Final episode 『Fauna・Dell・Foresta』A PART
森の魔導書に描かれた緑髪の女性に化けた双子の姉ゼファンナ。
ファウナの名前を返上する処か、自分を破棄する常軌を逸した行動。
「早速今日からファウナ処かゼファンナ・ルゼ・フォレスタを捨てるわよッ! 名前……。うーん……エメラルダッ! うんッ! 今から私はエメラルダッ!」
エメラルダ……。恐らく緑色煌めく宝石エメラルドを軽くあしらっただけの事。容姿の別人を用意周到に準備しながら名前は決めてない辺り、姉の天然ぶりは揺るがない。
「えっと……。止めてももぅ無駄ね。私はファウナに戻ってごく当たり前に振舞えと?」
ファウナ、旧フォレスタ邸の自部屋に比べ、余りに広過ぎて落ち着かない気分。取り合えず、さも偉そうな椅子に座り、肘立てジト目で他人を睨む。
「これでスッキリしたわッ! 皆今日はもう此処でゆったりくつろぎそのまま泊まりなさい。部屋も沢山余ってるしッ!」
勝手に人様の家へ上がり込んだ体のエメラルダさん。
偉ぶって仕切るは相も変わらずなまま、ファウナの部屋を後にした。「あーっ!」全身を伸ばす大層気持ち良さげな声が扉越しでも届いた。
翌日──。
気持ちを新たに……人が入れ替わったのだから語弊を生むかも知れない。元鞘過ぎるファウナは、突拍子凄まじい新たな従者エメラルダに連れられ、未だ復興中であるフォルテザの街を訪れた。
「えっと……。な、何だか随分雰囲気変わたね」
昨日に続き驚き絶えず片言になるファウナ。世界最先端技術の粋を集めたフォルテザの街並みが見る影もなく18世紀ヨーロッパ辺りを思わせる雰囲気漂う。
道は殆ど石畳、建物も不揃いなレンガを重ねた壁に割合不格好な窓枠や扉が並ぶ。俗に言う異世界転生を彷彿させる。
「ど、どうしてこんな具合に……」
「連合国軍が世界中を滅茶苦茶にしたろ? 元の街並みを復興するにも建材が足りな過ぎんだ。だからこの街も瓦礫の山を極力再利用って訳。ま、合理的だろ?」
従者の長女肌、オルティスタが不揃いな石畳で軽くステップ踏みつつ出戻りの女神様へ御報告。
「わぷっ!?」
ファウナ、綺麗な顔を蜘蛛の巣に引っ掛け慌てる。べとつく不快な糸を両手で拭うと、何時の間にやら目前に現れた青いポニテ女の笑顔が視界に飛び込む。
「──よぉ、随分遅かったじゃねぇか」
「本当ね、もぅ死んだかと思たよ」
ニヤリッ一つで久しい挨拶飛ばすジレリノと変わらぬ口調で出迎えるアノニモ。街の物陰にでも隠れてたのか。忍ぶのが日常な二人。
「ジレリノッ! アノニモッ!」
黒服姿の女性が金髪とスカート靡かせ暗殺者組に突如飛び込み抱き締める。特に背丈の低いジレリノが持て余し後ろへドミノの様に倒れそうになる。
けれども他の誰かが背中を支えた。
「ファウナッ!」
「ファウナちゃんッ!」
再会の御挨拶が既に涙なフィルニアとディーネの風水コンビ。ファウナと両手で固く涙の握手を交わすフィルニア。そんな両者を一纏めに抱き締めるディーネ号泣。
「よ、よぉ……。お帰り」
琥珀色の目を伏せがちにする顔赤らめた可憐な美少女。頭に付けた白いフサフサの飾り。ショルダーカットの服装も白ベース。宝石をあしらった皮の首輪。白狼の耳匂わすチェーン・マニシング。
「チェーンッ!!」
「よ、止さないか。は、恥ずい……」
白い狼の妖精が余分に恥じて口も開けやしない。無線要らずの大声が嘘の様な可愛げ。花を握ってないのに存在自体が穢れ知らぬ白き花束の様。
ファウナ、皆と笑顔の号泣。
生きて再会出来た喜び、余計な言葉は要らない。
「──あ、ファウナさま!」
「ファウナさまだぁ!」
突然降って湧き出たフォルテザの子供達。あっという間に増える人垣。
女神に取って正直見知らぬ人々。されど皆、目輝かせ、家族を、友人を一人残らず守ってくれた私達の救世主に一喜一憂。
