第33話 軽々しく身勝手な正義を語るな
踊り子レヴァーラから力を受け継いだNo4の神聖術士、パルメラ・ジオ・アリスタ。
立ち向かうは、そのレヴァーラ様を心底慕う森の女神候補生、ファウナ・デル・フォレスタ。
互いに祈る神は違えど同じ超爆炎の術式。
まるで空に浮かぶ太陽をそのまま地上へ降ろしてきた様なパルメラの火球。
対するファウナが右掌から繰り出した火球も、同じ大きさへ膨れ上がった。
空で相まみえるこの2つ。一進一退の潰し合いを暫く続けた。
バッシューーーンッ!!
「──あ、アグニ神の焔と……」
「──相打ち……」
インド神話の火の神アグニ、パルメラが今行使出来る中で最強クラスの爆炎術だ。一方ファウナ、これは紛れもなく初めて使った術式である。
もっともこれまで使った魔法とて、初めてという意味では同じであった。なれどこの紅の爆炎とは、彼女自身、効力が全く未知数という点が他とまるで異なる。
最強という自信を以って投げたパルメラと、皆目自信ない内に繰り出したファウナとでは、相殺の受け止めようが180℃と言っても過言でない。
パルメラの方はちょっと不明だが、ファウナの火球は、慣れると伸びしろがあるのだろう。
──あ、危なかった。つい相手の調子に合わせて試しちゃった。あんなの地上に落としたら一大事になる処だったわ。
せっかく己が森の民達に修復を手伝って貰っている最中の街が、より荒廃化する処であった。
「炎舞・『輪燃』!」
此処でファウナ3姉妹の長女、二刀のオルティスタが三日月刀を火打石の如く擦り、燃え盛る二刀でパルメラに襲い掛かる。
だがこれは巨大化したジオのその内一頭によって、いとも簡単に遮られてしまった。
このオルティスタの行動、実は違和感があるのだがそれに気付ける程、パルメラは戦い慣れしていなかった。
『──何しに此処へ来た? パルメラ・ジオ・アリスタ』
不意に宙へ映し出されたホログラム。それは間違いなくこの街の主、レヴァーラであった。高圧的な声と共に蔑んだ目でパルメラをさも嫌そうに見つめた。
「貴女達が此処で胡坐を掻いとる。それをエルドラ様が憂いておるんよ。『これでは戦火が拡がるばかりだ』てな感じや」
No1こそ最大の戦火を燃やしたというのに『それをお前が言うのか?』といった言い草である。まあ確かに他のNo達が如何に暴れようともだんまりを決めているのは確かだ。
『──何だ、未だ名前を変えておらぬのか。意外と奥手なのだな御前達フフッ……』
まるで掠りもしない話題でレヴァーラが話題を逸らす。旧姓のつもりで『アリスタ』と呼称したが、否定されなかったことを小馬鹿にしているのだ。
「何や古臭いなぁ……流石レヴァーラさんは昔のお人やわぁ。今どき籍を入れるんがゴールやなんて、聞いて呆れるわぁ。あと話を元の話題に戻そうや」
褐色の艶めかしい肢体でヤレヤレといった仕草を見せて、仕返しをするパルメラである。
「──良かろう。他の奴等と違ってお前達には大義がある……そういう理解で合っているかな?」
パルメラが『話題を戻そう』と申告したのは『何故レヴァーラ達は此処を動かない?』という意味だというのに、勝手に過大解釈したレヴァーラなのだ。
──私達二人は正しい行いをしているから放っておけば良い。しかし好きに暴れている他のNo達をどうするつもりだ?
