第24話 もう一つの火種
「か、勝っちゃっよあの二人……No6に」
ヴァロウズNo6の自由人、チェーン・マニシング対ファウナの護衛である二人。ラディアンヌとオルティスタによる一戦。
白いビルからこれを高みの見物と洒落込んでいたNo7~No10の4人であったが、何と見事に完封するのを見せつけられた。
窓ガラスにゼロ距離で迫り、目を白黒させているのはNo8のディーネである。この4人の中で特に『ただの御付きが……』と馬鹿にしていた彼女である。
「まあ……思っていたよりやるじゃないか」
ディーネの驚き具合とかけ離れているものの、此方も驚いているNo7のフィルニアである。1対1では一度たりともチェーンに勝てていないのだ。
二人掛かり、チェーンの油断……。様々な事情こそあれど、こうも一方的な展開になるとは予想していなかった。
「だから言ったね。アイツ等やるって……」
「アイツ等この間の連合軍相手にもまるで引けを取らなかったな。機械特攻補正でもあんのかねぇ……クククッ」
だいぶ自分の想定していた展開とは異なっていたものの、宣言通りの結果にNo9のアノニモが実はホッとしている。
アノニモと同じくあの二人と交戦経験有りであるNo10のジレリノは、まるでゲームのノリでおどけてみせた。
しかしこれでもうラディアンヌとオルティスタの両者をお荷物と揶揄する連中はいなくなることであろう。
処で既に彼女達の興味は、勝敗の次へ動いていた。
ラディアンヌがどうにか救い上げた例の少女だ。
──アレがチェーン本来の姿なのか?
実の処、この4人ですら怪しいのだ。この中で一番強者であるフィルニアが負かした事が無い上に、何しろ何にだって化けられる。
自らの影すら持たないアノニモすら上回るミステリアスな存在なのだ。どうやら女……それも小柄で17歳のファウナよりも幼く見えるその容姿。
アレも化けた姿ではないのか?
正直誰も自信が無い。やられて力尽き果てに出て来た存在と解釈すれば、あの可愛げしかない少女こそ真の姿なのかも知れない……。
「……済まん、あれだけけしかけておいてなんだが、此奴ちゃんと生きてるか?」
何れも身長170cmを超えるモデル体型のデカい姉妹二人が囲っていると、チェーンがより幼く見えた。
因みに『ちゃんと生きてるか?』という問いならば、寧ろオルティ当人の方が余程危うい。何しろ腿を鮫に喰い千切られかけたのだ。
「大丈夫そうです。この柔らかな肌といい、はみ出た八重歯といい、こうしてるとなかなか可愛いものですね」
可愛い女子であれば無条件で受け入れてしまうラディの母性を擽ったらしい。
微笑を浮かべながらラディがその柔肌の頬をツンツンしてみる。たまにチェーンが「う、うぅ……」と嫌がっていそうな声を漏らす。
「……オルティスタ。その怪我早く治療しないと手遅れになるわよ」
いつ間にやら空を飛んでこの会話に加わっているファウナ・デル・フォレスタである。確かにこの娘の心配をしている場合ではないのだ。
「いくわよ……『森の美女達の吐息』」
ファウナが森の精霊ドリュアスに語り掛け、彼女等が集めた精気をオルティスタの為に少しづつ分けて貰う。千切れかけた足の傷が完全に繋がってゆく。
「あと二人共、事が済んだのだから早く向こうへ御戻りなさい。キチンと静養しなきゃ駄目だよ」
一回り以上若いファウナが保護者面してお説教の時間である。
「はい、ファウナ様」
「判った判った……そう喚くな」
ファウナに叱られるのすら御褒美なラディアンヌがさも嬉し気に返事する。オルティスタは耳を塞いで「……ってちったあ身内を褒めろ」と文句を垂れた。
だけどファウナの言う事は当然だ。なので言われるがまま二人はチェーンを連れて帰還する。
ファウナは二人をそのままリディーナの元へ連れてゆき、オルティスタの怪我の検査と、チェーン・マニシングの身柄を一旦、引き渡そうと考えていた。
独り……孤独で物思いに耽っている人物が居る。静けさを取り戻したメッシーナ海峡を見ながらである。
これではまるで昼食に誘ったファウナから置いてきぼりをくった様だ。無論、レヴァーラにも誘ったファウナにもそんな気は微塵もない。
──ファウナ・デル・フォレスタ……自ら魔法という能力を編み出した言わば自然体。
我が無理矢理こじ開けた能力達に引けを取る処か、寧ろ上を往きつつある存在だ。
さらに先程、彼女に仕えし女傑の二人。
武術家のラディアンヌと自由なる剣士オルティスタの力もこの目に焼き付けた。見事という以外の言葉が見つからない、素直にそう思う。
「既に人の覚醒とやらは始まっているのやも知れんな……。あの爺や、我が手を下すまでもなく……」
傾きかけている陽光を浴びながら、そんな心の声をふと漏らした。
そんな平和ボケしても構わないと思いたい静けさの最中、その想いを踏みにじる爆音が鳴り響いた。地震の様に地面が揺れ動く。
そしてメッシーナ海峡の北側、イタリア本土の何処から大爆発の焔と共に、未だ沈んでいない陽光すら隠す黒煙が入道雲の様に空一面を覆い尽くした。
『れ、レヴァーラ様ッ! たった今イタリアのミラノが!』
レヴァーラの腕時計からリディーナの慌てふためく声が届いた。この時計、通信機の役割も兼ねている。
「嗚呼……判っているリディーナ。此処から目視で確認出来る……とんでもない事をしてくれたものだ2番目」
1番目の時とは違い、民衆の住む真っ只中を一瞬にして大焦熱地獄に堕とした。
──怒り? いや、そんな衝動など起きやしない。ただただ呆れ果てているだけだ。我の創った出来損ないが仕出かしたこの振舞いに……。
「……で、あの馬鹿は何と言っている?」
溜息をつく行為すら無駄に思える程、無心に落ち往くレヴァーラ。だが自分が撒いてしまった種の言い分位は、耳を傾けてやるが礼儀かと少しだけ思い直した。
『ほ、放送を流します……』
──俺の名はディスラド。あの沖縄と真珠湾を焼いたエルドラ・フィス・スケイルの手の者だ。
「フッ……そんな訳が無かろう。笑えない冗談だな」
あの人嫌いのエルドラが配下に人を置くとは到底思えず、またディスラドが人の下に付くなど考えただけでも吐き気をもよおす。
──そして13年前、シチリアのエンナ火山を無き物としたエルドラ様の力と、たった今ミラノを火の海と化した俺の力。
「……何が言いたい? この俗物」
13年前の歯痒き無念の出来事を引き合いに出され、レヴァーラの顔に暗雲が立ち込める。
──これらは何れもシチリア島のレヴァーラという女が与えし力だ。
「……! ほぅ……良く喋る」
自分の名を聴いた刹那、その目にどぎつい怒りが浮かんだ。なれど直ぐ我に返り、ディスラドの真意を悟った。
「あの大馬鹿め、この島を中心にどうしても世界大戦がやりたいのだな。それこそ奴が真に望む能力か」
エルドラの名前と、このただの踊り子の名を挙げてまで戦争を望むディスラドを、少しだけ不憫に感じた自分の変化に驚いた。
ただただ己の力を世界へ見せびらかしたい。酷く子供じみた発想を不憫と知覚出来た事に、ハッとしたのである。