第32話 繰り返される哀しき怨嗟
わざと自分に攻撃が向けられる様に仕向けた上で、輝きの刃による不意打ちを狙ったファウナ。
失敗に終わったものの、己が力を鮮やかに示す、実に見事な先制であった。
「詠唱必須の魔導士の女が独りで何しにと思ったが、成程成程、そんな化け物が居たって訳か」
既に滾る刃を抜いているオルティスタが慎重に、パルメラ達との間合いを詰めつつ語りを入れる。力任せに飛び込みたいのは山々だが、罠を仕掛けているのも否定は出来ない。
「あんた何言うてるの? ジオは化け物と違うでぇ。獣人の化けた姿や。ま、せやけど……普段は白い子猫の方が多いけどなぁ」
「──獣人?」
そんな相手を気にしている素振りすら見せず、燃える獅子の正体をあっさり明かすパルメラである。『獣人』という言葉に、獣人に近しいNo6が思わず反応した。
もっともチェーン・マニシングは周知の通り、獣ではなく獣の形を成した機械に化ける次第だが、それを近しいと勝手に解釈したらしい。
「そうか……だがそんな事はどうでも良い。そんな獅子一頭連れて来た処で一体何になる?」
ニヤリッと嗤うオルティスタのこの煽りはもっともなのだが、これは考えが甘過ぎたとすぐ思い知る羽目になる。
「創造神ブラフマ、汝の容、これに具現すべし『異質なる創』」
皆が躊躇してるのを良いことにパルメラがサッサと次の詠唱を完遂させてしまった。けれど詠唱内容から察するに直接的な攻撃魔法でないと思えた。
それは確かに正しい判断である。
だがこれが、オルティスタの煽りに対するパルメラなりの答えであった。
雲の様な煙がジオと呼ばれた獅子に取り込まれる。するとチェーン・マニシングが化けている白狼並みの巨大化を果たし、しかもあろうことかその両隣の煙達すら同じ姿を成したのだ。
──し、しまった!
敵の出方を窺うなどと悠長していた自分をファウナは、後悔せざる得なかった。
「ウフフッ……これでもウチの方が不利って言い切れるんか?」
巨大なキマイラ的な化け物を3匹も従えたパルメラが、早くも勝ち誇り顔で捲し立てる。普通の獅子の大きさですらファウナの輝きの刃を弾き返した。
それが15m級と化し、増してや3体も揃ったとなれば、ファウナ達の数による優位性などゼロに等しい。
「チェーン・マニシング! 貴女にあの内1匹だけの相手を頼むッ!」
「──なっ、何で下の奴に僕が従わなきゃなんないんだッ!?」
こうなったら上下なんて関係ない。誰をどう使おうとも負ける訳はいかない、フィルニアが訴い掛けた。
「それは貴女にしか出来ない仕事だからですッ!!」
それは何の忖度もないフィルニアの本音の叫びだ。何しろ見た目からして、その巨大キマイラ共の相手が真っ向務まるのは、チェーン以外に考えられない。
だがこれを聴いたNo8が思う。
──何て巧いことを言うの、フィルちゃん! これじゃプライド高いNo6の断る隙が全くないわっ!
「チィッ! 仕方ねえなァァッ、フィルニアッ! これでお前借り一つだかんなァッ!!」
「ガァァァァッ!!」
15m級同士の噛み合いによる激しくぶつかる音が木霊する。その異常さに言葉を失うフィルニアとディーネ。やはり小細工抜きでNo6の力は偉大だと舌を巻いた。
これでジオという巨大獅子の1体は、どうにか抑えられそうだ。
しかし未だ2体の強大たる壁を前に押し出した上で、神聖術士パルメラ・ジオ・アリスタは、好き勝手に魔法を唱えることが出来るのだ。
「──『森の刃、森の刃』」
「おっと!」
ファウナがジオ達とパルメラを少しでも分断しようと、アノニモ襲撃の折にも使った鋼の葉を幾重も飛ばす。
ジオ達とパルメラの間に飛ばすだけでは足らず、パルメラ当人にも頭の上に降り注いだ。
これには僅かだが宙に浮いていたパルメラも避けるべく、下方へ身体を移動した。地上に映る影色が濃くなる。
「──チィィッ!」
「バレバレやで、アノニモちゃん!」
此処で黒色のダガー2本を携えたNo9が、パルメラの影から出現しその綺麗な顔をかち上げで狙って征く。だが冷たい笑みを浮かべるパルメラに寸での処で避けられてしまった。
今更の説明だが、パルメラとて空を自由に駆けられる様だ。けれどだからこそ、アノニモの攻撃を躰を反らすだけで避けても問題ないのに、再び宙へと舞い上がった。
そこへ回避不可避の森の刃が再び襲い来る。これには流石のパルメラですら驚いた。ファウナは詠唱処か魔法の名前さえ告げてないのだ。
カキンッカキンッカキンッ!
