第28話 ボタンの掛け違い
ヴァロウズのNo5、占い師のアビニシャンがロンドンで自由気ままにやっていた頃。
日本の東京ではNo3、全てを斬り伏せる光を収束した剣で天誅と称し、殺害を続けている天斬。
彼を止めようとする連合国軍配下に成り果てた自衛隊との小競り合いが続いていた。
「何が『我、悪を全て滅す』だッ! 剣なんざ今どき流行らねえんだよッ!!」
強化服姿の隊員達の銃口が一斉にその口火を開く。集中砲火、確かに剣が届く前に相手を撃ち殺せば普通は勝ちが転がり込む。
「──下らん。魂を失った輩のやることなど」
全く以って気合が入らない声と共に、迫り来る銃弾を蒼白い光の剣で一閃の内に薙ぎ払う。たとえ武器が優秀と言えど、それを操るのは、ただの日本人の青年。
さらに自在に伸びるこの剣を次は憐れなる元自衛隊員に届かせて、瞬時の元に斬り伏せる。
天斬を囲っていた人間達の首や胴が一斉に袂を分けられ、公園の噴水広場の如く血飛沫が舞い上がった。
黒のスーツに小手と肩当だけは金属製らしい装備で守っている天斬。ネクタイも黒であり、まるで葬式帰りの男がその駄賃で、行き過ぎた葬儀屋を引き受けているかの様だ。
顔で特徴的なのは既に世間にも知れている赤と青のオッドアイ。さらに青い目の下にツギハギの頬が目立つ。昨今の医療技術ならば、こんな出来損ないの形成手術にはならない筈だ。
それにしてもこの天斬の握る柄以外、蒼白い光で構成されたこの剣は実に異様だ。光線銃が既に実用化されているのは既に触れた。
しかし光線剣となると別の話だ。未だに光線を固定化出来る技術は構想のみで、成功例が実在しない。
けれどもこの天斬の握るソレは、まさしくSF映画かアニメの世界を彷彿させた。
処でこの天斬という男。目前に居る者共を総じて刻んでいる訳でない。
汚職に塗れた政治家や規則を遵守していない自動車など、惡と判断した連中だけ、分け隔てなく天誅を下す。
なれど余りにもその罰の基準が手厳しく、故に世間の評判は殺人鬼として知れ渡りつつある。
まるで幕末の世に絶望した人斬りの如く、往来の度に血の雨を降らせていった。
◇◇
「処でアル・ガ・デラロサと言ったか……貴様達の魂胆は何処に在る?」
デラロサの愛機、グレイアードの足元に、レヴァーラがその長い脚を組んで腰掛け、肘をついてニヤリッと煽る。
「──おっと、危ない危ない。踊り子様は読心術でも使えるのかな?」
デラロサとて百戦錬磨の男だ。冷たい視線を真っ向から受け止め、質問に答えない。その隣で緊張感丸出しのマリアンダが腰の銃に手を掛ける。
「フッ! 馬鹿にするなよ小僧──。犬が飼い主を捨ててまで此方に靡くには相応の理由があろう? そんなもの心を読むまでもないわ」
たったの2機で敵の総本山と思しき場所へ向かって来たのだ。あからさまに軍規違反な行動であるとレヴァーラは、難無く見抜いた。
「やれやれ……まあ、でしょうねぇ……。いえね、単純な話ですよ。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うでしょう?」
アルが肩を竦めてレヴァーラの物言いに、態度で応答と為した。
此処に居るのは隊長でも大尉でもない。ただの戦争が好きな一個人に過ぎない。未だそこまで割り切れてない随伴者は不憫だ。
「成程──貴様等の小賢しい索敵では、エルドラやディスラドの居場所すら知れぬ。ならば専門家に聞くのが一番……そういう事だな」
レヴァーラの愉悦が止まらない。至極最も理由だと、その場に居合わせた皆も納得した。
「要は知っている情報を流せという事ですね。まあ判り易い条件ですが……」
リディーナが長い銀髪を掻き分け頭を抱える。当然だ──寧ろ此方が聴きたい。
