第26話 特務
連合国軍スペイン・バルセロナ基地では、重苦しい雰囲気の最中、とあるミーティングが開かれていた。
「エルドラ・フィス・スケイル──『緑の流星』、あの一件以来沈黙を続けている。だが先日、ミラノを噴き飛ばしたディスラド──『金色の炸裂弾』……」
この基地の総司令官がプロジェクターの映像を指しながら淡々と報告を続けている。
円卓の座席でそれに聞き入る殆どの者がその総司令官と同じ面持ちである。
そんな最中ただ一人、銀髪に灰色が入り混じる男だけのみ、頭の後ろで手を組んでテーブルの上に脚すら投げ出す横柄な態度を露わにしていた。
「……デラロサ隊長、幾ら何でもその態度は」
「あぁっ!? んなこと判ってんよォ!」
その男を小声で嗜めようとする隣に座る女性。男はどれだけ言われようが決して改めようとしない。呆れた他の輩がワザとらしく咳き込む。
この男、アル・ガ・デラロサ大尉にしてみれば至極判り切った事を、判らぬ馬鹿共へ説明しているこの時間こそ無駄なのだ。
「──シューティングスターとビッグバンの被害にこそ及ばないが、異常な事件が日本とイギリスにて発生している」
プロジェクターの画像が先ず日本の被害状況に切り替わる。その凄惨なる映像に首を振る者や、思わず声を上げる者もいた。
自動車、家、果てはビルが完全に斬り裂かれ、夥しい流血を帯びている。
全てを一刀両断にしているこの男。
エルドラやディスラドの様に名乗ってこそいないが、青と赤のオッドアイ、スーツ姿と収束した光で形成された剣を武器にしているのが特徴である。
嘗て幕末に於いて邪魔者を斬り伏せた人斬りになぞらえて『天誅』と呼称されている。
次にイギリス、主にロンドンで起きている奇怪なる事件映像。
これには隊長を戒めようしたマリアンダ・アルケスタ少尉ですら胃液が昇ってくるのを抑えきれない。
アルケスタは数々の死線を潜り抜けた歴戦の兵士だ。同じ軍人でも基地の椅子に根を生やした連中とはまるで異なる。それにも拘わらず身体が容認出来ぬ絵柄なのだ。
ロンドンに於ける被害者の映像──全て1人ずつの大写しなのだ。その上それら全ての死因が異なる。全身の穴から流血していたり、臓器を口から吐き出している者すらいる。
イギリスと言えば19世紀、切り裂きジャックという殺人鬼が横行した場所である。
それを引っ張り出し、呼び名を『殺人鬼』とした。此方は犯人の姿どころか殺人の手口すら掴めていない。
バチンッ。
プロジェクター映像が消され、会議室の灯りと入れ替わる。部屋こそ明るくなったが皆の目は、光を喪失していた。
「──以上、何れも常軌を逸した事件の報告である。何か質問はあるか?」
「ハイハーイ、いつから軍は警察の真似事を始めたのでありますか」
此処でこれまで白けていたデラロサが気軽な声で手を挙げる。円卓の上にある脚はそのままだ。
「デラロサ大尉……それはこの一連の事件全てがあのシチリアの例の踊り子に端を発したものだ……私はそう考えている」
此方も相変わらずブレる事なく応じる。デラロサの態度に逐一怒る程、器量の小さい司令官ではない。もう手慣れたものなのだ。
ニタリッ。
デラロサの口角がクイッと上がる。
「……でしょうねぇ。それで? この後どうなされるおつもりでありますか?」
さらに司令官を煽るデラロサ。『お前、聞くまでもないことを……』と少々苦虫を嚙み潰す司令官、応答代わりの言葉で鋭く突き放す。
「別命あるまでアル・ガ・デラロサ大尉、マリアンダ・アルケスタ少尉は待機だ」
ガタッ!
