第35話 最下層の操る戦場
──ま、負けた……。そ、それも完璧に。
武装したリディーナによって辛うじてその命を救われたファウナ・デル・フォレスタだが、敗北感に意識を支配され、まるで死んだ魚の様な目をしていた。
いつもの澄んだ蒼き瞳の彼女と同一人物だとは到底度し難い。白狼の用意した椅子がロッキングチェアであったのではないかと見る者を錯覚させる程、ユラリユラリと身体を揺さぶった。
「──ヴァ、ヴァロウズのNoゼロぉぉっ!? そ、そんなん聞いとらんしぃっ!」
「当然ですわ、何せ今初めて名乗りを上げたのですからウフフッ……」
即座にその場を一時離脱したパルメラが、文句と驚きが入り混じった声を武装乙女へ捲し立てる。リディーナが手の甲を、剥き出しの頬にあて口角を上げた。
「クッソッ! アンタ、ふざけとんのかっ!」
「あらあら、私は何時だって大真面目ですよ。──あ、そうそう。レヴァーラがどうやって飛んでいるか特別に講義して差し上げましょう」
あのパルメラがあからさまに冷静さを失いつつある。後生大事にしていた筈の守りの星屑達。これをリディーナ目掛けて惜しげもなくぶつけようとし始める。
これに対しリディーナは薄ら笑いを浮かべた態度で、腕と剣が一体化したもので実に難なく弾き返し押し迫って征く。
「な、なんやと?」
それ処ではないのだが、リディーナの提案に僅かばかりパルメラの興味が注がれるのを科学者は見逃さなかった。
パルメラとてあの踊り子様は、少しばかり剣に覚えがある程度の存在だと悟っている。だからこそ興味が湧いた。
「アレねぇ……。私の師匠が研究していた反重力装置を使っているのよ。無論、今の私とて同じ」
「は、はんじゅぅぅっ!?」
「ひ、人が持ち運べるサイズまで小型化に成功したって言うのっ!?」
外野で耳を澄ましていたアル・ガ・デラロサが舌でも噛んだ様な解せない言葉で驚く。代打で続いたマリアンダ・アルケスタとて冷静さを失った。
「後は私の開発した超小型圧縮装置を衣服の至る所へ仕込んでいるのよ。ねぇ、驚いた驚いたぁ?」
遂にリディーナがパルメラに迫る勢いの方が勝り、巨大な手刀で相手を防御一辺倒に追いやる。守りに徹する星屑が飛び散る。
「──馬鹿が、喋り過ぎだアヤツめ」
呆れ果てたレヴァーラ。珍しくリディーナのやることに口を挟んだ。その割には悪い気をしている顔には映らない。
「──おぃ小娘っ! お前いつまでそうして呆けてるつもりだッ!」
最早ただの座席と化したチェーンがファウナに腹を立てた。
「だ、だって私。ま、負けちゃったし……」
荒々しい戦場の真っ只中、意気消沈したファウナの声では、多数の感知センサーを備えたチェーンにすら届いたか怪しい。
「あらあら、レヴァーラ様から言われたこと、もう忘れてしまいましたの?」
チェーンで聞き取れないかに思えた声を、何故だかリディーナが聴き遂げたらしい。耳の辺りに付いている部品は飾りではないという印だ。
「れ、レヴァーラさ…ま?」
今自分が身に纏っている衣服を期待を込めて渡してくれた敬愛なる踊り子様へ想いを馳せる。パンッと頬を叩き自らに喝を入れる。死んでいた目に宿る生気。
『──勝とうなどと思うでない。生還さえすれば良いのだ』
パルメラという強敵を相手にただ気を付けろ。そんな何気ない一言であったかも知れない。けれどもファウナにしてみればこれぞ神の啓示。
「往きましょう! あの魔導士の力を削げばジオとかいう獅子の影達だって消えるかも知れない! 『輝きの刃』!」
「──その意気だっ! 派手に動いてパルメラの奴を攪乱すっぞコラァッ!」
ファウナ・デル・フォレスタが己が剣を天へと翳す。蒼白く輝く剣が一際伸びて、己のみならず味方の士気を大いに高めた。
巨大なる騎馬を駆る騎士と化したファウナ。白狼とは意外と相性の良い相棒なのかも知れない。
「──どうやら復帰されたみたいねファウナ様」
「あれしきのことで挫ける位なら、もうとっくに見限ってるさ……さてと、果たして此奴は雲か?」
ラディアンヌが軽快にその身を揺らして巨大な獅子と対峙する。身体を解しているかの様だ。その隣で予定調和なオルティスタが滾る両刀を逆手に握り締めた。
「それは躰に聞くのが早道でしょうね」
「おぃおぃ、それは物騒な物言いだな……」
軽く跳ねながらラディアンヌが持ち上げた両の拳。珍しく血の気の多い発言をした妹分を宥めた割に此方とてニタリッと笑う。
ラディが右手で獅子に向かって手招きする。まるで同じネコ科の動物をあやすかの如く。
「ガァァァァッ!!」
何とも可愛くない猫が飛び掛かってゆく。跳ね過ぎて首下どころか腹すら晒した。
「ハァァッ!」
そんな粗雑過ぎる相手にはきつい仕置きが必要だ。先ず小技である数発の拳を不用心な腹に見舞う。加えて連携の飛び膝蹴り。
ただの膝ではない。掌底打ちで気を流し込むのと同じ要領で、膝皿から容赦くなく注ぎ込む。
ファウナの与えし戦乙女の効力は未だ有効と、自らのキレの良さに興奮したラディアンヌだ。
「グボァッ!?」
悶絶した処にラディアンヌが追加した右の回し蹴り。こんな巨大なだけの標的に小細工無用と体現した。
向こう勝手に曲げて落ちて来る首に対して長女分が、殺意しかない逆手2刀でそれを斬り裂く。降って来る分の重量と合わせ、余計な力も相手の尊厳を奪う罪悪さえも必要としない。
しかし首と胴を別離させられ地面に還るべき亡骸は、雲と化して消えてしまった。
「──やはり」
「此奴は外れクジだったようだな」
何の感慨もないといった体の姉妹2人。
想像通りなのだ。後ろ足の親指を名無しに斬られたままフィルニア達を追い掛けているアレが本物だと、そちらへ向かう。
次いでに言えば本来パルメラの盾になるべき一番近くに配置しているジオとて恐らく偽物であろう。
例え創造神と言えど、術者当人が追い立てられ集中を乱しいるこの状況では、思う様に動かないらしい。
──もっと次いでを語っておこうか。
ラディアンヌもオルティスタも雲であるジオを叩く際、音を消す処か寧ろその逆。
劇場で聴く効果音の様な余りに派手過ぎる音を敢えて立てていた。この異常さには流石のパルメラとて気付いた。
音消しのジレリノは覚醒して音量を自在に操る存在になったことを。確かに隠密に於いて過ぎたる存在である物音。
けれど敵に対する大いなる圧力。火薬の爆ぜる音、派手な打撃音。これらは相手を怯ませる有効打と為り得るのだ。
これでパルメラを守るのはエルドラから継いだ守りの星屑とキマイラの様な姿のジオ1人と化した。
それを狼煙の様に敢えて伝言したジレリノの狡猾。パルメラの美麗な顔にヒビを入れた。




