第20話 ……好意に値する存在だ
ファウナ・デル・フォレスタと御付きの2人がレヴァーラの元に馳せ参じてから10日位が過ぎていた。
そんなファウナが先だって行った事。
それは自分達の命を奪おうとしたヴァロウズNo9アノニモと、No10ジレリノへの森の精霊達による回復術を施した。
これにはラディアンヌとオルティスタが断固として異を唱えたのは当然である。
また自分達に取って好都合な話であるにも関わらずレヴァーラが『本当にそれで良いのか? 特にアノニモは未だ床の上故、大変有難い申し出だが…』と躊躇った程だ。
しかしファウナ自身が『やらせて下さい』と頑なに譲らなかったため、結局実施されたのである。
さらにフォレスタ家の威厳を存分に活かし、嘗て自分達が守護していた森の住人達に働きかけ、イタリア本国と流通の滞ったこの街への援助の話を纏めたのである。
フォレスタ家への恩義と共に、物資こそ無いが資金は在ったレヴァーラより『報酬は言い値で払う』という英断も重なった。
森の住人達は一時的だが街へ転居し、見合った報酬を受けながら復興支援作業にも従事し始めた。
ファウナ達の戦力としての力のみならず、この様な副産物すら与えられ、『良いのか?』と辟易しているレヴァーラであった。
さらにファウナ達自身も『空を飛ぶための訓練の一環……』と称し、この復興支援に尽力している。
レヴァーラが辟易するのも無理からぬ事だ。
何せ味方であったヴァロウズ上5人に見限られた。能力を与えてやったという事実は、まるで足枷として機能し得なかった。
そして何よりファウナ・デル・フォレスタからの見返りを全く求めないその行動力が信じられない。
たった今、自分の足元にて汗まみれで労働していること自体、正直疎ましいとさえ感じる。
──何か裏があるのではあるまいか?
そう警戒せずにいられなかった。それ程までにレヴァーラという女は、他人からの施しに免疫力が皆無なのだ。
「皆ぁぁ、お昼よぉ! 休憩にしましょうぉ!」
時計の長針と短針が完全に重なったのを見て、ファウナが底抜けに明るい声で皆に働きかける。『ああ、もう昼かあ……』『メシだメシだ……』という労働者のボヤキがあちこちから聞こえて来る。
スーッと風を散らし自分の元へ、ファウナが笑顔で飛びながら上がって来るのがレヴァーラの目にも映った。
「──た、たまには御一緒しませんか?」
──何を?
窓越しに声を掛けられるレヴァーラ。この時刻、先程のやり取りを見ていれば『お昼ご飯を……』という主語なしで普通は通じそうなものである。
ファウナがパン等が入っている網かごを上げたのを見て、ようやく合点がいく鈍さっぷりなのだ。
──たまには海風に当たるのも良いかも知れぬ……。
窓を開き外へ飛び出すレヴァーラ。どんなカラクリなのか知れないが、緩慢な自由落下で地面へ向かう。
それを如何にも喜ばしい顔でファウナが追い縋って往く。
ファウナの空を飛ぶ有り様は、魔導書に書いた『重力開放』によるものだ。だがレヴァーラの見えない翼の有り様はまるで得体が知れていない。
そんな些末な事など微塵も気にしないといった様子のファウナである。
下からそんな二人の絡みを見つめるオルティスタ。少し位、気にして欲しいものだと正直思う。
フワリッと地面に降り立ったファウナとレヴァーラの両者。互いの長いひらひらが舞い上がるが気にも留めない。
此方の羞恥心については、ラディアンヌの方がやっぱり気にして欲しいとハラハラするのだ。
周囲の作業者達の視線が大いに浴びせられているのだ。もっともこの場合、ラディの視線が最強であるのは言うまでもない。
談笑しながら港へ足を運んで往く二人を見送る姉貴分達。姿形は全く似ていない黒髪と金髪の背中を追いつつふと感じる。
──ファウナとレヴァーラ……あの二人の天然ぶりだけは、何故だか折り重なるのよ。
瓦礫を椅子と勝手に定義した場所へ座る二人。目前に広がる深く蒼きシチリアの海と、さらに向こうへ見えるイタリアが二人を出迎えた。
「わ、私──ずっと森ばかり見て生きて来たから、この場所で食べるお昼は格別なのです」
