第27話 聖書にも神話にも……
──少し時間軸を戻す。
連合国軍スペイン・バルセロナ基地にて『別命あるまで待機』と命じられたアル・ガ・デラロサ大尉とマリアンダ・アルケスタ少尉2名。
普段誰も寄り付かない、まるで地下牢の如き、ジメジメした部屋に司令官から召集された。カビ臭に思わずアルケスタが顔を顰めた。
「……こんな場所に呼び出して済まない。2人に極秘特殊任務を依頼したい」
「「……??」」
アルとマリアンダが不思議そうな顔を見合わせ首を傾げる。『済まない』やら『依頼したい』。
そんな弱気な言動、軍人としても一個人の戯言ですら聞いた覚えがまるでないのだ。
「……御命令ではないのでありますか?」
少し間を置いてから至極当然の質問をアルケスタが口にする。
「アルケスタ君、私とて軍の歯車の一部に過ぎん。本来命令とは軍上層部から降りて来る、或いは私が決めたものであっても事後報告をするのが筋だ」
飾りっけの無い眼鏡のレンズを磨きつつ、部下へ視線すら合わせようとしない。拒否権の無い連中相手に指揮官がやる事ではない。
「つまりは司令の独断専行であり、指揮権が無い故、依頼という訳ですね」
全てを飲み込んだアルがニヤリッと笑う。───流石俺が選んだ司令官殿だと独り悦に入る。昼間、馬鹿共相手に能無しを演じた司令官は、建前であったと改めて確信に至る。
「デラロサ君、君のやりそう事くらい、私とて重々承知しているつもりだ…」
「やれやれ……ハハッ、ですよねぇ……」
「え、ええ……」
自分だけ話についてゆけていないと知り、両者の板挟みとなった気分で戸惑うマリー。2人の顔を交互に見ながら右往左往するしかない。
司令官とアルは、ただの19歳の少女に戻ったマリーを尻目に、お互いほくそ笑んでいた。
「アル・ガ・デラロサ大尉、マリアンダ・アルケスタ少尉両名は明朝0100、当基地より離脱、踊り子の元へ白旗を掲げ伺って貰いたい」
「──ッ!? 敵に下れと仰るのですか!?」
空挺機すら使わず単独で、敵の本拠地へ白旗で向かえ。
マリーの目が丸くなった。元々白目の多い自身の眼から、完全に瞳孔が失われたのではないかと錯覚する。
「マリー、落ち着くんだ」
「あ、は、はい……ご、ごめんなさい」
いつになく優しい一人称の男としてマリーを促すアルに対し、軍人を捨てたやり取りで、どうしても戸惑わずにいられない不器用なマリーが、途切れ途切れで返事した。
「デラロサ君、あとの動きは君に一任する。責任は全て私が取れば良いだけの話だ。実に安い買い物だよ」
「ええっ!? そ、そんな……そんな事って……」
司令官が自嘲気味に語るのを聞いて、マリーはその場に崩れ落ちた。『安い買い物』とは即ち、命すら投げ売りする覚悟だと今さら気づいた。
──加えてだ。
もし司令官より相談が無い場合、アル自らが率先して独断専行という罪状すら被る気であったことも思い知った。
何より自分だけが未だ言われた通りにしか動けない子供であったと恥じる。軍人として、人として、この場で泣くのはいよいよ恥ずべき行為だ。
だが込み上げるモノを抑えきれる程、未だ彼女は成熟し切れていなかった。
カッ! 小気味良く床を蹴るデラロサの足音が部屋中に響き渡る。マリーは弱い心根を背中から刺された気分だ。
「了解! これより両名命令を遂行致します! アルケスタ少尉、何をしている! 指揮官の命令に敬礼をッ!」
デラロサ大尉が不意に軍人へ切り換わり、軍人としての矜持に応える様、鋭く少尉に命じた。
「……ハッ!? 了解! マリアンダ・アルケスタ少尉、同じく御命令を遂行しますっ!」
「……済まんな、赦して欲しい」
言葉少なめに応対した司令へ規律正しく頭を下げて、2人の軍人はその場を去った。
◇◇
敵……であった連中の突然なる投降。