「了解であります!」
「了解!」
渡された台本があるかの様な動きで機敏に席を立ち、敬礼するデラロサと、それに引き摺られるが如く、同じく敬礼したアルケスタであった。
◇◇
「──随分と暴れ始めたものだ。日本人の方はNo3、全てを斬り伏せるのを望んだ男『天斬』だ。これは見た通りの能力だよフフッ…」
自身の子供達の活躍を悦びつつも『まだまだだな』と嘲笑う、一際抜きん出た継母のような踊り子。
完全にイタリアから見限られ、シチリアという地名すら意味を成さなくなりつつあるこの地。
異能者達の中枢とディスラドから公開されてしまったレヴァーラ等にも当然、それらの情報は届いていた。
「そしてロンドン……このやり口は恐らくとしか言えんがNo5、占い師『アビニシャン』であろうなクククッ……」
「占い!? アレが占いの結果だと言うのですか?」
一方、まるで死因すら掴めていない凄惨なるロンドンの惨状を見ながらレヴァーラはそう断定した。
これには全てを見透かす蒼き目を持つ魔導師ファウナ・デル・フォレスタですら、理解が追い付かずに狼狽した。占い師───そんな職業が成せる業とは到底思えない。
「ヴァロウズNo5の実力者と定義したのがアビニシャンです。彼女は思考を捨て、己の生き死にすらタロットに預けた存在なの」
珍しく口を挟む銀髪の保護者リディーナである。その顔にレヴァーラの様な余裕は微塵も垣間見せない。
「はぁッ!? ま、全く以って意味が判らんぞッ!」
「……思考を捨てた!?」
ヴァロウズの能力を知らされていない新参者、オルティスタとラディアンヌも同様の疑問を呈する。確かにファウナの質問に対する答えに全くなっていない。
「ファウナちゃん達の驚きは無理もないよ。でも事実なのよ、アビニシャンを相手取った者は、タロット占いという審判に掛けられるの」
蝶を模した髪飾りを弄りながらNo8のディーネが続ける。結果だけで理由を説明出来ないからどうにも気分が冴えない。
「そうだ……何れかの生死を賭ける。賭けであるなら当然アビニシャンとて負ける公算がある筈なのだが絶対に勝利するのだ」
さらにNo7のフィルニアがこれも判る範疇で応じる。ディーネと同じく何とも言い難い顔つきだ。
「……要はあの女の勝ち筋が見えん。ただの運だけであるのなら実力が計れぬ。だからNo5としたのだ」
理由の判らぬ余裕の笑みを、相変わらずレヴァーラが独り占めして〆括った。
「なんだなんだそのチート振りは? どうせイカサマじゃないのか?」
「オルティスタさん、言いましたよね? アビニシャンは思考を捨てた存在なのです。寄って小細工……!?」
ふざけるなと喰ってかかろうとしたオルティスタを宥めようとしたリディーナの顔色か蒼白に変わる。
ピッ。
No3とNo5の情報を映していたモニターを瞬時に切り替えた。メッシーナ海峡をホバリングしながら進む2機の人型が映し出された。
灰色をベースにしたロボットと、それよりも一回り大きい白い機体。
見間違える訳がない。一度蹴散らした軍の連中であった。一同の顔に緊張が一気に走る。
「──えっ? 白…旗?」
ファウナがその異常ぶりに気づいた。戦う意志の無い表示に。
『此方連合国軍スペイン支部、アル・ガ・デラロサ大尉。踊り子に一時休戦を申し出る。繰り返す……』
やはり間違いなく以前戦い打ち破った連合国軍に違いなかった。
「……成程。向こうにも頭が良い輩がいる。ククッ……。リディーナ、精々鄭重に出迎えるのだ。アレは我等の駒に為り得る」
既に上がっていた踊り子の口角。さらに口が裂けんばかりに上がった。
──さて、我が踊るか踊らされるか……実に愉快ではないか。