やっぱりどんな辱めよりもレヴァーラの隣がダントツであるらしい。未だ面と向かって話すのを躊躇っている。
「ふむ? そういうものか、我に取ってこの海こそ見飽きた景色だ。それに……」
ファウナが差し入れた食事へ緑色の視線を移す。欠片も感情の見えない顔で。
「我に取っての食事とは生きる為の活動に過ぎぬのだ」
海風で揺れる長い黒髪すら面倒といった感じでただ受け流すだけのレヴァーラ。要するに美麗な景色も美味な昼餐も自分に取っては皆同じ。
彼女はそう自分の想いを告げているのだ。こんな感じだからファウナの『御一緒しませんか?』の主語とて全く解せないのも頷ける。
「ま、まあ確かに感じ方なんて人それぞれ……です……よ…ね」
僅かにファウナは俯く。憧れのあの人を歓喜させる気の利いた言葉の持ち合わせが無い。
──魔導書を記す時の如く、この人の前で言葉を紡ぎ出せたなら……。
ガッカリと下を向き、発言を止めた事が皮肉にもレヴァーナの興味を惹く結果になった。
「──いや済まん。我こそこういった触れ合いに……その……慣れておらぬのだ」
「レヴァーラ……さ…ま」
流石に悪びれた体でレヴァーラが詫びを入れる。
ファウナにしてみれば無理矢理此処へ引き摺り出した自分が悪いと思い悩んでいただけに、これは意外なる反応であった。
「こんな自分だから仲間──いや違うな。勝手に縁が出来たと思い込んだ連中に逃げられたのだな」
ファウナを見ながら自嘲気味に苦笑する。強さをギュッと固めて出来た様なこのレヴァーラが時折垣間見せる弱味。
──これよ、これが私の魂に突き刺さるの!
「レヴァーラ……様、恐らく野暮ったい事を申し上げます」
「ン? 何だ遠慮は要らぬ」
ファウナが自身を励まし、またも発言を試みる。再び余計なる一言を言うかも知れない。
だけども今はレヴァーラの気持ちが一身に注がれているのだ。この期を逃す訳にはいかない。
「慕っていた方々が御自分の元を去り、それ処か仇と成って現れる。その心中穏やかでいられる訳がございません……」
「……」
一字一句、丁寧に言葉を選んでファウナが発言すると、レヴァーラは黙って至極真面目な顔で聴き入る。
「でも人生には離別が必ず訪れます。貴女様から御卒業なされた……その様にお考えになれば少しでも気が楽になりませんか?」
「卒業──我は教師か?」
ファウナの言葉を馬鹿正直にも直球で受け応えする美しき主の様子に思わず吹き出しそうになる。
「フフッ……まあ、そんな処です」
「ふむ……?」
吹き出しそうになる口元を両手で抑えるファウナ。その生態をジッと観察し始めるレヴァーラ。
──ファウナ・デル・フォレスタ、やはりお前は実に面白い存在だ。
レヴァーラが不意に立ち上がり、金髪の美少女を跨ぐ形でグッと詰め寄る。壁ドンならぬ地ドン──早い話が押し倒し。
これ以上の決まり手は有り得ない。
「ファウナよ……お前と話をしていると、自分の抜け落ちたモノが呼び覚まされるのを感じるのだ」
「レ、レヴァーラ……様!?」
耳打ちされたファウナが酷く狼狽えた声を上げる。
「──好意に値する存在だ」
「こ、好意!?」
「何だ、魔法が書ける癖に好意すら紐解けぬのか?」
狼狽している未成年の頬を両掌で挟みこんだ。もうこれで逃げうつのを完全に封じた。
「うっわぁ……何アレ何アレ? ファウナちゃんを押し倒してるぅぅッ!」
「いやディーネ、アレはレヴァーラ様自らがファウナに堕ちたが正解だ」
二人っきりの昼間の情事をビルの窓際から窺っていたディーネとフィルニア。
視界の端々にようやく入る程のサイズだというのにフィルニアが二人の立ち位置を細やかに把握する。
フィルニアは風の使い手だ。読唇術よりさらに正確な会話内容を二人の唇の周囲に蠢く風の精霊達から悉に知れる。
これは何ともタチが悪い立ち聞き、同じ行動でもディーネより遥か上往く強かさだ。
穢れを知らない唇を、あの朴念仁なレヴァーラが奪い去った。
この破廉恥をラディアンヌが見て無かったのが唯一の救いか。恐らく卒倒したに違いあるまい。