「ディスラドなら心当たりこそ在りますが、今の私達が束で掛かったしても、エトナ火山と同じ目に遭うことでしょう。エルドラに至っては本当に判らないのです」
そう、ディスラドの居所なら知れている。何なら向こうの射程範囲に自分達は存在している。
一方、星を落とせし者に至ってはまるで見当がつかないのだ。他の此処を出て行った輩の情報とて、世間に知れ渡っている内容と大して変わらない。
「奴らの力の根源を知りたくば教えてやらぬこともない。但し──聞いた処で理解出来るとは思えんがな……ククッ」
これはレヴァーラの本音である。科学──そんな物差しで推し量って納得のゆく内容ではないと本気で確信していた。
有益な情報が得られそうに無い。さぞ落胆するかに思えたアルなのだが、楽天家の姿勢を崩そうとしない。
「全然構いませんよぉぉ。それでも同胞と共に居るより余程マシだと私の勘がそう告げているんでねぇ」
相変わらずの笑顔を絶やさず自身のこめかみを指差し言い切った。因みに連れて来た同胞は相当困惑していた。
「──処で足りぬが何をしている?」
「No7とNo8なら、外で何やらやってるらしいぜ」
レヴァーラの主語足らずは、此処に集っていない者を指している。No6のチェーンは医務室のベッドでぐうたらしているのは知っているから聞くまでもない。
ただこの騒動へ真っ先に駆けつけそうな2人の姿が見えないことを指しているのだ。無遠慮に煙草を吹かすNo10が耳を穿りながら応じた。
ジレリノにしてみれば、やはりアル・ガ・デラロサは、いけ好かない相手だ。自分も2人についてゆけば良かったと内心思っている。
「さ、差し出がましいのですが、あの2人に私がアドバイスしたのです……」
軍の2人が投降して以来、口を噤んでいたファウナがさも申し訳無さげに告げる。
「──ほぅ?」
踊り子の興味が金髪の女神候補生へ切り替わる。元軍人の話より、余程興味があるのか身を乗り出してきた。
ガシャン! ガシャンガシャンガシャン!
急に外が騒がしくなりこの地下地下格納庫の床が揺れ出す。慌ててリディーナがモニターに外の様子を映し出した。
機械仕掛けの白狼と化したチェーン・マニシングが、戯れる犬の様にフィルニアとディーネを追い掛け回していた。チェーンは寝てなどいなかった。
「な、何だァァありゃァッ!?」
これまで平然を決め込んでいたアル・ガ・デラロサの顔色が途端に変わる。マリアンダも同様だ。
軍の機密である自分達の乗機を遥かに凌ぐ四足駆動の機械が縦横無尽に動いているのを見れば当然だ。
「アレも人の変わりし姿、No6のチェーン・マニシングです」
「ハァッ!? アレそのものが人間だっていうのかッ?」
──全く何をやっているのやら……。頭を抱えつつ白狼の正体をリディーナが明かす。
アルの顔が完全に崩れ、余裕の口調すら失われた。最新鋭のメカかと思いきや『アレも人の為せる能力』などと聞かされては、取り乱すのも止む無きことだ。
これまで見せられたどんな能力よりも、目前の者に魅せられた。
「オラオラァッ!! そんなんじゃ特訓になんねえぞォッ!」
「う、五月蝿い馬鹿犬! こっちはファウナちゃんに言われた事を思い返してる最中なのよぉぉぉっ!」
ディーネが脱兎の様に逃走しながら声を張り上げた。
──い、行かなくて正解だった!
ジレリノは心底そう思った。何の備えも無しにNo6と遊ぶ気になれやしない。
「フィルニアさんは風、ディーネさんは水分を自在に操ります。──ですが自分の能力を思い違いしていると私はそう伝えました。ただそれだけです」
皆が慌てる様を尻目にファウナが静かに締め括る。彼女にしてみれば、それに気が付かない方が辛辣だがどうかしていた。
「──成程。要はボタンの掛け違いか……」
──ファウナ・デル・フォレスタ。やはり面白き存在だな……フフッ。