レヴァーラから『鄭重に出迎えよ』と任を受けたリディーナは、それを抜け目なく実行に移した。
アル・ガ・デラロサのグレイアード。さらにそれよりも巨大なるマリアンダ・アルケスタの駆る白い機体。
こんな者共を受け入れる器など、この島中を探しても在りはしないかと思いきや、何とレヴァーラ等の拠点にしている白いビルの前の地面が、それら2台を纏めて格納出来る大穴を開けた。
しかしそれは当然である。ヴァロウズのNo6、機械生命体に化けるチェーン・マニシングをそのままの姿で受け入れられる格納庫が存在するのだ。
これにはバルセロナ基地の整備基地から鞍替えをしたデラロサとアルケスタも『素晴らしい…』と嬉しみを以って大層驚いた。
リディーナは医者としてアノニモやジレリノの重体ぶりを対処したが、彼女の本職は科学者である。機械生命体のチェーンを整備はおろか、何なら改良出来るとまで豪語した。
「これは何とも壮観な……これひょっとして俺のグレイアード、増々強くなっちゃうかも?」
ヒューッと気楽に軽口を叩くデラロサと随伴するアルケスタの前に、この組織の総大将御自らが姿を現す。
「本気で我が駒と為るのであれば、その願い……叶えてしんぜようぞ」
ニタァと顔を緩ませつつ、握手の手を2人の軍人に向けて差し伸べる。それをデラロサが何の躊躇いも無しに握り頭を垂れる。
「無論であります! このデラロサと此方に居るアルケスタ。我先に敵陣へ雪崩込み、と金となって御覧にいれましょう!」
デラロサの口が本当に良く回る。隣にいるアルケスタが──気味が悪いと感じる程に。
「トキン……? 嗚呼、確か日本のショーギであるな。随分と威勢の良い……」
「将棋を御存知とは何と聡明な……判って頂き至極光栄であります!」
正直少々ウザったい程、デラロサの高揚が留まることをまるで知らない。
「て、手前! 傭兵上がりの癖に何が連合国軍大尉だッ! 中東での戦いを俺は忘れてねえぞッ!」
必要以上に和やかなムードに包まれるかと思いきや、No10のジレリノが碧いポニテをまさしく馬の尾の様に揺らし、恨み辛みを大いに吐き出す。
「おおっ! これはあの時の可愛らしいお馬ちゃんっ!」
「誰が馬じゃゴルァァッ!!」
最早ポニテではなくポニーを見つけた少年の様に指差し、ハイテンションとなったデラロサ。
完全にブチ切れしたジレリノが向かってゆくが、小娘の様に軽くあしらわれる。ジレリノが幾ら殴るその手を伸ばそうとも、青い頭を撫でるデラロサに届かない。
「まあまあ、この間はこっちが完全にやられたんだから、相殺ってことで仲良くしようよォォ」
「と、とにかく俺の邪魔をすんじゃねえぞッ!」
実に馴れ馴れしい態度である嘗ての敵に、絆されるより他ないジレリノであった。
◇◇
「嗚呼……だから考えるだけ無駄だとあれ程忠告したのに」
ロンドン郊外に於いて、No5の餌食となり、見るも無残な屍を晒す憐れなる男が1人。
殆ど瞳孔がない白目の女性が、さも憐れんだ顔つきで死体に向かい囁く。アビニシャン……彼女の視力は完全にその機能を停止している。
見た目だけなら思わず声を掛けたくなる神秘に溢れた魅力がある。左右対称の派手な髪飾りは東洋の雛飾りの様だ。
自然な真っ白の肌に、両肩を晒した白い布地の服を着ている。
背も小さく手足も細く、おまけに全盲とくれば手助けと称して、良からぬことを企む男共が後を絶えない。
この被害者も元を辿れば加害者であったやも知れぬ。狙った女性がアビニシャンでなければの話だ。
「この世に正解なんて決してないのよ。聖書にも神話にだってね……。増してや貴方みたいなお馬鹿さんが導き出せる訳ないわ……ウフフッ……」
墓標代わりのカードを1枚、その馬鹿者の上に落し、笑みを絶やさず立ち去るであった。