第29話 美麗かつ危険なる4番目の女
「──あの無法者が一番に暴れるのは判り切っていたさ。だけど他のNo達まで、こうも力の無駄遣いを惜しまずやるとは……」
飾りっけの無いベッドで寝そべる長身の男が困惑顔で呟いた。星を落とせし者、エルドラ・フィス・スケイルである。
短い金髪で比較的童顔なのだがその身体の凛々しさたるや彫刻の様だ。その美しき肢体を自部屋であるのを良い事に堂々と晒していた。
連合軍基地2拠点を墜としたのは、自分なりの大儀あっての行動だ。しかしディスラド、天斬、アビニシャンは、己の力をひけらかしているに過ぎない。
特にディスラドが『レヴァーラが与えし力……』と豪語したのは腹に据えかねる行動であった。自分はあの踊り子を巻き込もうなどと考えてはいないのである。
「──で、当の踊り子様はあくまで静観……このままでは世界中で無駄な血が流れるだけだというのに……」
これはエルドラが望まぬ道筋を世界が歩み始めている。かと言って自分が出しゃばり止めに行くのも馬鹿げている……彼はそう考えを巡らせていた。
「──やったらウチが様子見しよか?」
背後から勝手知ったる女に気軽な声を掛けられた。この部屋、何とも不可思議なことに窓どころか扉すらない。その上、灯りも点けず暗いのだ。
そのお陰で女の煌びやかさが余計に際立つ。まるで星々を連れだっているかの様だ。
自然な褐色の肌を覆う民族衣装サリー。袈裟懸けに掛けられてるが、くびれの辺りは完全に透けて何とも艶めかしい。
首回り、両耳、両手首の装飾は派手めなのだが、身につけている当人がエルドラにも負けない位のモデル体型で、初見であるなら性別問わず、息を飲む妖艶さがある。
寄って結果、派手めの装飾位で寧ろ調和が取れている。
例えば白い花の髪飾りがある。語るまでもなく生花ではないのだが、彼女の頭に咲き誇る本物の艶やかな花の様だ。
エルドラが星を墜とせし者であるなら、この女性『パルメラ・ジオ・アリスタ』は差し詰め星を纏いし者といった処か。
それにしてもこの容姿で何故日本語……増してや関西弁みたいな訛りが混じっているのだろう。
「パルメラ……! 君を態々動かす、しかも独りでだなんて決して容認出来ないよ……」
顔色一つ変えずに2つの大量破壊を遂げた男が、彼女の言動だけで眉を顰め、少年の様に甘えた声を出す。
「あら、ウチは独りやない。この子もおるから心配ないで?」
「だ、だけど……」
焦燥し切った顔のエルドラが全裸のままで慌てて立ち上がり、嫋やかなパルメラを逞しい胸に抱く。
身長182cmのエルドラの方が頭一つ勝るので一見頼り甲斐のある彼氏と、それに負けない美麗な彼女の抱擁に見える。
だがエルドラの動揺たるや、まるで母に甘える男子の様に泣きっ面なのである。
「き、君は僕に取ってのウシャスなんだよ。君を失ったら僕は……」
パルメラを抱くその手が震えていた。
──可愛い……ウチだけのエルドラ様。女として身体の奥底に潜む疼きが堪らなく愛おしいくて仕方がない。
「よう判ってる、ありがとうございますエルドラ様。ウチに取ってのヴィシュヌである貴方の為やもの……。必ず帰って来るから心配せんで待っといて下さい」
手を伸ばし我が子をあやすかの如く、その短髪を愛おしさを込めて撫でるパルメラであった。
◇◇
「処でレヴァーラ様、足りないという意味で、私もお伺いしたいことがございます」
「──それは4番目の事だな?」
再びレヴァーラ達の居所へ戻る。
レヴァーラからの質問に応答したファウナは、ヴァロウズのメンバー説明で1人欠けている事を指摘しようとした。これにレヴァーラが勘良く察した。
No1 星落しのエルドラ・フィス・スケイル
No2 爆裂のディスラド
No3 全てを斬り裂く天斬
No5 タロットの断罪者アビニシャン
No6 機械生命体に化けられるチェーン・マニシング
No7 風使いのフィルニア
No8 水使いのディーネ
No9 影使いのアノニモ
No10 音消しのジレリノ
恐らく何の意図も在りはしないであろうが、ファウナ達、所謂新参者は、No4の説明を未だ受けていないのだ。
「4番目……。ファウナよ、お前と同じく魔導を行使する女だ。お前の様に魔導書ではなく、物語に良く在る詠唱を必要とするがな」
これまで笑みを絶やさなかったレヴァーラの顔色が少々曇りを帯びたのをファウナは見逃さなかった。
詠唱が必要ならば女神候補生の方が優勢でありそうなのだが、そんな容易い話ではなさそうだ。
「正直に言おう。我は奴をお前に引き合わせたくはない」
いよいよ深刻な顔に変化し、立ち上がってファウナに詰め寄るレヴァーラ。釣られてファウナの表情も凍る。
「な、何故でしょうか?」
「ファウナ・デル・フォレスタ……。お前は強い、間違いなく。しかもこの先、進化の可能性を充分に残している。だが……」
周囲の連中をまるで気にせず、日中の接吻の時と同じくレヴァーラが顔を寄せてゆくのでファウナは顔を朱色に染めて、直視するのが辛く思えた。
しかし真面目な話をしているのでどうにか堪えようと頑張ってみる。
「ファウナ……もし仮にだ。ヴァロウズの連中と1対1でやり合い、負けるとするなら我すらその能力を読み切れていないNo5のアビニシャン。或いはNo4の『パルメラ・ジオ・アリスタ』……」
「……っ!?」
レヴァーラがファウナの艶やかな髪の毛、頬、顎から首へと指を這わせながら、真面目な顔で言い放つ。
自分の大切な人形を失うのが怖い。そんな心境から自然に身体が動いたのかもしれない。
「我はそう勘ぐらずにいられないのだ。それ程にアレは常軌を逸している。お前の語る能力の捉え違い……。アレは良い意味で履き違えている側だ」
No6のチェーン・マニシングが『私は何者にも縛られない生きた躰に為りたい』を過大解釈してどんな姿にも化けられる様になったのと同じだとレヴァーラは言伝てしたいのである。
──あ、あのシューティングスターや、ビッグバンよりやべぇかも知れねえってのかっ!?
これは聞き捨てならないと思ったのは元連合国軍のアル・ガ・デラロサである。正直『冗談じゃない!』と叫びたいが、この重苦しい空気に発言を躊躇った。
「しかもだ。パルメラとお前の目、我には限りなく同じに見える。全てを見透かされた様な気にさせるソレだ。同一とは言わぬ、もっともこれは我の主観に過ぎぬがな」
此処まで言い尽くしてから。レヴァーラはようやくファウナを解放してやった。ファウナは様々な意味合いで息が詰まりそうだった。
敬愛するレヴァーラの唇を意識せずにはいられないし、皆に見られている前で、その続きさえも妄想した。
それと同時に自分に心配を注いでくれることに胸が締め付けられそうであった。
──落ち着けファウナ…。
幾度も大きく胸を上下させながら自分を落ち着かせようとするファウナである。──大丈夫、そう感じた処で蒼き目を大きく開いた。
「レヴァーラ様、御心配大変痛み入ります。ですがこのファウナ、貴女に忠誠を誓った身なれば、勝手に逝く訳には決して参りません」
またも立膝で恭順の意を示すが顔だけはしっかり上げて、レヴァーラの翠眼を捉えて離さぬファウナであった。




