第37話 対岸の戦乱
イタリア本国に見捨てられた島、シチリア。
13年前の火山が吹き飛んだ事変から数えること、これで3回目となる人同士が成し得たとは到底容認し難い争いの火種。
特に今回、褐色の魔導士と金色の長髪をなびかせた少女との一戦は、常軌を逸し過ぎて、どう捉えるのが正解なのか? 世界中の誰しもが混沌の渦に巻き込まれた。
褐色の魔導士はインド神話の神々の力を大いに振るい、対する金色の魔法少女は、蒼き輝きを湛えた剣を翳して巨大なる白馬を手足の如く操った。
何より物語でしか見た事のない女の魔法使いが二人も現れ、互いに破壊の限りを尽くした。この争いだけなら破壊と言える程の結果こそ出てはいないが、尾ひれがついても致し方ない。
まるで出来の悪い特撮映画でも見せられた様な違和感。──そして話はそれだけで終わらない。
この地に連合国軍特殊部隊から離反した人型の巨躯なる機体が2機もそちら側へ寝返ったという情報すら巷に流れた。
それでなくても軍という存在は疎まれるのが世の常だと言うのに、いよいよ叩ける口実が出来た。
元々火山と蒼き海を湛えた観光資源だけが頼りであった筈のシチリア。
──あの場所で一体どんな神憑りが起きているのか。正しく説明出来る者を、報道やSNS上に求めるのは野暮というものだ。
世界中の人々は手前勝手な事しか言わない。
『シチリアに救済の女神が降臨した』
『いや天使とは寧ろ我々人間の救済の行先を、滅びだと思い込んでる連中だ』
『それで良い、最早滅びこそ我々人類の望む全てだ』
地球温暖化が限りなく打ち寄せる波の様な世界線である最中。自分自身に於ける努力を諦めた連中。
様々な形で身勝手な救いを求めるというのは、いつの時代とて同じなのかも知れない。
◇◇
「──中々良い見世物であったな。なあ? そうは思わないかフフッ……」
勝手に地名をエドルと書き換えた場所に自らを神と讃える神殿を建て、恍惚の嗤いを浮かべるはヴァロウズの元No2、ディスラドである。
先ずは彼の思い通り、このシチリアを戦乱の渦へ堕とせたことに歓喜していた。隣に張り付いている遊女みたいな格好を強いられた御付きの女にふれ回る。
「特にパルメラと魔法使いの女との爆発のぶつけ合いは、実に爽快であったわっ!」
パルメラの憤怒の焔と、ファウナの紅の爆炎のことを指しているのは、まさに火を見るよりも明らかである。
ただこの男の超爆炎の真実とやらが未だ明らかにされていない。火山を噴き飛ばした秘術。よもやこの女魔導士2人の爆炎より威力が下ということはないのだろうが……。
「良いかね諸君! 人間の進化とはこれ即ち戦争の歴史なのだっ! 大体全ての生き物が争うからこそ此処まで伸びて来られた。君ら女達が互いの美しさを競い合うのと同じぃ!」
金髪と黒いマントを揺らして笑う主人から『諸君』と言われた女達が、お互いの姿を見つめ合ってからバツが悪そうに視線を逸らす。
本当にこの神殿で男は彼独りきり。後は全て裸も同然な女達ばかり。まさに絵に描いたが如きハーレムを築いたのだ。
このエドル神殿の後世を知る者は、これが成り立ちと知れば、さぞ驚くに違いない。
「──さてさて、そろそろ俺も遊びたくなってきたぞ」
御付きの女の髪を自由気ままに弄りながら『遊びたい』と男が告げた。
相手の美女にしてみれば、視線をまるで逸らさず、そんなことを宣言されては覚悟しなければならないと思うが普通。
だがこのディスラドの望む遊び相手とは、そんな矮小なものではないのだ。
◇◇
「──剣士、それも女。武士なんて望めないこの地以外にこれ程の使い手がいようとは」
これはヴァロウズの元No3、天斬が携帯端末を見ながら発した驚き。自ら滾る刃と摩擦熱で燃ゆる刃の二刀流。
巨大な獅子の首をいとも簡単に狩る姿を幾度も再生しているのだ。
「何とも豪胆かつ繊細な刃の運び……これが女の成せる技」
これ程までに他人の剣技を褒めている天斬は稀有だ。自らの師匠の技すら置いてしまったので、強過ぎる故に渡り合える者を失った絶望を背負っている。
「──それに比べ、この金髪女の剣はド素人だ。ただこの蒼く輝く刃……俺の刃と良く似ている」
これはファウナの輝きの刃を指している。
この『炎舞』とやらを使いこなす背丈の大きい女がもし輝きの刃を握ったなら……。そんな身勝手を妄想した。
「ムッ? 炎舞……。そういえばこの女の剣技、何処かで……」
今さらなことに独り呟く。思わずシチリアに戻る自分を想像し、そして苦笑した。
「フッ、馬鹿げてる。俺の満足出来る剣士である筈がない」
天斬は死体から奪った端末を塵として放り捨てた。
◇◇
「へぇ……。この蒼い目の魔法使い、面白そう。私と同じ目をしている」
ロンドンの人気のない場所……。正確には人気を失わせた場所でファウナを見てNo5のアビニシャンが妖しく微笑む。
瞳孔を殆ど失った白い目で、なおかつそもそも見える筈のない瞳で在りながら『私と同じ目』とは一体どうしたことだろう。意味の通らないことを告げている。
他人の庭先に在ったテーブル。さも自分の物であるかの様、勝手知ったる感じで座り、タロットを滑らせた。出て来たカードに大きく見開かれた白い瞳。
「──魔術師のカードだなんて。まるで冗談みたいな話ね。ひょっとして近い内に逢えるのかしら?」
在りとあらゆる興味を失っている筈のアビニシャンがその目を細めて小さく嗤った。
◇◇
「嗚呼……負けたぁぁ!」
巨大な白狼、チェーン・マニシングが背中に用意した椅子の上で独り項垂れるファウナ・デル・フォレスタ。
確かに武装したリディーナの助けが無ければ、その可憐な命。切り花の如く摘まれていたことだろう。
『──いつまでウダウダ気にしているファウナ・デル・フォレスタ』
ホログラムの映像を通したレヴァーラに叱咤されてしまうのであった。言われた瞬時に顔を上げたファウナ。まるで操り人形の様だ。
その様子を見たレヴァーラが「……フッ」と思わず口角を上げる。愛らしい森の女神候補生が生き延びて心底良かったと思う自分に驚いた。
──皆、この様子を見ていたであろうな。No4は火種に過ぎぬ。本当に難儀なのはこれからだよ、レヴァーラ。
自分に言い聞かせる踊り子様であった。