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第36話 風こそは……いや我こそは全ての源

 ヴァロウズ7番目の風の使い手、フィルニア・ウィニゲスタ。


 イランのラザヴィホラサン州に存在する風の谷の風車群。フィルニア姫は俗称(ぞくしょう)ではなく幼き頃、その辺りに住んでいた時、実際にそう呼ばれていた。


 谷を吹き抜ける風を利用し穀物(こくもつ)等を()くことに利用していた。22世紀にもなって風と風車をこの様な事に使うのは効率という意味合いでは余りに無駄が多い。


 しかし『過大なる力は時として余計なる争いを生む』とされ、先祖代々に渡って維持し続けてきた……。


「──ぐぅ」

「──痛たた、もぅ無理ぃ……」


 恐らく本物のジオと目される巨大な獅子(ジオ)からひたすら逃げ延びてきたNo7(フィルニア)No8(ディーネ)の2人。互いに脚がもつれてしまい割れた舗装(ほそう)の上で倒れてしまった。


 もう二人共、脚が悲鳴を上げていた。これ以上立って駆けるのは無茶が過ぎる。白く美しかった二人の脚が転んだ(はず)みで多数の()り傷を造り、実に痛々しい。


 その上呼吸器にも過剰(かじょう)な仕事をさせ過ぎた。息絶え絶えで動くことすらままならない。


 ──あっ……。


 地面に突っ()すしか能のないフィルニアの赤い目が何かを見つけた。

 アスファルトの切れ目から生えた名も知れぬ一輪の花。巨大な獅子(ジオ)が駆ける際に起こす理不尽(りふじん)たる風に大きく揺さぶられていた。


 普段なら気にも留めないただの雑草を見て、生まれ故郷の風と重ねた。


『──良いかフィルニア……風は全ての源。季節を運び、種を散らしてやがて世界すら(はぐく)むのだ』


 まだ大人の膝位しか背丈のなかった自分の赤い頭をしわくちゃにした祖父が語った伝承の言葉。その何てことなき花を見ながら蘇る記憶の断片(カケラ)


「そ、そうだ──風は全ての源、(すなわ)ち今の私は()()背負(せお)い此処に生きてる」


 ──フィル……ニア?


 全身の(きし)みに耐えながらフィルニア姫が再び地面に立ち上がった。それを隣で見ているディーネが(まゆ)を寄せる。──今立った処で一体何が出来るというの?


「風だッ! ()()()()()()()ッ! そう割り切れればどうとでもなるッ!」


 これまでただ風を自由に操りたかっただけの彼女が万物全て風に通ずる。独りよがりの思い込みを()()()()瞬間。


 突如晴れ間に出現した黒い雨雲。彼女の解釈(かいしゃく)が風と共に呼んだ代物(しろもの)。それもジオの頭上だけに超局地的な豪雨(ゲリラ)を降らせる。


 水煙と共に失せてしまった燃え盛っていた獅子(キマイラ)の炎。濡れた路面に脚を滑らせズシンッと倒れる巨躯(きょく)が地面を揺らした。


「──ディーネッ! 私は水を呼んだぞッ!」


 いつも以上に男勝りな声で気勢(きせい)を上げる。ディーネが「こ、こんな泥臭いのってガラじゃないのよ」とボヤキながらも、どうにか膝分だけ立ち上がった。


 水の精霊は何処にだって存在する。


 先程、チェーン相手にやり通(無茶)した際に発生させた水蒸気。今は雨という見える形で自分の大好きな水達が、しかも敵を()してる者の上を(したた)り流れているのだ。


 此処までお膳立(ぜんだ)てして貰えたのだ。女は度胸。今ウジウジしていては、ディーネが目指す()い女には決して為れない。


「いっけぇぇぇッ!!」


 目一杯広げた右掌(みぎてのひら)を敵目掛け突き出したディーネが甲高い声で一気呵成(いっきかせい)(想い)を解き放つのだ。ジオの顔の凹凸に溜った水達が一斉に湯気を出して姿を変えた。


「グッ!? グアァァッ!?」


 溜った水が瞬時に沸点を超えて獅子の目に火傷を負わせた。普段炎を(まと)いしジオであったが、これは(たま)らず地面でのたうつ。


「──ぐぅ……い、今なら」


「私達にも殺れるというのに!」


 フィルニアの細い剣でもディーネの体液を如何ようにでも出来る能力の何れでも、今ならこの巨大な獅子を仕留められる絶好の好機(チャンス)

 それにも(かか)わらず(からだ)がいう事をまるで()かない。


 そこへラディアンヌとオルティスタの御付きコンビが空を舞いつつ加勢に近付く。だけどフィルニアとディーネにしてみれば自分達が最期のトドメを刺したいものだ。


 しかし此処まで追い詰めたのに、フッと獅子の姿が消えてしまったではないか。


「──えっ?」

「こ、此奴も偽物(虚像)だったというのか!?」


 振り上げた拳を下ろす場所を失い戸惑(とまど)う姉妹コンビ。此方も創造神(ブラフマ)の雲が化けていた姿だった? 半信半疑(はんしんはんぎ)、だが決してそうではなかった。


