第31話 初太刀
踊り子のアジト。地下道から通じる第4Gete。
「ファウナ・デル・フォレスタ、出るッ!!」
バンッ!!
扉を蹴破り愚かにも堂々名乗りすら上げ、飛び出したファウナである。
「随分と軽率やな。軍神インドラよ、パルメラの名に於いて、かの者へ天罰の矢を。射て──『捌きの弓矢』!」
つい今しがた、No6が化けた機械仕掛けの白狼に落ちた稲妻が、ファウナただ独りに向けられパルメラ・ジオ・アリスタから無慈悲にも放たれた。
「ファウナァァッ!!」
──ファウナ、お前まさか……俺達2人の注意を逸らすべくワザと!?
第4Geteより少し離れた第1Geteから出来得る限り、物音を消して出て来たオルティスタの緑眼に地獄絵が刺さったのである。
◇◇
ワルキューレ──戦の女神。
実に凛々しき姿を成した女神候補生が藍染のリボンで束ねた金髪をなびかせながら外に向けて力強く駆け抜けて往く。
その後に続く背の高い女性2人、胴着姿のラディアンヌと派手な忍といった様相のオルティスタ。
2人にしてみればファウナのことを戦の女神などと形容するのは些か度が過ぎると感じている。
姉貴分の2人に取って、やはり彼女は可愛らしい妹分なのだ。ただ随分と頼もしくなったものだと、ほくそ笑まずにはいられない。
「──『重力開放』」
全く振り返らないファウナの魔力が背後の2人に拡散した。このまま3人共、空を駆けて往くのかと思いきや、意外にもそのまま地下道を走り続ける。
ファウナの従者であるラディとオルティもそこは心得ていた。派手に飛び出したが最後、敵に狙い撃ちされるのがオチだ。
「──『戦乙女』!」
次にファウナは、能力の底上げが可能な戦乙女すら2人の近衛に授ける。
輝きの刃の力を底上げし、アルケスタの放った電磁砲の砲弾を砕き散らしたあの力だ。己の躰が燃え盛るのでないかと錯覚するラディとオルティ。
これには思わず「おおっ!」「す、凄い……」と2人揃って感嘆せずにはいられない。
──これ程途方ないものを受け取ったからには…。
──絶対負ける訳にはゆかんっ!
滾る熱き魂に改めて誓いを立てたラディアンヌとオルティスタである。2人の顔がより自信に満ち溢れ、この女神に付き従っていたことを誉れだと思うのだ。
「……」
一方、従者達の熱き血潮など素知らぬ感じのファウナは、ただひたむきに走るだけだ。
彼女にしてみれば表に出たらいよいよ2人の手伝いなど、している暇すら無いかも知れない。
そんな合理的配慮で、今のうち出来得る限りの魔法をしておこうと考えたに過ぎないのだ。
処でファウナ、手書きの魔導書をこの間全く開いていない。それどころかそもそも携帯すらしていない様だ。
いや正確には携帯ならしていた。本の形でこそないが、腕時計の様な携帯端末が代わりを成している。
これなら魔導書を開くという僅かな時間さえも短縮出来る。そして何より本物を危険に晒す必要がない。
幼少期からペンにインクを漬けてカリカリやっていた田舎者のファウナである。
これからも新しき魔法を書き記す際には、古書へ手で想いを込めるに違いあるまい。
加えて腰ベルトに装備した鞘からサクリッと剣を引き抜く。
──な、何これ凄く軽い!?
抜いた当人が困惑する程、それは軽量たる刃であった。白刃──超強化プラスチック製であるらしい。
嫁入り道具の一つである杖の方が余程重いし、取り回しとて悪かった。
プラスチック製と馬鹿には出来ない。下手な鉄製より余程強固だ。但ししなやかさは、鉄製に軍配が上がる。
要は強いが粘りが足りない。耐久性を超えたが最期、砕け散るしかない代物だ。
しかしこの魔法剣士と化したファウナにとって、それが剣で有りさえすれば、後はどうでも良いのである。
「──『輝きの刃』ッ!」
一際声高らかに発した魔法の言葉。これは語るまでもなくファウナの新たなる剣へ付与したのだ。
白刃が持ち主の目と同じ蒼き輝きを帯びる。剣の形をしていて尚且つ超軽量、切れ味は魔法で補えば良いだけの話だ。
ただ初っ端から不慣れな剣術でゆくつもりなのか。気を焦り過ぎていやしないか、背後の2人が少しだけ姉としての心配性の気分が立ち込める。
「──ファウナ・デル・フォレスタの名に於いて命ずる。良い二人共、必ず生きて此処に戻ること。いいわね?」
この地下道を駆け抜ける間、余計な台詞を一切吐かなかったファウナが突如命ずる気遣いである。
これにはラディアンヌとオルティスタ、思わず緩まずにはいられない。姉同士が顔を見合わせ互いに頷く。
「勿論でございます!」
「当然だ、馬鹿馬鹿しい。第一それはお前があのレヴァーラ様から命じられた事だろ」
走るのは決して止めずに息切らす事無く2人の姉貴分が応じる。──これなら心配いるまい。想いが伝心した気がした。
「さあ此処から3人別れて外へ出るよ。その瞬間こそ細心の注意を」
「「了解」」
既に外で待ち受ける敵に気取られているかも知れない。自然とファウナが声量を下げる。それに応じてあとの2人も気合を声に載せるのを禁じた。
あとはそれぞれ擦れ違いすら困難な階段を昇って往く。もう地上は目と鼻の先だ。
◇◇
ズガガーーーンッ!!
「──!? ファウナ様ァァァッ!!」
僅差で馳せ参じるのに遅れたラディアンヌも、長女と同じ地獄を見て絶叫した。
「──『雷神』!」
まるで臆せずファウナが輝きの刃を、初見のNo4に突き出し魔導を行使する。彼女の剣が出処となった稲妻の帯がパルメラに向けて真っ直ぐに伸びる。
パルメラが天から射た捌きの弓矢と、ファウナがほぼ真横に繰り出した雷神が交差し、周囲に言い様のない轟音が奔り、土煙を大いに散らした。
「な、なにおうっ!?」
そのぶつかり合う輝きに思わず目を背けて驚きの声を上げるパルメラ。相手の魔導士を過小評価していた。それを認めざるを得なかった。
──だがそれだけでは終わらない。
無言のファウナが雷神を盾に輝きの刃の剣先を向けてパルメラの懐目掛け飛び掛かっていた。これには刮目せずにいられぬパルメラである。
ガシンッ!
──え?
その打撃音と異様なる感触に、次はファウナが凝視する羽目に陥る。
この間合いなら確実に、パルメラの嫋やかな躰を突き刺すものと確信していた。
「ガルル……」
ファウナの輝きの刃を相手取っていたのは人ですらなかった。
それは全身が燃え盛り翼を生やした獅子──ギリシャ神話のキマイラの様な存在が、その鋭き牙で、ファウナ会心の突貫を受け止めたのだ。
「ありがとな、助かったでジオ」
「ファウナ、危ない離れろォォォッ!」
パルメラからジオと呼ばれた獅子がファウナの輝きの刃を離そうとしない。ファウナは取り合えず剣を諦めその場を離脱する。
その場で不意に起きる竜巻、紛れもなくNo7が巻き起こしたものだ。これには堪らずジオも折角奪った剣を落とさずにはいられなかった。




