第22話 可愛い方の姉貴分の本気
ラディアンヌとオルティスタの二人がヴァロウズのNo6、『チェーン・マニシング』なる者を相手取ろうとしていた頃。
ビルの窓からレヴァーラとファウナの秘め事を盗み見していたNo7のフィルニア、No8のディーネの二人が次はこれから始まるであろう戦いを観戦する為、視線の送り先を変えた。
「あの二人だけでチェーンをだと? 奴の実力は伊達ではないぞ。助けに入らなくて良いのか?」
チェーンの直下に位置するフィルニアが二人の身を案じ、もう一つ下のディーネへ問い掛ける。ディーネはただ楽しそうに口角を上げるだけだ。
「何……丁度良いって思わないの? 僕はねファウナちゃんの実力だけ買っているのよ」
腕組みしながらただの人間である二人を見下す。ヴァロウズではないあの二人。女神候補生の御付きという肩書きだけで自分達と対等に扱うのは正直片腹痛いと感じていた。
「あの二人……此処に居るのに相応しい存在なのか? しっかりと見せて貰う良い機会なのよ。大丈夫だってっば。救うに値する存在なら、ちゃんとしてあげるから……フフッ」
浴場でファウナと散々ふざけ合ってた学生気分のディーネと、同一人物とは到底思えない冷ややかさぶりである。
「──アイツ等、意外とやるね」
そこへ周囲に気配すら感じさせないNo9の暗殺者、アノニモが突如ディーネの影中からヌッとその黒い全身を出現させ、例の特徴的な語尾で邪魔をする。
「へぇ~──珍しいこと言うじゃないの。アンタが他人の実力を認めるなんて。それって所謂経験則って奴ぅ?」
ディーネは自身より配下の女から意見され、内心穏やかではない。しかしそれを易々と表に出すのは憚りたいのだ。
「別に──そんなんじゃないね」
どちらが上か、何が相応しいのか。
そんなものには全く興味を示さず『お喋りは黙って見てるが良いね』といった具合に無表情といった態度で心中を露わにするアノニモであった。
──ムッ? 見ない顔だな……。
海上を駆ける白狼がラディアンヌとオルティスタの2人に気付いた。
当然初見なのだが、真っ赤に滾る剣と短剣の二刀で迫る女と、如何にも東洋の武術家を思わせる格好をした女。これらが自分に負けぬ劣らぬの速度で空を駆けているではないか。
とにかく目立つ、異様に目立つ。出来る奴の風格を漂わせ、風を切りつつ分割して迫り来る。
──へぇ……面白うそうじゃん。ヴァロウズ以外にも兵を雇ったのかレヴァーラは。先ずはお手並み拝見と洒落こもうかなっ!
「ウォォォォォンッ!!」
勢いに乗じて白狼が雄叫びを上げる。別方向から強襲されることで取られる優位を嫌がり、武術家の方へ狙いを定めた。
メッシーナ大橋の残骸を蹴り、狼の鬣を模した箇所から火炎を上げつつ速度に上積んだ。
──出来るッ!