勝手に集合した純粋たる子供達。
この天使達を冷静装い相手出来ようものか。
ファウナ、嘗ての行いが過ちでなかった証拠に胸ときめく。さらに襷繋いだ姉へ言葉にならぬ感謝の涙、涙、そしてまた涙。
これ迄の誰にも優しい笑顔ひとつで元気を施すファウナ様と、違う様子を訝し気に見る子供達と騒ぎに気付いた大人達。
「ファウナさま、ど、どしたの? どっかいたいの?」
「だ、大丈夫ですかファウナ様?」
幼女がスカートの裾を引っ張り目を潤ませる。
この子の母親だろうか、慌てふためき女神へ向ける無償の心。
周りの全てが二人の女神から貰い過ぎた人々。感謝の恩返し以外、頭にないのだ。
「ご、ごめんなさいね。ファウナ様は、御出掛けした後で疲れてるのよ」
女神の代わりに言葉を返す初めて見る緑髪の女性。「お前さん誰じゃ?」独りの老婆が尋ねる。
「あ、あ、私はファウナ様にお仕えしたばかりの従者。エメラルダよ。今日は御多忙なファウナ様の代わりに私が何でも御相手するわ」
エメラルダ、ひそりと自分の手の甲を抓り痛みで涙を忘れる努力。腰に手をあて胸張る足掻き。
エメラルダが出戻りの女神に頼んだ事。
未だ地下で凍りの惰眠を貪るサイガン・ロットレンと彼を慕う天才プログラマーを守り抜かれなばならない。それは寿命訪れる自分には、やり続けられない使命。
例えいつの日かマーダに意識奪われようとも、マーダさえ生きていれば共に永久でいられる母娘だ。きっとやり遂げられる。
「ファウナさま、おでかけしてたんだ。じゃあ──おかえりなさい……だね」
「──ッ!!」
スカートの裾を握った少女が笑顔で告げた御挨拶。子供は悪気を知らない、淀み知らぬ好意。人垣からも次々に同じ声飛び交う。
──駄目。と、止まらないよ……。
躰震わせ泣き崩れそうになる女神の手を引き、そっと人垣を崩そうと笑顔振り撒く出来過ぎた新入りの従者。
「ごめんなさい。この後、御予定あるからこれで失礼」
エメラルダの声に道を開けるフォルテザの住人達。
先程の老婆だけ、見た目こそ真新しい従者の声音が女神との折り重なるのに気付く。耳は遠いが長生きで得た女の勘。だからこそ無粋な声掛けをしない。
「い、良いのよエメラルダ。……街が随分立派になったから皆頑張ってくれたんだなぁって思ったら涙が溢れちゃった」
ラディアンヌから受け取ったハンカチで涙を拭い、女神が笑顔を住人達に振舞う。大層泣いてからの尊い笑顔だ。女神から直々お褒めを預かる幸福。
「もっともっと街を皆で見たいかも。一緒に案内してくれる子いるかな?」
しゃがみ込み、小さな天使達と目線の高さを合わせる保母の様な女神様。
「うんっ!」
「当ったり前じゃんっ!」
満面の笑みでファウナ一行の前を往く子供達。「いってらっしゃい」と笑顔で見送る大人達。
ファウナ、実の処かなり驚いた。何考えてるか判らぬ子供を自分がこれ程受け容れられるとは思わなかった。膝より背の低い頼もしき従者達。ふと17年前の初めてを思い出す。
「……と、処でこの石像は一体何?」
復興中の街を案内される最中、蒼き海が見渡せる突堤の先。背中に翼を生やした誰とも知れぬ石像にファウナは首を傾げる。
「そんなのこの街を厄災から守り抜いた女神様に決まってる」
「えっと……これ私? 羽根ないんだけど……」
悠々応えたのはチェーンである。その様子からして彼女が首謀者。
「だってお前飛んでただろうが。何に、どうせ雨風浴びる石像だ。何れ羽根処か腕や首すら捥がれるさ」
「え……。チェーン? そ、それはそれでちょっと」
やがて勝利の女神ニケと等しくなる。言い切るチェーンに想像したファウナ、思わずたじろぐ。
「ま、良っか」
例え形失おうとも自分の意志を分けた存在。この街を、そして世界を守ろうと歩む者達へ、ちょっぴりな勇気を与えられるなら本望だと思い直し、微笑み掛けた。