「あ、危なかったニャ」


 パルメラの首元に突如(とつじょ)現れた白い子猫。(しか)もシレッと人語を(しゃべ)っている。クルリッと身を(ひるがえ)して主人のサリーの隙間(すきま)へ潜った。


 当然ながらパルメラの目前に居た造り物の方も消えた。これでいよいよパルメラ当人と彼女を取り巻く守りの星屑(ほしくず)だけと化した。


 ──さ、流石にこれは分が悪いんよ……。


 0番目と化したリディーナに追い(すが)られ詠唱の(いとま)を与えらず、増してやほぼ無傷の他の連中も相手にしなければならない。


「──『森の束縛(フォレアビッツ)』!」


「な、なんやコレェェッ!?」


 割れた地面の隙間から不意に伸びてきた無数のツタが、パルメラの全身を一気に縛り上げた。森の女神候補生ファウナの仕業(しわざ)に決まっている。


 パルメラの守り最後の要石(かなめいし)であった星屑さえ避けるよう、潜り抜けて来たのであった。


 たかがツタ。こんな()、守りの星屑でバラバラに切ってやると思ったパルメラであったが、悠々(ゆうゆう)とした相手側の(ファウナ・デル・)魔道士(フォレスタ)を見て徒労(とろう)に終わると判断した。


「なんだなんだぁ!? そんな隠し玉あんならサッサとやれよなっ、までぃちゃら(輝きの刃)はどうした?」


 白狼姿のチェーンが思わず文句を()れる。


 無理からぬこと、チェーン・マニシングがその機敏(きびん)さを大いに活かし、馬上ならぬ狼上の勝利の女神(ジャンヌ・ダルク)を引き連れて、破竹(はちく)の活躍を見せつける予定だったのだ。


「──いえチェーン()。必要な準備が総じたからこそ成し得たこの結果なのです」


「よ、良く判らんが、ま、まあ良いや」


 真面目くさった声でファウナがそれに応じた。意味不明な返しだがチェーン()と持ち上げてくれただけで満足することにした。


 ──ホンマやで……魔法戦は言わば心理戦や。あの小娘がウチに勝てないと思わせることが成し得たからこそ、このツタは絶対切れへんのや。


 15mの巨大な白狼に騎乗するその凛々(りり)しき姿。例えツタを切れたとしても、今度こそ本気であの小娘に自分は殺られる。そう思わせるだけの覚悟に満ち(あふ)れていた。


「ふぅ……やいレヴァーラッ! 今回はウチの負けを認めたる! せやけど本当に聴きたいんはこれからや!」


 完璧に勝利を封じられ、宙へ晒された格好悪いことこの上ないパルメラなのだが、未だ啖呵(たんか)を切るのを止めない。


「──よ、良くもまあ……」

「あの有様で。どんだけ(つら)の皮が厚いんだか」


 ヤレヤレと首を振って呆れるフィルニアとディーネである。どれだけ追い詰められても勝てば官軍ぶれるものだ。


『ほぅ──良かろう。負け犬の遠吠えを聞いてやろうではないか』


 再びホログラムで現れた踊り子様(レヴァーラ)。彼女とてパルメラを恐れ、ファウナに引き合わせたくなかったと告げた後の変調。厚顔(こうがん)ぶりすら負けていない。


「アンタ結局ん処、私達二人(エルドラとパルメラ)も敵! 要は自分に(あだ)なす連中は全て(つぶ)したるっ! そういう事でええんやなっ!」


 未だパルメラは自分達の正義を振り(かざ)す。正確には親愛なる男(エルドラ)の主張の是非(ぜひ)を説いている。


『フフッ……今さら何を聞くかと思えば。当然だ、我が与えしその力。我の為に使わぬ(やから)など邪魔以外の何物でもない』


 長い脚を組み直し、編んだ黒髪を()き上げながらNo5以上の連中を全否定したレヴァーラである。No6以下の(味方)連中も実の処、身の毛がよだつ。


 ──正直な処、完全にこの踊り子様へ心酔(しんすい)した上で味方をしているのは、ファウナとリディーナ位なものだ。


 何よりこの中で圧倒的弱者と思しき存在が、何故一番強気でいられるのか? それが最も気味が悪い。


 それにレヴァーラは『我が与えた』と主張するが、与えたのは切欠(きっかけ)のみ。能力を会得(えとく)出来たのは各々(おのおの)の強運と努力に寄るものが極めて大なり。


 これはNoを持つ者達(ヴァロウズ)の共通認識に他ならないのだ。


『──ならば地獄で後悔することになる。僕がその気になれば、今この瞬間にも貴女を()とせるのだから』


 刹那、パルメラの声が男の声と入れ替わる。声の主は(まご)うことなき最凶(さいきょう)の敵。エルドラ・フィス・スケイルだ。


 その声共々、パルメラの周囲が無数の輝きに包まれマジックショーの如く、そのまま消えた。


 ─ 第4部『新たなる敵と頼れる仲間達』 完 ─

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