「やはり無手である私を先に狙いましたね。ですがそう思い通りにゆくでしょうか?」
その判断や良しと心で讃え、顔ではほくそ笑むラディ。敵が左前脚の鋭利な爪を振り上げて、それが今にも当たるかに思えた。
「──なっ!?」
「我、風と共に在り……」
この武術家、まるで綿毛の様に白狼の鋭い攻撃をいなしてみせる。稲穂が突風を受け流す自然の摂理といった動きだ。
フワリッと自分の5倍はありそうな巨躯の上へ流れてゆく。そこに在るのは大橋の巨大な鉄骨。これを全身バネといった動きで蹴り飛ばし、敵の背後の後頭部目掛け、弾丸と為りて一挙に迫る。
この一連の流れ、ラディアンヌの思惑通りなのである。最初の攻撃は全身の力を抜いて綿毛と化し、鉄骨を蹴る際には鉄鉱石の如くその身を硬化させた。
「フンッ!」
「グハッ!?」
連合軍の強化服兵を蹂躙した右掌底を左肩周辺へ的確に当てた。
狙いは頭の後ろであった筈なのに、気がついたら肩が外れたかと錯覚する程の一撃を見舞われて海上を転げ回る白狼姿なチェーンの憐れな醜態。
ラディアンヌが先ず後頭部を狙いそのまま全力を叩き込むかと思いきや、左手で首根っこをガシリッと掴み、自らの身体を反転させた。
まあこれに関しては掴まれた時点でチェーンとて五感が反応していた事だろう。五感──それが人間の急所を知り尽くしたラディアンヌ本来の狙いである。
この如何にも機械である相手の本質は人間だとレヴァーラから聞き及んでいた。
ならば自分の戦い方が通用しない訳が無い。肩口に気功を込めた強烈な一打を浴びせれば、こんなデカブツでも動きを封じられる。
やはり全てがこの女武術家の掌の上で創造した通りに事が運んだ。そしてさらに海の上と瓦礫の山を転げて来た相手の前へ先回りする。
だがこの好機に一体どうしたのか。
両腕をダラリと下げ、特に構えらしい感じではなく、立ちくらんでいるかの如くフラッとしているだけなのだ。
「──ガァッ!?」
それでも気が付けば眉間の下あたりを拳で激しく殴打され、激痛と驚愕に打ちのめされる。
ノーモーションからの一撃で一瞬にして鼻呼吸を奪われたチェーンは、堪らず海中へ難を逃れるべく潜水してゆく。
武術で人を殺める術を熟知しているラディアンヌなら自明の理。どんな体勢からでも瞬時に体重を乗せた拳を繰り出せるのだ。
余計な構えこそ相手に反撃の糸口を与える。その全身が脳ではなく反射でそれを理解しているからこそ成せる業だ。
「……な、なかなかやるじゃないアイツ」
双眼鏡を覗き込みながらただの武術家をディーネが一応褒める。ディーネの液体を自由に制御出来る能力は、相手に触れてこそ最大の効力を発揮出来る。
寄って懐に潜れる体術無しでは成し得ない。だからその辺りは大いに研鑽を積んだつもりだ。なればこそラディアンヌの凄味を理解しない訳にはゆかないのだ。
──それにしてもあんな可愛い顔してて、やる事がエグ過ぎんのよ……。
この間、浴場にて大いに欲情してた女とは思えない身のこなし。ディーネは自分の能力値を棚に上げていた。
「おおぅっ、あの乳デカ女。やっぱりやべぇなぁ……」
「ジレリノ……。何も我等に近寄るのに音無しは不要ではないか?」
この場に不意をうって現れたジレリノがニヤニヤしながらそれを眺める。足音すら立てずに近寄って来たその笑えない冗談にNo7のフィルニアがクソ真面目な文句を垂れた。
No9とNo10。これ程隠密に秀でた組合せが揃い踏みになると、味方ですら背筋に緊張が走る。
「そっれにしてもアンタ、良くあのデカい女相手に完封出来たものねぇ」
「ククッ──それは間違いだディーネちゃん。闇に紛れての仕込みが在ってこその楽な仕事だったんだぜ」
ディーネが自分の胸を手で支えるジェスチャー混じりで、ジレリノへ質問を浴びせる。それを苦笑だけで一蹴した。
「しかしだ。チェーンの奴、海へ潜った。こうなると呼吸術が生命線の、あの武術家ではどうにもならない」
独り未だに自分より上の存在に相対する警鐘鳴らしを続けるフィルニア。その良い声で言われては説得力が跳ね上がる。
「──問題ない。もう一人も対人の専門家ね」
オルティスタと実際に剣で語ったアノニモがポツリと呟く。彼女もジレリノ同様、唐突な女神がでしゃばるまで完封だった。
暗殺者といえば手段を選ばず、相手に何もさせずに終わらせる専門家だ。そんなアノニモに『対人の専門家』と言わしめた。




