自分がやり取りした内容を知った上で進言している。あんなポッと降って湧いた男の話など耳を貸せぬが、この愛すべき少女なら話は別だ。
「ご、ごめんなさい。まだ具体的にどうすれば良いのかまで……み、見えてはいないの」
「良い、今の忌憚なき意見を聴かせてくれ」
呼び捨てというハードルと、友達よりは明らかに近しい行為を遂げた後だ。『申し訳ございません』などという他人行儀な言葉が抜けたのを聞いて、レヴァーラはとても喜んでいる。
「No1、エルラド・フィス・スケイルの居所。これはどうにも探知出来ないの。そして実は直ぐ近くにいるNo2は……多分後回しにしたいのよね?」
──ゾクッ!?
レヴァーラは瞬時に鳥肌が立つのを覚えた。『ディスラドは後回しにしたい』というファウナの台詞に総毛だった。先程までの甘いやり取りすら一挙に吹き飛ばされた。
「──で、あれば、せめて日本の方か。或いはイギリス。せめてどちらか一つは私達が叩き、世界に此方の正当性を主張すべきと私は思うわ」
レヴァーラの変調を他所に構わず話を続けるファウナである。
至極真っ当過ぎる主張。
ファウナでなければ『当たり前が過ぎる』と真っ先に拒絶したに違いない。だがこの女神候補生に指摘されては、ぐうの音も出ないレヴァーラなのであった。