そんな身勝手を押し通そうというのがレヴァーラに取って片腹痛い。これには26歳のパルメラ、大人を忘れて少々剥れた。
長い自然な茶髪をかき上げ、さも賢そうな女を装う。
「せや、判っとるやないか。エルドラ様は連合国軍なんてまやかしの守りなんか人間には要らん! その為だけに惜しまず星を墜とす力を使うと言うとるんや!」
パルメラ曰く、我が最愛の男であるエルドラ・フィス・スケイルは、世直しの為にレヴァーラから頂戴した力を使うと宣言している。
早い話、人の革新を望んでいるレヴァーラの望みと、私達は合致していると告げているのだ。
「──わ、私達のことを言っている様ですねあの女」
「まやかしの守り……まあ、そういう困った連中も、軍には確かにいるけどな」
不意に話題を振られ癇に障ったという顔をするアルケスタ少尉と、面倒くさそうに耳を小指で穿るデラロサ大尉だ。
「──だがッ! あの大量虐殺を完璧に正義と為す理由があるなら、是非御教授願いたいものだッ!」
珍しくアル・ガ・デラロサが、眉をカッと吊り上げキレ散らかした。
──軽々しく身勝手な正義を語るなとその顔が告げていた。
OkinawaとPearl Harborの戦友達。加えて我々の代わりに軍規違反で命を捨てた、この世で唯一尊敬の念を抱いている上官への弔いなのだ。
処で地上では、残り一頭のジオと鬼ごっこに興じるNo7とNo8が居た。無論、本当に遊んでいる訳ではない。
命を張ってパルメラの強力な壁を少しでも遠ざけようと、2人なりに頑張って逃走している結果なのだ。
「──あ、余りにも格好悪過ぎない僕達ぃ?」
「言うなディーネ、そうかも知れんがこれでも立派な役割なんだぞ」
「そ、そうだけどさァァッ!」
ヴァロウズのNo7とNo8がただ逃げを打つしか能がないという体たらく。
僅かに振り返り、巨大な獅子の躰に触れることを試みようしたディーネ。「やっぱ無理ィッ!」と踵を返す。
そんな残り物のジオの左後ろの影から、影の様に黒ずんだ女が現れ、左後ろ足の親指をダガーで斬って捨てた。
「──ニモちゃんっ!」
「貴女達、自分のNoが泣いてるね……あとその変な呼び方辞めなきゃ次はお前ね」
ジト目で心底嫌そうな顔をディーネに向けた。水へ飛び込む様に、再び影絵の中に溶け込むアノニモである。影さえあれば幾らでも逃げられる。実に便利な能力だ。
しかもジオの機動力である親指を削いだのだ。縦横無尽に走っていたその巨体がほんの僅かだが停止する。
──い、今なら僕だって!
再びジオの方を振り返り、その躰に触れ体液をどうにかしてやろうと、水使いのディーネが試す。
「ガァァァァッ!!」
「だ、駄目かァァッ!」
後ろ足を負傷した位でジオは怯まなかった。前脚を蹴り出し、再びディーネ達に襲い掛かる。悔しさで涙を滲ませながら、再び逃げ役に徹するディーネであった。
そもそもこのジオは果たしてオリジナルなのだろうか? 創造神ブラフマとやらが増やした幻影であるのなら、反撃自体が無意味かも知れない。
『──話はそれだけか? ならばお前達二人も我々の敵だ』
ホログラムであるレヴァーラは、それだけ言い残すとブツンッと消えた。パルメラが腹いせに貴重な筈のエルドラから託された星をレヴァーラの居た場所へ1つ飛ばした。
「へぇー、随分と舐められたもんやなぁ……。下の連中とこの小娘達だけでどうにか……!?」
余裕の笑みを浮かべていたパルメラの顔色が僅かに凍りつく。音無しで光線銃を撃ち込まれたのだ。
「まぁたビリっけの糸張った罠やな。引きこもりの根暗女が芸の無い」
光の速度で放たれた物をまるで見た上で回避したかのような余裕ぶりが、ジレリノの鼻につく。
──チィッ! 俺様だってこんな安物でアンタを墜とせるなんて思っていやしないさっ! どうせ周囲に張った結界辺りで探知したんだろうよ。
パルメラに言われた通り、レヴァーラのアジト周辺には、ジレリノが張った罠が網の目の様に存在する。
しかもそれらはドローン技術などを用い、味方を巻き込まぬ様に自在に移動すら出来るのだ。
ズキューーーンッ!!
今度はド派手な音有りの巨大なビームが情け容赦なく放たれた。これをパルメラは捌きの弓矢で相殺した。
「危ないなぁ……。ソレ人間に撃つもんやないでNo6」
「ハンッ! 手前こそ今のを仕込みの術で返すのかよ! マジとんでもねぇなっ!」
巨大な口を開いた処から突き出した砲台をぶち込んだ白狼である。それを難なく守りの星屑に仕込んだ術で打ち消したのだ。
不敵に笑い返すNo4。
レヴァーラ達の本拠地へたった独りで乗り込んだのは、勝算あってのこと。同じ魔法を得意とするファウナの背中に戦慄が走り抜けた。