第39話 身勝手にも世界は回る
全てのヴァロウズ達へ力を与えしレヴァーラ。
連合国軍を離反してまで真実を欲するアル・ガ・デラロサ。
この2人だけの密談であったのに、そこへ森の女神候補生ファウナ・デル・フォレスタが入った途端、少なくともレヴァーラに取って、この会談はもうどうでも良い些事と成り果てた。
「──済まんアル・ガ・デラロサ。この娘と2人だけにさせてくれまいか」
「ハァッ!? ま、まだ話は終わって……!」
この踊り子が今後世界をどう守ってゆくつもりなのか。ようやく本題へ移ろうという際に、後から気まぐれで飛び込んで来た少女にこの座を明け渡す。それは承服し兼ねる話だ。
「兎も角悪い様にはしない。ただ我とて普通の人間……。全ての人間達を救う手立てなど在りはしない。また改めて具体的な方針を伝える」
珍しく素直に頭を下げレヴァーラから懇願された。こんな美人に頭を下げられ、しかも後ろにネグリジェ姿のか細い美少女が控えている。
──これを断ったら男の沽券に拘わるではないか。
「チィッ! 判ったよッ! 今はその娘の可憐さに免じて譲ってやる」
「──済まん」
扉のノブを握りつつ、捨て台詞を吐いてからアル・ガ・デラロサはレヴァーラの私室を後にした。
──あ、あの緑リボンの女。まさかあの美少女と今からねんごろする訳………まあ、流石にそりゃねえか。
扉を閉めた後の向こう側。
つい先程『夜這い』というとんでもない発言から、思わず同性同士で二人きりになったこれからを身勝手にも妄想した自分に呆れ、苦笑せずにいられなかった。
「──ファウナッ!」
「れ、レヴァーラさ……ま」
──何ということか。
邪魔者が消えた途端、ファウナの金髪をギュッと抱いて自分の胸に収めるレヴァーラである。その上慈しみつつ幾度も頭を撫でる。これではデラロサが預言者と化す前触れに為りはしまいか。
これには抱かれた歓喜より、驚きで声を失うファウナである。ただこうも感じたのだ。
──何だろう、この匂い。とても懐かしい気がする……。
ファウナの不思議な感じ方。
それは13年前の想い出を回想しているだけなのか? 他に思い当たる節がないが、兎に角これまで感じた事のない心地良さを覚えた。
「良い子だ。本当に生きて私の元へ帰って来た。それにこうして我が胸に抱けるのを心から……その何だ。こういうのを幸せと呼ぶのかな」
幸せというごくありふれた言葉を紡ぎ出すのにレヴァーラは何故だか幾分だけ時間を要す。
「……そ、そんなレヴァーラさ……」
その何気ない言葉に感極まったファウナが、半泣きで名前を呼ぼうとする矢先、白い人差し指で唇を封じられた。
「レヴァーラで良いと言った。良い加減そう在りたい。皆の前で恥ずかしいのなら、こうしている時だけでも構わん」
──我ながらつまらぬ事に何故拘る?
そう感じつつも悪戯心が芽生えてしまったのだから仕方ない。第一、何故此処にファウナが訪れたのか? 一番大事な処を置き去りにしているのだ。
「……は、はい。れ、レヴァー……ラ」
ファウナは覚悟を決めるべくゴクリッと息を飲んでから、大層恥ずかし気にゆっくりと息を吐きながら初めてを口にした。
その初々しさを含め、──やはり拘って正解であった。そう心中でほくそ笑むレヴァーラであった。
◇◇
「──連合国軍第一特殊空挺部隊との一戦。さらに本日日中にて褐色の魔女と交えた戦い。シチリア側で迎え撃った連中と褐色の魔女の能力は人間独りの力を超越している。それは皆も周知の通り……」
まだアル・ガ・デラロサとマリアンダ・アルケスタが軍属だった際、バルセロナ基地の司令官が進行を務めた会議。
同じ場所でしかも同じ司会者がプロジェクターを指しながら説明をしているではないか。
デラロサとアルケスタにアルとマリーとして特殊任務を提案したあの司令官である。
恐らく軍規違反で自分は厳罰に処されると言い切った筈の男が、未だのうのうと軍属を続けているのだ。これは一体どうしたことだろう。
「だが特に私を含む上層部はこの蒼い目をした金髪の少女が最も傑出した存在であると結論を出した」
さらに在り得ない台詞を並び立てている。バルセロナ基地の一司令であった彼が、世界各国から招集された軍人の中で『私を含む上層部』と言ってのけた。
胸に輝く階級章。あからさまに格付けを上げたことが判る派手なものに変わっていた。実はこの男、一芝居打っていた。
あのまま何のアテもなくエルラド・フィス・スケイルを探索した処で埒が明かない。
ならばウチのエース級である2人を敵地に潜入させようと企てた。但しそう簡単にはゆかない。そもそもシチリアの連中が敵味方の識別すら怪しい情勢である。
よって『こう動け』と具体的な指示を出すに至れないとこの司令官は判断を下した。
『ならばいっそのこと2人は軍属を抜け、後は己の判断で行動させる。これで巧い事、シチリアの連中と2人が連携を取り、それなりの信頼関係が築けたら寧ろ安い位だ』
こんな提案をサラリッと言ってのけ、もう困窮の極みであった当時の上層部を動かして見せた。そして今の地位にのし上がった。単純だが策士である。
要するにアルとマリーは騙された訳だが『君達はあくまで軍人…』と念押しされては好きには動けないに相場が決まっている。
『2人は大変優秀だから自由を与えても決して間違いは犯さない。もし何か起きればその時こそ、本当に自分が責任を取る』
やはり覚悟は決まっていたという次第なのだが、アルとマリーを信頼していたからこそ出来た策なのであった。
「──さらにこの金色の炸裂弾が公表したこれらの者達へい力を与えたというこの翠眼の女だが、今の処これといった力を見せていない」
彼の説明が金髪の魔法少女から、力の源と言われる踊り子様へと話が転じる。
「──そ、それは偶々では? 出る幕すらなかったとか……」
「それも大いに在り得るだろう。だがこの女から金髪の少女を奪取出来れば我々軍は相当有利に事を進められる」
何やら途轍もなく怪しい発言だ。もしそんな作戦を遂行しようものなら、アルとマリーの意志に恐らく反する。怪しい発言はさらに続いた。
「もう一つある。この少女に限らず誰か独りだけで良い。鹵獲し研究出来れば多大な戦力増強を期待出来る」
アルとマリーを使い、人の情に訴えかける作戦を遂行しながら、完全にシチリアを敵勢力とみなすやり方も提案している。一体何処まで本気なのか。
まあヴァロウズはシチリアを守るNo6からNo10とは限っていない。けれどもファウナ奪取作戦となれば余りにも迂闊過ぎる。
「お待ち下さい。ただでさえ我が軍部は世界中の非難を浴びているではありませんか。一部では神の使いと呼称されてる連中を無理矢理捕縛したとなれば……」
「──そんなもの情報操作でどうにでも出来る」
円卓に座っていた比較的若い軍人がその提案に警鐘を鳴らすも、無表情でバッサリ切られた。