小さな刃物と化した無数の木の葉がパルメラに刺さるかと思いきや、何か硬い物に当たる音と共に、まるでビリヤード球の様に複雑な動きで全て弾き飛ばされてしまった。
「な……?」
「ふぅ、危ない事してくれるわぁ……抜け目のない魔法少女、よくもエルドラ様から授かった守りの星屑を、こうも易々と使わせてくれたなぁ」
終始余裕めいていたパルメラの声色に明らかな重苦しさが加わる。今の守りをアノニモの際に、披露しても良かった筈だ。
敢えてそれをしなかったのは怠慢もあるかも知れぬが、我が子の如く無償の愛を注いでいるエルドラから貰った大切な物を使いたくはなかったという振れ幅の方が大きい。
「火の神アグニ……」
怒りに任せた詠唱をしようとする刹那、背後から音もなく飛んで現れたラディアンヌ。腰の捻りを咥えた上段蹴りでパルメラの腹を狙い撃つ。
パルメラの言う星屑とやらが弾いた鋼の葉の軌跡を瞬時に理解し、その間隙を縫った攻撃を放ったのだ。
「グゥッ!?」
遂に腹を蹴られて吐血しつつ、くの字と化したパルメラだが、この武術家から受けたダメージよりも、より不可解な観点に頭を巡らせていた。
──あの魔法少女とこの武術家、途中から音無しやった!? あの小娘ワザと最初は魔法名を言い、しかも後から来た此奴等の出す音すら偽物やったん?
以前自分と同じ穴の狢に居た最下層、青いポニテ姿が脳裏に浮かぶ。この魔法少女と残りの2人、音無しのジレリノから既に力を貰っていたのだ。
それを何らかの手段で聴いたNo7とNo8が足音などを鳴らして、後から来た3人の音をそれなりに作った訳だ。
──いっちょまえに、やってくれたわ。下っ端共の癖に。
やられて落下しながらもパラメラは、キッチリやらかしていた。
「──己が魂の焔、その憎悪で全てを焼き尽くせ……」
──まだ詠唱を続けていた!? 私に使えるのアレッ!
……パサリッ。
落ち往くパルメラの背中を己が背中が受け止めたジオ。倒れたままのパルメラの不浄の左掌が、此方に向けられているのをファウナだけは見逃さなかった。
──ヘルズ・フィアー、森を焼き尽くす罪の炎よ。その大焦熱を今敢えて此処に示せ……。
歯を喰いしばったファウナが心中で、即座に詠唱を終える。彼女とてゼロ詠唱という訳でない。初めて試用するなら猶更なのだ。
今から約150年後──森の女神の魔導を引き継いだ者が竜同士の戦争を起こし、さらにそこから150年後。
パルメラと同じ位置に漆黒の女魔導士が居て、同じ爆炎を好んで操り、この島国を席巻するのを2人は知らない。
──しかし哀しきかな、人は同じ過ちを繰り返す生き物。寄ってこれらは必然なのだ。
「──『憤怒の焔』!!」
「──『紅の爆炎』!!」
ファウナがワザと声を荒げて叫んでみせた。この行動に小細工なんか要らないのだ。
ファウナとパルメラ──二人の意地が今、苛烈に衝突する。




